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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
十二月・浮かれ切った年の瀬に
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12/25(木) 天使とクリスマスを(ただしジャンクフードで)

 一晩中起きていたが、サンタクロースの橇が空を飛ぶところは見られなかった。毎年こうだ。いい子じゃないからサンタクロースは来ない。今年はだいぶいい子にしてたと思うんだがな。

 百均で買ったポップなクリスマス模様の包装紙に包んだ、手編みのマフラーを枕元に置いてやった。首に巻く最低限の長さで、馬鹿でかいプラスチック製のボタンで固定する簡単な細工のものだ。吸血鬼は初めてにしては上手くやったと思っている。

「わあ」

 包装紙を見た狩人の顔がぱあっと明るくなる。クリスマスプレゼントを貰った人間の反応を間近で見るのは初めてだが、子どもっぽくて可愛らしい。

「シャンジュ、ありがとう」

「サンタさんだよ」

「君が編んだんだろ」

 狩人は今月に入って何度も、吸血鬼がこれをちゃぶ台に向き合って編んでいるところを見ていた。赤いマフラーに黄色いボタンが付いている網目が不揃いのマフラーを、狩人は部屋の隅に引っ掛けたコートの首に巻いてやった。それから学校用のカバンを漁り、緑色の小さな包みを渡す。

 吸血鬼は金色の飾りシールを上手く剥がせなかったので、袋をびりびり破く。白と紫、オレンジの紐で編まれた、長めのミサンガが出てくる。白い糸と留め金以外は毛糸と同じタイミングで買ったものだ。少し嫌な気分になる。俺もあいつも変わらず雑な人間だ。

「よく出来てる」

「ありがとう」

 ミサンガは吸血鬼の細い手首になら二回り、首にも巻けそうなほど長い。どこにも巻くつもりはない。これどうしようかなぁ、付ける場所無いなぁ、と思いながら白い紐だけ手触りの違うミサンガを撫でる。

「もしかしてこれお前の毛か?」

「そうだよ」

 白くつややかな細い糸は、狩人の髪と同じ色だ。白い紐なんて現代日本にはいくらでもあるが、これほどつややかで真っ直ぐで、百パーセント人毛で出来ているものはなかなかお目にかかれない。しかも宿敵のものだ。見たくもない。

「俺もやっときゃよかったな」

 付けていたら具合が悪くなりそうだ。雑に袋を破いてしまうんじゃなかったと後悔しながら、工夫してミサンガを仕舞い、箪笥に収納する。朝食の準備をしなくてはいけない。

 昨日はクリスマスらしくご馳走だったが、昨日の余りは余らせるつもりで作ったジンジャーブレッド以外は無い。飯を作り過ぎてデザートを食えなくなったので朝に食べようと思って放っておいたものだ。これの他にはリンゴがある。これらを温めた牛乳とともにいただく。甘い朝食になった。

 食事を終えた狩人が機嫌良さげに尋ねる。

「クリスマスのミサに行かない?」

「行かない!」

「即答かぁ……」

 狩人が一人で出掛ける準備をしているのを見ながら――うきうきしながら今朝自分がやったばかりのマフラーを付けるのを眺めながら、吸血鬼はいかにも不機嫌であるというようにしかめっ面をしてみせた。しかし狩人は構いやしない。今は信仰と、バイト代の回収のほうが大事だった。いかにも普通のティーンエイジャーらしい振る舞いだった。

 何言ってんだ。当たり前だろ。吸血鬼が教会になんて行くもんか。ばっかじゃねえの。そういうやわらかな罵倒をシャワーのように浴びながら、狩人はにこやかに言う。

「君が『カーミラ』みたいになってるところ、見たかったんだけどな……」

「ありゃホームステイしてるカーミラが日常的に生死を囁いてるから。情緒もへったくれもなく今すぐ殺してやろうか」

「情緒なら、しょっちゅう囁いてるじゃないか。君には情緒銀行に十分な貯金があるんだから、それを下ろせばいい。もう僕にめちゃめちゃにされてるんだから、もうどれだけ可愛い顔してもいいんだよ」

「お前そんな皮肉も言うんだな。一回でも二回でも嫌に決まってんだろ。飯どうするんだ」

「帰ってきて食べるよ。ちょっと遅くなるかもだけど」

 行ってきますのキスをして、狩人は外に出る。返事は期待しない。彼は爽やかな口付けがお好みらしい。なら返事はしないだろう。

「お前そんな奴だったっけェ!? テンションおかしくない?」

 撃たれたように吸血鬼は崩れ落ち、口付けられたところを手で押さえる。バタン、と閉じる戸の向こうで、狩人はどんな表情をしているのか。きっと機嫌がいいのだろう。なんせ今日はクリスマス。南蛮渡来のクリスマス。なんでこんなユーラシア大陸の端っこにくっついた島国までやって来てしまったのか。おかげで狩人はご機嫌だ。これを口実に二度もデートに連れて行った。浮かれていやがる。

 遅い飯なら先に自分だけ食ってしまってもいいんじゃないか。そんなら豪華にしてしまっても構うまい。吸血鬼は起きているついでに買物に行く。そもそも吸血鬼とは昼間は寝ているものだ。今は夜更かしならぬ昼更かし中だった。

 時の流れほど冷淡なものは無い。クリスマスの装飾は既に取っ払われ、かつてシャンメリーのあった位置は正月飾りが占拠している。吸血鬼はそろそろ正月の準備をすべきであろうとそれを手に取る。シャンメリーは昨日の夜飲んで、余りがまだあったはずだ。あれは気分がいい。何を飾り立てることも無く言ってしまえばただの割高な炭酸飲料だけども、包装と供のご馳走だけでだいぶ機嫌良くなれる。

 今日は昨日が豪勢だったから質素にいきたい。吸血鬼は吸血鬼だから別に食事などとらなくてもいいが、今日は人間と同じように食事をとりたい気分だった。そうだ、クリスマスのケーキを作ってやろう。ブッシュドノエルならきっと自分にも作れる。値引きの棚に置かれたサンタクロースの生首砂糖細工を買い物籠に入れる。これで俺とお前は一蓮托生だ。それからてめえの目の前で天にまします奴らの神に届くほど、宿敵といちゃついてやる。吸血鬼は出処不明の全能感に取り付かれていた。きっと昨日狩人に性行為を断られた欲求不満のせいだった。

 吸血鬼は我が家三〇六号室に帰り飯の用意はそこそこにブッシュドノエルを作り始めた。薪の形をしたケーキだ。作り方は知っている。この前読んだクリスマスの本に書いてあった。苺は高かったが人の金だ。構いやしない。

 四角いケーキの生地は焼けつつある。吸血鬼は何をするでもなく丸椅子に座って眺めている。電子レンジがぶんぶん回る。音の向こうに、ガチャ、と鍵が開く音がする。理人が帰って来たのだろう。時計を見ればもう昼時だ。それから落ち着かない足音。もう一つの聞き慣れた足音は後ろから来る。誰だ。

「ハレルヤッ!!」

 疑念を現実に向けた途端、クリスマスのように明るい声と共に耳の横で、ぱあん、と破裂音が響く。吸血鬼は耳周りには不快な靄付き、頭には空に広がった銀テープを被ることになった。

「ハレルヤ!」

 使い捨てのクラッカーに二度目は無い。非常識な来訪者は掃除が楽なタイプのクラッカーに繋がった紙紐をシャンシャンと振り、いまいち反応が薄い吸血鬼の表皮をわずかに揺さぶる。

「理人ぉ! こいつ何!?」

 人体への害意を考慮しない破裂以上の敵意は無い来訪者の銀テープを横に除けて、吸血鬼は同居人に助けを求める。これを招いてしまったのは狩人だ。

 ふわふわのダークブロンドに、世界の全てを覗けそうなほど開いたインクブルーの目。左右対称の特徴のない顔、少年らしい体形。つまり美形だ。狩人と同じ類いの。

「ごめん、どうしてもうちに来るって聞かなくて、本当にごめん」

「初めまして。理人の学友のミハエルです。君が噂の吸血鬼だね」

 クラッカーを後ろに放り投げて吸血鬼の手を握り込む。それから大きな目で見定めるように吸血鬼を覗き込む。吸血鬼はその視線にちょっと好みかもしれない、と思った自分の思考を恥じる。

「極悪悪魔と呼べるほど魂は溜めてない。人並みの範疇だ。敵意は無い。びっくりしただけ。そもそも君は生きてもいない。ルール的にギリギリアウトの生命だが、僕は判定は専門じゃないし、何より休暇中だ……。ケーキ焼いてるの? これから作る? クリスマスだもんね、駆け込みだけど」

「お前何なんだよ!」

「名前はミハエル。理人の学友で、今日に限ってはバイト仲間でもある。今はケーキが食べたい普通の十六歳の少年」

「普通なわけないだろ!」

 家に入ってまず手を洗わなかった。インクブルーの目で吸血鬼を覗き込み、彼が腹に収めた魂を見定めた。クラッカーを人に向けて発射した。尋ねる予定にない人の家でケーキを食べたがった。吸血鬼の知り得ることではないが、玄関で靴を脱ぎ散らかしてもいる。常識がある人間が取る態度では、決してない。

 既に燃えるゴミになったクラッカーをゴミ箱に収めて、狩人は手を洗ってコートを脱いでいた。それから吸血鬼に迫る来訪者を引っぺがし、座布団の上に座らせる。

「大丈夫?」

 膝に手を置いて震える吸血鬼の顔を覗き込む。吸血鬼は眼前に迫る狩人の顔をどかし、椅子から立つ。

「正体当てをしてやる。お前は天使か」

「天使。他人にはそう呼ばれることもあるが、正確ではない。別に何だっていいだろう、人に呼ばれる名前は」

「よくない」

「シャンジュ、電子レンジ大丈夫なの」

「しまった」

 普段焦げたものでも文句を言わない男が何か物言うのだからよほどのことだろう、と吸血鬼は赤く照らされた電子レンジの中を覗く。まだ大丈夫だ。もう少しで焼ける。

「……なんで来たの?」

「理人が執心している吸血鬼を見に来た。可愛いって聞いていたけど、思っていたよりは可愛くないね」

「俺は可愛いだろうが」

 いや、ちょっと待った。吸血鬼は座布団の上に小さく座った来訪者を見下ろす。

「誰が可愛いって?」

「テル・ヒダルマンから。正確には、彼が理人がそう言っていた、というのを又聞きした形だ」

「へえ。いいこと聞いたな。おい理人、俺は可愛いのか」

「前まではね。喋ったら意外と憎たらしいよ」

「可愛いと言えよ」

 少なくとも面だけは可愛いと思っていたのだろう。吸血鬼は狩人のほっぺを伸ばし、誉め言葉として受け取っておく。

 電子レンジがぴろぴろ鳴る。扉を開け焼けたものを取り出し、火が通っているかどうか確認する。それから生地とオーブンが冷めるまで待つ。理人は二人分のコップにお茶を注ぐ。

「そういや理人、昼飯どうした」

「買って来たよ。どう、シャンジュは?」

「まだ食ってない」

「じゃあ一緒に食べる?」

「ん」

 吸血鬼は頷く。狩人は赤いコップを出した。

 教会帰りの彼らが買ってきたのはハンバーガーとポテトである。このようなジャンクフードは買ってきた方が確実に美味いものが食える。作るのにそれなりの技術が要るコロッケとか、ちょっと作るだけなら割に合わないくらい手間がかかるポテトサラダとか。吸血鬼のように極端に暇を持て余しているか、作るのが楽しい気分の時は面倒に感じることはないが、たいていの人間には面倒に感じる作業だ。

「今日ケーキを焼いているということは、クリスマスはこれからか? ご相伴にあずかっても?」

「いいや、ご馳走は昨日済ませた。飯食って俺の顔見たら帰れ」

「どうして君はそう私を帰らせたいんだ」

「あんたのせいでこっちの計画丸つぶれなんだよ。胡散臭いし」

「計画って?」

「胡散臭さという点では、君のほうが私よりポイントが高い。誇っていい」

「胡散臭さを誇る? 初めて聞く文化だな」

 狩人の疑問を会話の間で擦り潰し、おしゃべりしながらポテトをつまむ。

「でもシャンメリーの残りはある。飲む?」

「いただこう。ではこのコップに頼む」

 来訪者はコップのお茶を飲み干し、スペースを開けた。吸血鬼はシャンメリーのボトルを持ってきて注ぐ。その所作には一切の遠慮が無い。

 天使と吸血鬼、二人の間で狩人はどことなく気まずい顔をして黙ってポテトを齧っていた。ハンバーガーはもう食べてしまっていたからだ。二人は相容れないと思っていたが、なんやかんやで仲良くやっているなぁ、と思い、狩人は複雑な気分になる。大事な宿敵と父親の近況を伝えてくれた学友がよく喋っている。狩人自身はあまりお喋りなほうではない。何を話したらいいか悩むから、かの天使のように向こうから話題を持ってきてくれると助かる。

 この天使――吸血鬼にとっての来訪者は、狩人の知る限りは既に三四ヶ月程地上に滞在していた。冥府はそれくらい休暇をとってもいい職場らしい。そう、この天使は冥府勤めの天使だ。普段は魂の滞納をしている悪魔と戦っているらしい。狩人の義父とも知り合いらしく、きっとそろそろ同僚になると言っていた。義父は近いうちに死ぬらしい。はじめは狩人も天使は勝手気ままにいい加減なことをまくし立てて自分の友人を殺そうとしているだけであるように思えたが、今では休暇に入り、特に有害なことをするわけでもないので放って置いていた。義父に関するあまり一般的な笑いどころのないジョークに関しても、構いやしない、彼は地上では既に死んだ人間だという態度を取っていた。結論としては、九月に面白い友人が一人増えた。それだけだ。

 狩人は黙ってポテトをほおばりながら、このようなことを考えていた。好意的に言えば考え込みがち、悪し様に言うならば喋るのを面倒くさがる人間だった。そうこうしている間にも彼以外の二人で会話は進んでいる。今は死後にレテの川に浸からず己の連続性を保てるか話している。

 食事を終え、狩人はようやく口を開く。

「ごちそうさまでした」

「理人。この後予定はあるか」

 ごみを片付けつつ一瞬考える。これからの予定はない。吸血鬼がその一瞬の逡巡のうちに会話を奪い去っていく。

「ある。昨日の夜の分も俺とイチャイチャする。性の六時間って知ってるか。昨日やり損ねたんだ」

「私は理人に話しかけたんだが」

「予定はないよ。掃除しようと思ってた」

 アドベントカレンダーは、今朝厚紙で出来た箱を潰してしまった。ごみ収集の日は明日だから、それまでに捨てるべきものは捨ててしまわなければならない。そのついでに掃除もやっておきたいと思うのは人情だろう。

 見渡す限り、この家に捨てるべきものなど何もないが。探せばあるのかもしれない。

「いやだな理人、大掃除ならこの前やっただろ」

 俺がクリスマスのご馳走どうしようか悩んでる間にさ。しかしながら大掃除とは場所を変え手を変え数日かけてやるものだ。そしてなにより。

「掃除は毎日やるべきだ。毎日は出来ないから、出来る限りはやるべきだ。そして溜まったツケが回って来た。年末に」

「やだぁ~っ」

 吸血鬼は寝転がり、踵を控えめに畳に打ち付けた。ジタバタしているつもりらしい。彼は吸血鬼のパブリックイメージ通り、じめじめして埃っぽい場所が好きだった。住環境を理想に近付けるための最も手っ取り早く楽ちんな方法は、掃除をしないことだった。

「掃除か。いい休日の過ごし方だ」

「ミハエル、君は? 掃除はした?」

「いや、年末にはしないよ。春にやる」

「いいこと言うぜ天使様はよ。うちもそうしろよ」

 春にはもうこの家を出ているのだから吸血鬼の願いは届かない。

 来訪者は食事を終えてから少々のお喋りののち、もう帰ることにした。

「掃除の邪魔をしては悪いからね」

「それじゃ、お元気で」

「うん。そちらの吸血鬼殿にもよろしく」

 これで年明けまで会う予定はない。

「……マジで掃除するの? いちゃいちゃはしない?」

「したいなら、掃除の後にすればいい。君はそんなに僕のことが好きだったんだな」

「……そう見える?」

「見えるよ。なんで好きでもない人といちゃいちゃしたがるのかわからないからね」

「そうかよ」

 狩人は箒を出し、押し入れを開けた。今日はここから掃除を行う。

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