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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
日付不明 二年目
87/104

日付不明 吸血鬼と夢魔に共通する生物的性質

「シャンジュ、お尻触っていい?」

「いいけど」

 神妙な口調で耳慣れない提案をした狩人に、寝っ転がりながら料理の本を読んでいた吸血鬼は慣れた様子でふいと尻をそちらに寄せた。膝を立てて脚に跨り、これまた神妙な顔で己の尻を揉む狩人に、吸血鬼は笑いながら聞いた。

「どうしたんだよ」

「君、……太った?」

 一瞬の躊躇いは気遣いだったのだろう。もしくは別の言葉を発する予定だったものを、それでは意味が伝わらないと思って変えたか。どちらにせよこれはいい語選択ではない。狩人はなおも尻を揉み続けていた。吸血鬼はまるで遠慮のない己の宿敵に何と言ったらいいものか、呆れていた。

「いいことだよ。普段の君は不安になるくらい細いから。この調子でもうちょっと太ろう」

 デリカシーなさ男。吸血鬼の脳裏にそのようなあだ名がよぎる。

「太腿も揉んでいい?」

「いいぞ。ふくらはぎでも腹でもおちんちんでも、好きなとこ揉めばいいだろ」

 尻を揉んでいた理人の手が下に移る。吸血鬼は太腿の付け根、尻の穴の近くを揉まれる。きわどいな、と思う。もうちょっと内側のほうを触って欲しい、と腰を揺する。

「あっ、やっぱり肉付き良くなってる。僕がいない間もちゃんとご飯食べてたんだ」

 そんな痴情を知りもしない狩人はいかにも健全ですという顔と手つきで太腿を揉んでいる。

「そっ、そりゃあ、お前っ、毎日毎日、うちでご飯を用意してるのは誰だと思ってんだよ、ばか。エッチ。へんたい。むっつりスケベ。異常性欲」

「そこまで言われる筋合いはないだろ」

 狩人は太腿を唐揚げに味をしみこませるときもそうはしない、というくらい揉み込んでいる。マッサージをしているわけでもない。揉みたいから揉んでいるだけだった。これを罵倒せずしてなんとするか、と吸血鬼は続けて言う。

「いーや、ある。なんでそんなに尻を揉むんだよ」

「君の肉付きを確かめるためだ」

「それならちょっと触っておしまいでもいいはずだ。だのにお前が俺のお尻をしつこく揉むのは何故か。それはお前が俺のお尻を触るのを楽しんでいるからだ。そうだろう。違いないな」

「確かに楽しんでもいる。それは違いない。ずっと前に座られた時に比べて、随分触り心地が良くなった。だからつい楽しんでしまって、たくさん揉んでしまった。……今も揉み続けている。それは認めるけど、異常性欲までは言い過ぎだと思う」

「いや、言い過ぎじゃない。お前一度やるってなったら俺が気絶してもしてるときあるじゃない。どういう心境? お尻の穴に出しても意味なんて無いのにねぇ」

「……ごめん」

 狩人は上手く言いくるめられ、全ての罵倒を受け入れたが、太ももを揉む手は止めなかった。

 吸血鬼のほうはというと、本にしおりも挟まず閉じて、狩人の手のじれったい感触をすっかり楽しんでいた。

 欲に塗れて自分本位で、それでいて猥雑さはあまりない。

「理人」

「何?」

「お前がエッチな触り方するから、むらむらしてきた。責任を取って俺とセックスしろ」

「風呂入ってからでいい?」

「駄目だ。今すぐ」

 吸血鬼は薄い尻で狩人を撥ね上げ、後ずさりしたところを馬乗りになった。狩人の腰に己の股間を擦り付けながら、前戯の口付けを強請りに覆い被さった。

「そういえば君の性欲が強いのは、種族的なものか? 君個人の特性か?」

「は?」

「確かに吸血鬼は性欲が強いって聞くけど、それはこちらから見た悪意ある偏見かもしれないだろ。敵対する人同士が互いを人食い人種だと思い込むみたいな感じで、人間と敵対する吸血鬼はすべからく淫売だと思い込む」

 逃れたいのなら退ければいいのになんだそのくだらない時間稼ぎの質問は。口付けより先に狩人のくだらない問いに応えなければならないと考えた吸血鬼は、口をへの字に曲げた。

「知らん。俺の血を分けた手下は、まあ多少は持ってたが、俺は俺以外の吸血鬼に詳しくないんだよ。人によるな。人間と同じだ。ま、吸血鬼になった全能感で、多少奔放になることはあったかもしれないな。全員死んだけど」

「そうか。君は生まれつきなんだな」

「そうだ。別に相手が宿敵だって構わないくらいだぞ」

 吸血鬼の性交相手としての狩人は、顔も体格も好みではない。だが身体の相性が良すぎた。運命の名のもとに何度も殺し合った者同士で、そういう縁があったのだろう。吸血鬼は宿敵との性行為で、どんなに淫乱な己を知っていようが「みっともない」とすら思うほど、どうしようもなく乱れてしまっていた。

 だからこそ吸血鬼は狩人の身体を求めた。己がどんなにみっともなくなっても良かった。吸血鬼はどうしようもない淫乱だった。

「夢魔も、人の体液を啜って生きるけど」

「あ?」

 問いにまたも口付けを阻まれて、吸血鬼の顔にもいよいよ不満の色が浮かぶ。自分との口付けが嫌だから言っているのではない、ただの好奇心で聞いているとわかっているからなおのこと腹が立った。

「似てるのかな? 君と。どうなんだろう、似てるのかな。遭ったこと無いからわかんないけど……」

「転職を考えたことはある。前にも話したな。でもやめた。穴が痛くなるくらいやるの嫌だし、よく考えたら手当たり次第にやるの嫌だったし。俺は気持ちいいことだけ欲しかったから、今の俺で十分」

 吸血鬼個人の感覚であるが、精液は血液から出来ているので、血液や涙ほどではないが美味に感じる。人にたとえるなら燻製したチーズやスルメのような珍味である。このことは宿敵を増長させるだけなので言わなかった。珍味で腹一杯になりたくはない。

 話を終えた吸血鬼に、狩人のほうから口付けた。得意のねちっこい口付けだった。

 吸血鬼は満足そうに笑った。

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