3/5(火) 吸血鬼にとって最低限の連絡事項
克海に[理人と喧嘩したから家泊めて]と書いて送ったら、[正気ですか!?][嫌です][一刻も早く仲直りしてください][なんなら私が取り持ちますから][ソロモンでやるんならコーヒー代くらいなら払います][後生]とぽこじゃかメッセージが返ってきた。やかましき現代っ子め、と吸血鬼は舌打ちする。
吸血鬼が錬金術師の家に居られるのも携帯電話の充電が終わるまでだ。上の目盛りが百パーセントを指したら追い出される。
そうこうしている間に克海から[喧嘩って何したんですか?][シャンジュ様が悪いなら早く謝ってください][ツンデレてないで素直にお喋りしてください][私に返事しようとしてるならその指で宿敵さんにメッセ送ってください][仲直りして!!!!!!]と矢継ぎ早に来る。深夜にもかかわらず騒がしい奴だ。大学生って夜中も起きてる生き物なのか。まあ学生だしな。学生とは大半がサボる、つまりは不真面目なものだ。吸血鬼の知る学生は昔先生と呼んでいた男が話していた中の知識でしかないが、スマホ越しに存在するオタクが反証するように、きっとこの知識は正しいのだろう。詳しくなりたくないことだ。無駄な知識だ。
「置いて行くのか」
「しばらくは必要ないから。生きてたら取りに来るよ。あんた、まだここにいるだろ」
吸血鬼は携帯電話の充電ケーブルを引っこ抜き、そのままソファの上に放り投げた。
「俺があいつと戦って、生きてたらね。その前にあいつと交渉して名義をあんたのほうに変更してくれ。俺があいつを殺したら、しばらくはここで暮らしたいから、仕事も引き受けるよ。あいつと同じ仕事をな。問題ないだろ」
「……使い続けるのか? それを」
「まーね。初めて持ったけど、意外と便利だったからさ。もっといい機種があったら、教えてよ」
吸血鬼は錬金術師の家を出た。もう行方を伝えるべき相手はいない。
数えてみれば、意外と寂しい生活だった。行方を伝えるべきあてにならなかった手下も、気軽にお喋りできるが連絡先を交換していない友も、共に片手で数えられる程度。新しい知り合いはごまんと出来た気がするが、顔も名前も忘れた。狩人のおかげで料理は格段に上手くなったと思うし、久々の魔術議論も聞けたし、それなりに楽しい一年だったが、それだけだ。
もうおしまいだ。