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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
十二月・浮かれ切った年の瀬に
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12/11(木) デート・リトライ・イン・クリスマスマーケット

 学校に行っているはずの狩人から電話がかかってきて、吸血鬼はデートに誘われた。

『リベンジだ』

 それは知っている。この前行くって言ってたもんな。

「いいけど。いつ?」

『今から』

「今からァ?」

 何たら駅の何番出口で待っているという。マジかよと思いつつ着替えて表に出る。空飛んで行けば運賃浮くかな。そうしよう。カラスに変身して真っ直ぐ飛んで行く。時間はかかるかもしれないが、あいつの誘いも急だったし、一時間ぐらいは大目に見てくれるだろう。カラスはありふれた鳥だから、誰が変身したところで見ている人間は一人もいない。普通じゃない一人を除いて。

 吸血鬼が上は夕暮れ下は街明かりに挟まれぶんぶん飛んで行くと、待ち合わせの相手である狩人が数多くいるはずのカラスの一匹を冷たいすみれ色の目で的確に見上げている。

 そのカラスが頭の上で人の姿に戻る。どんな人込みでも、いやカラス込みでも己を見分けてくれるとは、まったく素敵な男である。これで手下になってくれたら最高なんだが。ならないところが最高たる所以なのだ。

「ごめんね、これで許して♡」

「許すのは僕じゃない」

 頬への口付けをさっと躱して、狩人は人の姿に変わった吸血鬼を冷たく睨む。

「キスに価値を置いてる人現実で初めて見たよ」

「初めて奪っちゃった~ァ」

「誤魔化さないで。帰りはちゃんと電車乗って帰るからな」

「お前飛ぶの下手だもんな」

「夜は君も鳥目だろ」

「いやァ? 夜が主戦場の吸血鬼様だぞ。その程度の弱点は克服してるんだよ」

 そうでなければ宿敵たる狩人の後ろは取れない。にこにこ笑いながらご機嫌に頬をつつく。やめろと言うように跳ね除ける。相変わらずヤな奴だ。

「それで、デートなんだろ? どこに行くんだ?」

「クリスマスマーケットやってるっていうから。矢も楯もたまらず呼んじゃったけど、特に計画は無い」

 相変わらず段取りの悪い奴だ。今は日が陰り視界も悪い。色鮮やかな明かりが点き始めた。でっかいクリスマスツリーも生えている。街灯にはためく“Happy holiday”の文字列の通り、きっかけがクリスマスであること以外は宗教色をできるだけ排した催しだ。まったく、素晴らしいクリスマスだ。地獄でサタンも笑ってる。

「お前段取り悪いな、マジで」

「そうだ」

 もうここまで来てしまったのだから狩人も開き直っている。吸血鬼はすぐ目についた店でホットワインを一杯買わせる。

「そういえば俺猫舌だったんだわ」

「君も計画性が無いな」

 念入りにアルコールを飛ばし、蜂蜜と何種類かのスパイスを利かせた品だ。未成年しかいない家では似たようなものは作れるかもしれないが、本物はワインを買えないので飲めない。この気温ではすぐに冷めそうであるので、計画性が無いと言った狩人の口を再度の口付けで塞ぐ。

「君そんなに好きだった!?」

「生意気なこと言う口はこうだぞ。ってだけ」

 それから唇に人差し指と中指を付け、狩人に雑に口付けを投げてやる。

「……次から君に黙ってほしい時はそうするよ」

「やめろッ、冗談じゃねえ」

「人にしてほしくないことはするものじゃないな」

 僅かにアルコールの残り香のするそれをちびちびと飲み、文句を垂れる。

「お前とするのは好きだよ。いちいち大げさに反応くれるから。でもされるのはヤだ。だってお前ねちっこいんだもん。いちいち逃げ場なくしてぐちゅぐちゅしてきやがってさァ」

「君には逃げられてばっかりだったからな」

 狩人の紫色の目は冷たいままだ。

「……やっぱキライ」

 舌をべーっと出し、吸血鬼はホットワインの入ったコップを押し付ける。ぶどう酒とスパイスの香りが鼻をつく。熱は冬の空気と吸血鬼の指先にすべて奪われてしまっていた。冷めきったホットワインを飲み干し、辺りを見回す。ハンドメイドの屋台が目に入る。

 そういえば三〇六号室にはクリスマスツリーが飾られていない。狭い部屋だから一軒家にあるような小さなものでも飾られたらやたらと場所をとるので何かと引っかけそうである。吸血鬼と過ごすことが無ければ部屋を楽しくしようと関心を持つことも無かった。

 ダビデの星はツリーが無いから星だけ置いておいても何がなんやらだが、スノードーム程度の飾りなら本を置いておく以外の用途でいまいち使われていない文机にも置いておけるだろうし、気分は上がるかもしれない。畳敷きの部屋の隅に置かれたアドベントカレンダーの近くに置いておけば、あの浮かれた装束の箱も肩身が狭い思いをすることも無いだろうか。一人残された

 肩を組んで耳元でぶーぶー言っている吸血鬼を引っ張って、狩人は用途不明の飾りが置いてある店を見に行く。

「どれがいいと思う?」

「これ」

 そう言って即座に指差したのは一番手前にある紐が付いた、コースターのような飾りである。

「もうちょっと考える時間が欲しい」

「お前、人に選ばせておいてねえ」

 色とりどりの、クリスマスツリーくらいにしか飾らないであろう装飾をされた球体を眺める。

「それはないんじゃないの」

「君も真剣に選べ」

「選んでんだよ。迷ったら全部買っちまえ」

 ……そう言うと思った。

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