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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
三月(その二)・この生活ももうお仕舞い
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3/4(水) 吸血鬼、狩人のもとより去る

 シャンジュが布団に入って来た気がしたのだけど、あれは夢だったのか。疑問に思いながら、狩人は目を覚ます。

 押し入れも開いている。どの部屋を見ても吸血鬼はいない。玄関を見れば吸血鬼の靴がない。出掛けているらしい。

 とりあえず学校に行かなければ。狩人は朝食をとり、学校に向かう。

 夕方になり、狩人が帰宅しても、吸血鬼は帰ってきていないようだった。

 錬金術師に電話を掛ける。

「もしもし、そちらに吸血鬼が行っていませんか」

『……いいや。どうした』

「どんな日でも、何も言わずに一日家にいなかったことって無かったから。そちらに行ってませんか」

『さっきも言ったが、答えはノーだ。客人が来ているんでな、切らせてもらう』


「……心配されてるが」

「知ったこっちゃねぇわ。あの家にいる限り、俺は勝てねえんだ」

 狩人に探されている吸血鬼は、錬金術師の家のソファで膝を抱えていた。

「あ~あ、甘い夢見ちゃったな~~、俺も。戦わずに済むだなんてさぁ。えーん」

「戦わない、という道はないのか?」

 錬金術師は吸血鬼を迎え入れる気は全くなかった。さっさとこの家を出て行って、喧嘩しているなら仲直りしてほしいと考えていた。

「お前の目の前に死神が現れたとして。そいつが死ねって鎌振り下ろして来たら素直に死ぬ?」

「……嫌だな」

「それと同じくらいの生理的反応ってだけ。無理。避けられない。殺したいって思っちゃってる。たぶんあいつも」

「話をしなければわからないだろう、人間なんだから」

「俺吸血鬼なんだけど?」

「言葉の綾だ。とにかく話し合え。私が間に立ってもいい」

「やめとけ、喧嘩になったら命が無いぞ」

「それは……」

 錬金術師は生き汚かった。何せあと五十六億何千万年と生きなければいけないらしいから、その途中で事故のように死ぬわけにはいかない。吸血鬼と狩人が仲良くしてくれれば都合がいいが、それより何より大事なのは命だ。

「電話越しでもいいから。さっきはああ言ったが、掛け直したところで奴はなんとも言わん。そういうお人好しな奴だ。記録を残したいのならメッセージもある。とにかく、話し合え。人間話し合わんと何も伝わらん。喧嘩したくないというならそう伝えろ」

「実体験?」

「やかましい」

 しつこさに負けてしぶしぶ吸血鬼は電話を掛ける。出来るだけ明るく、冗談めかした口調を心がけて、それでも普段通りとはいかない。

「やっほー理人。俺のこと探してるみたいだな」

『よかった。君、どこ行ってたんだ?』

「錬金術師のおうち。嘘ついてもらっちゃった」

『……そうか。無事で何より』

 無事、って。それが宿敵の吸血鬼に言う台詞かよ。ほっとしたような社交辞令のような真面目くさった狩人の言葉に、吸血鬼は笑う。

「なあ理人」

『何?』

 ――もう殺し合いたくない。その一言が言えない。

 もだもだしやがる素直になれない恋人かよ、と心で毒づき、吸血鬼は抱え込んでいた脚を下ろし、頭を埃っぽいソファに預ける。

「やべーな―俺重症かも。ねーぇ、理人。俺のこと殺したいって思ってる?」

『出来ることなら、したくない』

「皆様の心に沿ったご意見じゃあなくってさぁ。君の感情に聞いてるんだけど。正直なとこ、どう?」

『したくないよ。いつだってそうだ』

「もっと言うと?」

『ずっと一緒に居たい』

「あのアパートでか?」

『場所はどこでもいいんだ。場所は。山の中でも海の傍でも。君と一緒に居られるならどこだっていい』

「それ、俺の目を見て言える?」

『今は見られないだろ、電話越しなんだから。帰ってきたら直接言う。君が納得するまで』

「やだ~。帰ったら絶対挑発しちゃうからさ~~。電話越しじゃないと素直にお喋りできないの。わかる?」

『……僕たちが会った日まであと半月くらいだから。だからだな?』

 そりゃあ俺たちにとっちゃ特別な日なんだから、理人にわからないはずがないよな~。そうだそうだと遠い目をする。図星を突かれて心に少々の傷を負った吸血鬼は深く、深くため息をついてから、電話越しに甘く囁く。

「そぉよぉ。だから出てったの。わかってるじゃあないか」

 ――今のままじゃ絶対勝てないと思ってる、だから戦いたくないだとか、口が裂けても言えない。

『これから半月、どうするつもり? ずっとそっちの家にいるの?』

「いや、たぶん追い出される。そっからは野宿だ」

『……帰ってきなよ』

「無理。ごめんね。愛してるぜ」

 心にもなく電話越しに口付けして、吸血鬼は一方的に電話を切る。

「何だ今のは」

 電話の向こうに話が聞かれないことを確認した後に、錬金術師は慎重に声を掛けた。電話に口付けた信じがたいものを見る目で見ていた。

「いつもはこうじゃないんだよ。まあ、生き残ったらこういう関係になるかもしれないけどな、お義父さん」

「……さぶいぼ立った」

「お義父さんじゃなかったか?」

「立場としてはそれで問題ないがな、その呼び方は止めてもらおう。今まで何かとお前に関わってきたが、一番ぞっとしたぞ」

 今すぐ出て行けと言われると思っていたが、携帯電話の充電を終えるまでの猶予はくれるらしい。優しいことだと吸血鬼はその好意に甘える。しかし、身内に恋愛成就の応援をされる気分ってどうなんだろう。身内もいなければまともな恋愛体験も無い。

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