2/9(月) 狩人、ちょっと早くチョコレートと邂逅する事
風呂上がり、狩人が冷蔵庫を漁っていた。小腹が空いていて、何かちょっと食べたい気分だった。そして彼は、ジャムの瓶と果物の缶詰の後ろに隠された、過剰な装飾がされた箱を見つけた。
もしかして、と胸が高鳴る。いやしかし、と考える。狩人はまどろっこしいことは苦手な人間だったから、この箱を用意した本人に直接聞くことにした。
「ねえシャンジュ、これってさ……」
「馬鹿やろッ、お前ッ、人が買ってきたやつをッ」
吸血鬼はその放送を見た途端しかめっ面をした。しまえ、と指で箱と冷蔵庫を強く指す。
「まだ冷蔵庫から出しただけだよ。包装は開けてない」
「当日まで待ってろ。そうすりゃお前のものになる」
バレンタインデーまであと五日はある。逆に言えば五日間しかない。これを手に入れるにはあと五日掛かるが、そのために相応しい迎撃方法をまだ思い付いていない。どうするべきかと狩人は悩み、箱を元の場所に戻す。箱は複数あるから、これもきっと誰かに渡す用なのだろう。喫茶ソロモンの一味とか、魔女とか、未だに知らない彼の友人とかに。
「……買ってきたの?」
「買って来なけりゃこの場に無いだろ。お前俺が万引きでもすると思ったのか」
それよりも問題は自分のことだ。こちらは未だなんの用意もしていない。どうしよう。
「何か欲しいものはある?」
本当に、狩人は直球勝負しかできないのか。吸血鬼は何の衒いも無い言動に舌打ちをする。
「えぇ~っ、何でもいいの?」
「何でもは良くないけど。出来る範囲で」
「命ちょうだい」
吸血鬼は心臓を指さした。
「それは、駄目だ。困る」
「ちぇっ。じゃあいいや。リクエストは無し」
何をくれなくたっていい。吸血鬼は狩人に命以上の何も望んでいなかった。聞けば日本にはホワイトデーとかいうバレンタインデーに得たものを三倍返しにする風習があると聞く。よくもまあ商業的に都合のいい日を創造したものだ。しかもバレンタインデーは女が男に贈る日だと。これはやってしまった。宿敵に命乞いをしようが女になってまでする気はない。吸血鬼は実際に女になれるからこういう思い付きをするのだが、そこまではやってやりたくない。だから命以外は要らない。
「せいぜい頑張れ」
ホワイトデーは例の日の六日前だ。その日には吸血鬼も狩人も、顔も会わせるのも嫌なほど険悪な仲になっているかもしれない。奴が日本の文化に染まり切っているのなら、お返しは期待できない。