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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
三月(その一)・発端
6/100

3/28(金) 暮らし始めて一週間、吸血鬼のトレンチコートが返ってくる

 吸血鬼のトレンチコートがクリーニングから戻って来た。

「俺のにおいがしない……」

「洗濯してもらったばかりだからね」

「変なにおいがする……」

 吸血鬼は洗われたてのコートを押し入れに連れ込み、耳の裏を押し付けてにおいをうつす。

「夜ご飯どうする?」

「昨日造った味噌汁がまだあるだろ、あれと、米洗っといて」

「他は?」

「あー、今からなんか作る。冷蔵庫に何がしかあったろ」

 コートをさんざんもみくちゃにし終えた後、吸血鬼は畳に足を下ろした。

 吸血鬼と狩人が共に暮らすようになって一週間、殺風景だったアパートの一室には随分物が増えていた。寝室の押し入れの中の箪笥には吸血鬼の服。文机の上には料理の教本が複数と、携帯電話が二つ。

 特に物が増えたのはキッチンだった。皿は狩人の異様な性質のため増えていなかったが、調理器具や食品のバリエーションが増えた。意外といろいろな物が必要になった。鍋とフライパンだけでは料理は出来ない。世間には便利なものがいっぱいある。吸血鬼は楽しく暮らしていた。

 吸血鬼の日本語学習はそれなりに進んでいた。夜毎狩人が料理の教本を読み聞かせ、夜に明日食べるものの買い物をしていたが、携帯電話を使うようになってからは翻訳機能を以て彼の日本語学習は格段に進むであろうと予想された。

「それ何語?」

「ラテン語」

「死語じゃなかったのか」

「俺最初に習ったのこれだったから。後で死語だって知ってびっくりしたわ」

「へえ」

 携帯電話の言語設定をした直後には、そういうやりとりもあった。

 狩人のほうは、宿敵と同居すること以外はいつも通りの長期休暇であった。朝は家事、吸血鬼が寝ている昼間には出資者からの頼まれごとやアルバイトをこなす。夕方になり吸血鬼が起きる頃には彼と買い物に行ったり、食事を作る様子を眺めたり、本の読み聞かせをしたりと、かなり充実していた。

 食事をしながら狩人がここ一週間を振り返っていると、ぼろぼろと熱いものが頬を伝った。

「え? ……なんで泣いてる?」

「なんか、人との同居って、思ってたのと違うって思って。君はすごいいい人で、全然思った通りにならなくって……」

 吸血鬼は呆れた。この上ないくらい呆れた。客観的に見て、今の自分は同年代の人間にたかる金食い虫だ。一緒に居る以上の幸福を提供しているとは思っていない。幸運を呼ぶ置物だとは思ってくれない吸血鬼狩人、まして宿敵の男と。

「お前、宿敵と暮らしといて思い通りって、俺は何をすればよかったんだ?」

「三日ぐらいで通帳と印鑑持って逃げられるかと思った」

「しねえよ」

「ご飯も美味しいし」

「それは……ありがと」

「こんなに落ち着いて一週間、普通っぽい生活したこと無かったから。昨日帰ってきて味噌汁作ってるとこ見て、なんか……」

「この一週間落ち着いてたの!?」

 ――こいつどういう人生送ってきたら宿敵と一つ屋根の下で普通の生活ができるんだ?

 己の状況をさて置いて考える吸血鬼をよそに、狩人は鼻水をすすり涙をぬぐう。

「どうしよう、君と一緒に暮らすなんて考えなければよかった」

「まだ一週間なのに。そんなポカホンタスみたいな……」

 もう一度と涙をぬぐう手を止めて、吸血鬼は血を啜るように彼の涙に口付ける。水っぽく、しょっぱくない。舌の上に魔性の者には刺々しい芳香が広がる。これは外れのほうの涙だ。このくらいなら頭痛薬の手を借りる必要も無いだろう。

「……明日死んだ方がいい、君を知らずに百年生きるなら、だっけ?」

「何言ってんの?」

「お前それ素で言ってたの?」

「どうしよう、鼻水出て来た。要る?」

「鼻水は要らないわ」

 吸血鬼はティッシュを取ってやって、茶碗の前に戻って食事の続きをした。

 狩人は鼻をかんで、ゴミ箱に丸めたティッシュを抛った。

「それどうやってやんの? 俺が投げると全部跳ね返されるんだけど」

「どうやってって、普通に……狙いを定めて投げるだけ」

「なんか特別な加護とかかけてないよな?」

「かけてたら君ここに居られないだろ」

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