3/3(火) 狂月の招き(戯れたタイトル。変えたい)
登りかける月を見上げた。
そろそろ決戦の夜が来る。今日が最後の満月だ。
――今のままでは俺は勝てない。
一年かけて、吸血鬼は変わった。
体重。生活習慣。コミュニケーションの手段。全てが変わった。
全ての変化で何より怖ろしいのは舌の変質だった。宿敵の血が美味く感じる。空腹に耐えかね齧った頬が妙に美味に感じる。酔いが回ったわけではない。この酔いに耐性ができたわけでもない。それでも美味い。もう一口、と飲みたくなる程に。
一口で止めよう。傷口を惜しむように舌で撫でた。
そして、狩人は身にのしかかる重さに目が覚める。
吸血鬼が布団の上から腹に跨り、蜂蜜色にひかる目で狩人を見下ろしている。
「ねえ、理人。俺のこと、噛んでよ」
狩人は寝惚けた頭で考える。吸血鬼は何故そんなことを言うのか。何故頬が痒いのか。それは寝ている間に噛まれたからだろう。
「噛んで、血が出るくらい噛んで、吸って、俺のものになって。そうじゃなきゃ、俺は……」
月長石のような涙を、狩人めがけてふり落とす。
「お前と戦いたくない」
胸に縋りついた吸血鬼の背を、狩人は布団から手を出してぽんぽんと叩いた。
吸血鬼は呻く。
――お前に俺が与えてほしい安心はそんなものじゃ補えない。
「寝ようよ」
「いやだ」
「ほら、布団入って」
嫌なことは寝て忘れるに限るから、と狩人はぱたぱた掛け布団の端を持ち上げる。
寝惚けて噛んでくれるかもしれないとわずかな期待をかけて、吸血鬼は布団に入った。
もしかしたら、寝惚けて殺されるかもしれないけど。