1/16(金) チョコレートとオタクとコンテンツ
「バレンタイン……? へえ、チョコレートか」
バレンタインに乗じて、各国のショコラティエや製菓会社が己の腕だったり商品だったりを売り込みに来る。そういう祭りが明日から一月ほどかけて、この地方都市のハブ駅で行われるという。一日中ぶらぶら歩いたあのあたりだ。二人には印象に残る思い出である。
吸血鬼と狩人、二人して喫茶ソロモンでモーニングを食べながら、テレビでその催し物の特集をやっているのを見た。
「楽しそ~。行ってみよっかな」
「聖人の命日は祝うんだ?」
「日本に於いちゃあチョコレートの旬だろ。見ろよあの騒ぎ。まるでコミケだ」
「コミケ?」
「お前日本で暮らしててコミケ知らないとかマジか?」
「シャンジュ様コミケ知ってるんですか!?」
アルバイトの克海――一般的な日本のオタクがコミケという単語に反応する。いいやコミケが何であるのかは今はどうでもいいのだ。チョコレートの祭典と聞いて黙っていられないのである。誰に買うというわけではないが、行ってみようかな、と考える。
「チョコレートをたくさん食べた血って甘いの?」
「いや、苦みが勝つ。つらいぞ。栄養は確かに人間分あるが、それなら砂糖とか甘い果物だけ食ってる方が俺は好きだな。好きな奴は好きかもしれんが、俺はチョコは直接食べたい」
メインの皿の上のを食べきり、プリンに手を伸ばす。
「ま、当日には俺からも何か用意してやるよ。覚悟しとけ」
「え……なんで」
「普段から世話になってんだからそれくらいしてやるって言ってんの。お前の金だから気にくわないとか言うなよ」
「そうじゃなくて、これ、恋人とかの祭りで……だから……」
「俺とヤッたんだからそれくらいでガタガタ抜かすな。一回しかしてないくらいで恋人面するなって? 悪いけど俺、どこまでも根に持つタイプだから。自惚れちゃってごめんね♡」
ガタン、とカウンター内で何かが落ちる音がした。おそらく克海が取り落とした食器だろうが、幸い割れることはなかったらしい。
「おう、どうしたよ克海、大丈夫か」
「大丈夫です。ご心配おかけしてすみません。そそっかしくて……」
「克海はバレンタイン、なんかするのか? オタクなんだろ?」
「なんて偏見だよ。まあ近場ですし、空いてそうな日に暇見つけて行きますけど……ああそうだ。差し出がましいお願いではあるのですが私がその、バレンタインのチョコを贈ることがありましたら、どうか受け取っていただけるでしょうか」
「そりゃもちろん」
「やったぁ」
狩人は眉間にわずかな不機嫌を刻んで、吸血鬼に聞いた。
「君と彼女の関係って何なの?」
「オタクとコンテンツ」
「……つまり?」
「お前に嫉妬されるような間柄じゃないってこと。そう睨むなよ」
吸血鬼はスプーンを置いて、狩人の眉間のしわを伸ばしてやる。
「睨んでない。嫉妬じゃない」
「言ってろ。可愛い奴」
視界にいる狩人の後ろでカウンター内の克海が口をぽかんと開けて、マナーモードで震えている。
吸血鬼にはうまく言いくるめられたものの、それでも彼と彼女の関係を気にした狩人は、会計の時にまた話をする。
「オタクって何ですか? どうして彼を追い回してるんですか?」
「追い回してはいません。今はメル友ではありますけど。ちょっと事情があって、化外の者の力が欲しいんです。それで――都合よくこのひとの力が借りたくって。何もかも終わったら連絡してもらう手筈になってます。ですよねシャンジュ様」
「おう。せいぜい待ってろ」
彼女は悪魔の力を借りることに微塵の躊躇いも無いらしい。一年にも満たない付き合いであるが、それでこの仲とは。ちょっと事情とは。どういう精神してるんだ。狩人は眉を顰めた。
「人間は自らの力で苦難を乗り越えられるはずだ。それを何故……」
「それ、乗り越えられない苦難には死ねって話でしょ。絶対嫌です。うちの実家、実家って言うのも吐き気を催すんですけど、あんたがたの神への祈りとか届かない場所なんで。手段とか考えてたら相手にならないんです。だから目の前にいるなら何の悪魔でもお力を借りるしかないんです。それで、実際にいるでしょ? 悪魔が。借りたいんです。そして出来れば借りパクもする……」
「おい」
「すみませんね、厚かましい人間で。プリン、買ってきませんか。二個千円です」
本当に厚かましい人間だ。プリンは買わなかった。