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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
二月・甘きものどもスイートワンズ
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2/15(日) 昨日はおかしかった(でも安いチョコで中にガナッシュ詰まってるタイプのボンボンは無いよな)

 昨日は終ぞ吸血鬼が起きてくることはなかった。錬金術師には昨日のうちに無理を言って、この日のアルバイトを休むことになっていた。今日は一日中吸血鬼と一緒に居たい気分だった。今吸血鬼から離れたらまた失ってしまう。狩人にはそういう予感があった。いつも通りそれっきり、春まで出会えない。そして再会はこれまで以上に平穏にならない。

 義兄はもう随分前に帰ってしまったから、狩人と吸血鬼は二人きりだった。

 昼は家にあるもので済ませた。昨日のうちに買い物に行っておいてよかった。次は彼がいつ目を覚ますかわからない。夜になったら起きるかもしれないし、明日になるまで起きないかもしれない。彼の細胞一つ一つが目を覚ますことを拒んで、次に起きるのは一万年後かもしれない。その頃には彼を守る押し入れは朽ち果てているか。

 どれほど狩人が悩んでいても、吸血鬼が起きる時間との相関は一切ない。吸血鬼が起きたのは吸血鬼らしく、夜、日が沈んだ後だった。

「……バイトあったんじゃないの?」

「休んだよ」

 カレンダーにを書いておいた予定をちゃんと見ていたらしい。吸血鬼は押し入れの前に立つ吸血鬼を

「マジかよ」

「昨日、シャンジュ、荒れてただろ。だから一緒に居た方がいいと思って……」

「いやァ~んお恥ずかしい」

 食い気味ににじり寄り肩を組んでばしばし叩く。恥ずかしさを押さえているように見えた。

「理人、お前そういう気の利かせ方も出来たんだな」

「まあね」

「もう飯食ったか?」

「まだだよ」

「買い物行った?」

「昨日行ったよ」

「何買ったんだ」

 連れ立って冷蔵庫を見に行く。何か腹入れとかないと死ぬけど何も飯作る気起きねえな、と吸血鬼は考えていた。狩人はこのまま吸血鬼が何も食べる気が無いなら自分も食べなくていいか、と考えていた。自分の栄養管理に関してはすこぶるぞんざいな男だった。

「チョコ、食べてないのか」

「……忘れてた」

「お前なァ~」

「一緒に食べよう。そのつもりで買ってきたんだろ、あの箱」

「自分の分はちゃんと別で買ったんだわ。小さくて高くて可愛いやつを」

「そう。後で見せてよ」

「やーだね。連中には買いに行ってすぐ渡しといてよかったな」

 冷蔵庫の中の物ででっち上げられそうなものを考えついた吸血鬼は、かさばる狩人を台所から退かした。昨日の体調不良をものともせずすぐに台所に立てることは、彼の美点だった。


 昨日食べ損ねたチョコレートを開けるのは、食事を終え、腹ごなしついでに買い物に行った後になった。

 画一的な包装用紙を綺麗に剥がして畳み、プレーンな特に装飾の無い化粧箱を空ける。六×五マスに一口大のチョコレートが一粒ずつ入った、量販店で買える普通っぽいチョコレートである。

 チョコレート色でも濃い色や薄い色、ホワイトチョコの黄色がかった白に、ひと昔前に流行ったルビー色。カカオの形や花の形、プレーンな丸、四角。色も様々、形も様々。目で十分に楽しんだ後、狩人は手を合わせる。

「いただきます」

「お前からは何もないのか」

 からかうように吸血鬼が言う。狩人の「へえ」だとか「ああ」だとかの感嘆に飽きて、指先でからからと隅のカカオ形を弾いていた。

「来月までに、何か考えるよ」

「花はやめとけ。食えないからな」

「……そうだね」

 吸血鬼はチョコレートの粒を一つつまんで唇に咥え、狩人のほうに口を突き出す。

「ん」

「どうして口移しをするの?」

「ん~」

 そんなことはいいから早く食えと言わんばかりに口を突き出す。カロンに銭を渡すときみたいだと思いながら口で受け取る。

 唇が重なり合った瞬間、吸血鬼の舌が口内に入り込む。体温で溶けたチョコレートと中に入ったナッツでざらざらした感触のガナッシュ、舌に絡んだ唾液がぐちゃぐちゃと複雑な味わいで音を立てる。咽喉がつっかえていれば鼻呼吸をする暇も無い。口を離して大きな一息をつく。

「こうなるのわかってるくせに口で取るもんなあ」

「手で取ったほうが良かった?」

「いいや。せっかくなんだから恋人っぽいことをしようと思って。どう、良かった?」

「良くない。恋人じゃない。口の中ぐちょぐちょだし、鼻の奥にチョコレートが引っ付いてるし。駄目だよ」

 吸血鬼はチョコレート塗れの唇を尖らせる。品性がない。清潔さも無い。狩人は咎めるように眉を顰め、チョコレートの赤い粒を一つつまむ。

「あーん」

「は?」

「口を開けて」

 不服そうな吸血鬼に人差し指を舐めしゃぶられて食われそうになりつつも、狩人は「あーん」を完遂する。するとまた口付けがしたくなったか、吸血鬼がしな垂れかかった。狩人は口付けを受け入れた後、どうして自分は彼が口移しをしたくなったとわかったのかと考えた。考えるのはいつも受け入れた後だ。

 溶けたチョコレートが半分の大きさになって口に入って来る。一瞬だけ赤いチョコレート本来の甘酸っぱい味が来て、その後は吸血鬼の唾液の味が口を支配する。

「これめっちゃ美味いのに一個しかないんだぜ。ケチだよなー」

「君の味しかしなかった」

「あ、ああ、うん、そうか。悪い……似たような奴で安いやつは今でもあると思うし。何ならバレンタイン終わった後で安くなってると思うし。また明日買ってこようか?」

 やった方が照れてるんじゃないよ。吸血鬼の赤い顔に狩人はにやにや笑った。心臓がばくばく拍動していた。

「君って案外照れ屋だよな」

「笑うなよ!」

 自分は笑っているのか。狩人は口に手を当てた。笑うのは止めなかった。

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