日付不明 完成!
夜起きてふらふら狩人の部屋に向かうと、小さな吸血鬼が出来上がっていた。
膝を抱えて首を傾けて、目を開いたまま小さな箱の中で丸くなっている。これも人形に合わせて作ったのか、小さな己はベルベットのようなクッションにぴったり収まっていた。前見た時には無かった毛も生えている。今の自分よりずいぶん長く、後ろは腰くらいまで伸びている。俺の抜け毛の良いところを選ったらしいから、長さはちょっとばらばらだし癖になってるところもある。己の毛一房を掴み見比べてみる。小さいほうが髪がサラサラしていて触り心地が良い。
よく動くフィギュアだ。自然と膝を抱えるポーズが取れる。背中や脚の付け根はだいぶ隙間が空いていて、可動と造型のせめぎあいが見て取れる。吸血鬼はフィギュアに詳しくはないのでどこに文句を付けたらいいのかわからないが、膝や肘はよく出来ていると思う。どれだけ弄り回しても表情が変わらないのが不気味だが、人形とはそういうものだ。
しかし、何より、人形の俺のほうが可愛い。手のひらに収まるほど小さいからそう思うのかもしれないが、本当に、憎たらしい程可愛らしい。俺は本当にこんな顔をしているのか、あいつは俺を可愛いと思っているから可愛く作り意図通りに受け取っているのか、吸血鬼は己の顔を見たことが無いからわからない。
頬に紅を差されて、眼球は可愛らしい蜂蜜色のプラスチック、睫毛は筆で書かれていて、ちょっと立体的に造型されている。唇や肩、指先や胸の先端は赤らんでいて、白い皮膚の下から黒い血管が透けて見えている。素晴らしい塗装技術だ、あいつホント器用だよな、こんなやつに心血注いでいたのか、ちっちゃい俺に関心が二分されるとか腹立つ、吸血鬼が首をへし折ろうかな、と喉元に親指を突きつけた時。
「シャンジュ?」
後ろで蚊帳が動く音がした。
吸血鬼は傷を付けないように、そっと人形を置いた。起きがけにへそを曲げられると面倒だ。夜のこいつは熊より怖い。
「出来てたんだな、これ」
狩人は目を擦りながらにじり寄り、ティッシュを一枚とって人形に巻き付ける。
「ドレス」
「くだらんことするんだな」
「この箱ね、下に服を仕舞っておけるの。今は何も入ってないけど。これから作るよ」
妙に分厚い箱の下には引き出しが付いていた。一着は入りそうなくらいの小さな引き出しだった。こいつのために服まで作るらしい。まったくやんなるね、と話が長くなる気色を察して吸血鬼は今夜は飯何作ろうかなと考える。
「どんな服?」
「そうだね、ドレスとか?」
「俺には着せないのか?」
「結婚式するときにはね。普段は君が着たいものを着てよ」
こんな夜に起こされたというのに受け答えははっきりしている。俺には好い服を贈ってくれないのに、人形のそいつには贈るらしい。ますます腹が立った。
「しまっておくね。おやすみ」
ひとしきり人形の頭を撫でた後、吸血鬼を模したものには相応しからざる夜の挨拶をしてから箱に収め、箪笥の重い引き出しを開けて仕舞う。外に置いておいたら不味いと思ったのか。俺に壊されると思ったのか。吸血鬼はじっとその様子を眺めていた。
「どうしたの、シャンジュ?」
吸血鬼は自分が狩人に何をしてほしいのかわからない。ただ状況を静観して、むっつりと黙っていた。
「シャンジュ?」
ドレスが欲しいわけじゃない。服を作って欲しくはない。まして奴と挙式をしたいわけでもない。
ただ、宿敵が己でない己を可愛がるのが不愉快だった。
狩人は吸血鬼の手を握って目を合わせ、唇に唇を当てた。
吸血鬼はしばらく呆然とした後、口をとがらせて言った。
「お前、口付け一つで何もかも許されようとか思うなよ」
「僕はもう寝るけど、他に用事ある?」
「……首」
吸血鬼は狩人が寝間着のシャツを脱ぐ前に、首に齧り付いた。白い顎の下、どくどくと太い血管の中に流れる大量の血。さらに牙を進めれば容易に命を断てるというのに。信頼の賜物だ。絆されているのはこちらとて同じだが。不愉快な味がする。吸血鬼は舌を伸ばし、溢れる血を絡めとる。
「痛っ、……今日はせっかちだね」
震える手で狩人は捕食者の背中を撫でる。血を啜る喉が震える。ごく、ごくといつもより多く溢れる血を口で受け止めたのち、舌で止血をする。口の周りは唾液と薄まった血でべっとり湿り、食んだシャツの襟元にもわずかに付いている。いつもと違う場所を噛んだのだから無作法は仕方ない。
「おやすみ、理人。また明日」
「水飲んでから寝る」
狩人は少しよろめきつつも立ち上がり、ぺたぺたと足音を立て廊下を行く。
べろべろ口の周りを舐めながら、吸血鬼も付いて行った。