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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
一月・寒いと炎が欲しくなる
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1/18(土) 天崩れ早起きココア

 早起きした狩人は、未だに吸血鬼が起きていないことに少々の不安を覚えつつ、布団を部屋の端に寄せる。今日は天気が悪いから布団は干さない。

 冷蔵庫を開けると、粉末ココアの缶と目が合った。吸血鬼が以前買ったが、使っているところを見たことがない。一体何に使ったのか。吸血鬼が料理をしているところをよく見ていない狩人が知らないのに無理はない。吸血鬼は焼き菓子の色付けや、料理の隠し味に使っていた。中身を見れば半分ほど。前回ココアを作った時と比べて、かなり減っている。

 それなら今日は休みだ。時間はある。失敗しても後始末する時間はある。作ろう。朝っぱらからココアを飲もう。

 必要な材料はココアの粉末以外に、牛乳と砂糖。砂糖はどこだっけ。台所じゅうの棚を開けて探す。あった。台所じゅうの戸棚を閉めて回る。

 ココアと砂糖を既定の分量分、キッチンスケールでおおまかに計って鍋に入れる。これは科学の実験ではないからそう計量に気を張り巡らすようなことはしなくていい。

 計量カップに計った牛乳を少し鍋に垂らし、ココアを溶かす。粉が溶けにくいから、まず少量の水分でドロドロのペースト状にして確実に溶かしてから、順に牛乳を入れていく。計量カップから最後の一滴まで注ぎ終えたら、ようやく鍋を火にかける。牛乳をかけながらやった方が良かったかもしれないが、それほど豪気にはなれない。慎重に行こう。

 牛乳を火にかけるときは、弱火でじっくりやらなければならない。さもないと湯葉になりそこなったような小さな塊が浮いてくる。この過程を面倒くさがって強火にしたため、前回はしくじった。

 もしかしたら吸血鬼はこれを用いて飲料のココアを作ったことがないのではないか。狩人の頭にふと疑問が湧いた。だからと言って何が変わるわけでもない。いまここにあるココアの分量は一人用だし。

 押し入れの戸が擦れる音がする。もにゃもにゃ言いながら吸血鬼が降りて来る。とたとたと裸足が畳を叩く音がこちらに近付く。一旦止まり、ちゃぶ台の上に置かれたエアコンのリモコンに手が伸びる。

「おはよう」

「何作ってんの?」

「ココアだよ」

 置きっぱなしのキッチンスケール、洗ったばかりの計量カップを寝起きの目で見て、無気力な吐息を含ませた声で言う。

「……いちいち計ったのか?」

「計ったよ」

「そんなもん適当でいいだろ」

「その適当がわからないから計っている。君ほど雑には生きていない」

「お前この俺と共に暮らしておいて雑に生きてないと言い張るのは無理だろ」

「君は僕以上に雑に生きてるだろ。前はどこに住んでたって言った?」

「大陸」

「僕と会った時は地球って言ってた」

 口論をしている場合ではない。そろそろ火を止める。

「飲む?」

「何を」

「このココア」

「いらん」

 狩人は当初の予定通り自分のコップにココアを注ぐ。まだ暖気が届かない台所に湯気が立つ。

 朝食はこれだけではない。電子レンジの上に置いた食パンの袋を引っ掴んで、ちゃんとした朝食を取ろうと冷蔵庫の様子を再び見る。

「自分で飲みたくて入れたものを人に飲ませるとか。どういう神経してんだ」

 高く静か、澱んだ湖面に膜が張る。吸血鬼はずず、と盗み飲む。上唇にココア味の湯葉が引っ付いたうえ、上顎がかなり熱い思いをした。だが美味しい。空いた腹に熱が染み渡る。

「やっぱり飲むんじゃないか」

「人から盗ったもんが一番うまいんだ」

 暖かい部屋で調子が戻って来たのか、うんと伸びをして畳の上に寝転がる。

「俺にも食パン取って。あとハムも」

「ハム今回食べたらなくなるよ」

「じゃあ買物メモに書いとけ」

「君が書きなよ。こっち手がふさがってんだから」

「何やってるんだ」

「食パンもなくなる。ハムとサラダを挟んでる」

「俺の分にはサラダはいらないよ」

「もう挟んじゃった」

「余計なことばっかりしやがる」

 何もかも自分の思い通りにしたいのなら、自分が直接手を下さなければならない。吸血鬼は起き上がって台所に向かった。そして挟まれたサラダを根こそぎ狩人の食パンの間に移した。それからハムとちりぢりのサラダが挟まった自分の食パンの中にメープルシロップを挟んだ。

「いいな。それやろう」

 皿に溢れたサラダにメープルシロップとマスタード(吸血鬼はチューブのからしを洋風の料理に使うときはこう呼ぶことにしている。狩人もそれに倣った)をかけて混ぜる。

 己の所業の末路を目にすることなく吸血鬼は皿を持ってちゃぶ台に帰る。狩人もフォークと皿を持って後に続く。

 ココアの湯気はもう立っていなかった。

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