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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
十二月・浮かれ切った年の瀬に
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12/4(木) カレーが食べたい!!

 人には突然、好むと好まざるとに拘わらず、カレーが食べたくなる日がある。

 狩人にとってはそれが今日だった。学校への電車内で、同居人である吸血鬼に携帯電話のメッセージ機能で[カレーが食べたい]と書いて送る。吸血鬼からは[ねる]とだけ返ってくる。こうなると彼と共にカレーを食べられるかはわからなくなった。

 頼みの同居人が頼りにならないとわかれば、課題を済ませたら一刻も早く帰って冷蔵庫の中身と相談しつつカレーを作らなければならない。カレーを受け入れる腹になっていたし、舌はカレーの食感を欲していた。ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、そして鶏肉。豚肉でもいい。彩りにグリーンピースもあってもいいかもしれない。福神漬けは赤でも茶色でもいい。白米に絡んだとろみのあるカレールー。食欲をそそるスパイスの匂い。カレールーに特にこだわりはない。やたら凝ったスパイスで初心者が工夫を凝らしたところで、求めるカレーの味にはならないからだ。

 弁当を食べた後でもまだしぶとくカレー欲は残っていた。

「カレーが食べたい」

「それが人間がお弁当を食べながら言う台詞でありますか?」

 クラスメイトのテルには暗に人非人と罵られつつも、狩人のカレー欲はやまない。

 早々に家に帰ってから荷物を置き、冷蔵庫と戸棚の中身を確認し、洗濯物だけ取り込んで買い物に行く。あれから吸血鬼は起きてはいないようだ。冷蔵庫の中身は変わっていない。

 買物から帰って来た頃には吸血鬼は起きていて、取り込んでおいただけの洗濯物を畳んでいた。

「期待してるからな」

 携帯電話をヒラヒラ振って、珍しく素直に応援してくれている。

 ついでに買ってきたものを冷蔵庫に仕舞い、狩人は調理を始める。今から準備を初めては、いつもの晩御飯の時間には少し遅れる。ティーンエイジャーは腹が減っていた。しかしそれ以上にカレーが食べたかった。なんかそういう妖怪に憑かれているのかもしれなかった。

 それならカレーを食えば治るのだからさっさと作るほかあるまい。ジャガイモは一個を八切れに分け、芽を取るのを忘れない。ニンジンは縦半分に切って半月切りに。玉ねぎを切る前に鍋に火をかけて油を敷いておく。玉ねぎは串切りを横半分に切る。目に沁みる前にさっさと火にかける。

 グリーンピースは結局買わなかった。手間が増えるからだ。玉ねぎに火が通ったら鍋に分量分の水を加えて沸騰するまで待ち、灰汁を取りつつ具材に火が通るまで煮込む。腹が減ってきた。

「米炊いた?」

「あっ」

 隣にやって来て吸血鬼が鍋を覗く。どきん、と心臓が跳ねた。狩人が食べたかったのは正しくはカレーではなく、カレーライスだ。たった一つのうっかりで半分が欠ける。このままでは、カレーライスが成立しない。いや冷凍庫に冷凍したご飯があったはずだ。レンジでチンするタイプのご飯も。それが無ければいっそ明日の分のパンを使うか。一瞬で無数の打開策が頭を駆け巡る。

 しかしながら有り難いことに、狩人は揶揄われただけだった。炊飯器は既に仕事をしており、呑気にも頭の穴からじゅうじゅうと水蒸気を噴き出している。出掛けている間に吸血鬼がやってくれていたらしい。

「ありがとう」

「どういたしまして。量多くないか?」

「明日も食べるから」

「二日目のカレーって美味いもんな」

 それにおかわりもできる。食いしんぼめと悪態をつき、吸血鬼は狩人の頬をやわらかくつついてから戻っていく。何もかも順調に進んでいる。

 いったん火を止め、ルウを割って入れる。炊飯器が仕事を終えたとわめく。溶けるまで掻き混ぜ、さらに火をつけて十分ほど煮込む。

「カレーが出来た」

 吸血鬼が二人分のカレー皿を出してくる。気の利くやつだ。

「お玉握り締めて突っ立ってないでさ」

 開かれたおひつからはほかほかの湯気が立っている。狩人は炊き立てのご飯が乗った皿を受け取って、カレーをかける。

 二人それぞれ湯気の立ったカレー皿を抱えてちゃぶ台に向かう。メインのカレーライス以外は必要なものほとんどすべて揃った完璧な食卓である。

「あ、福神漬け買ってきたんだった」

「出して来い」

 福神漬けを袋からタッパーに移して、今度こそカレーが食えるぞと意気揚々と食卓に向かう。夕食の時間は想定していたより遅くもならず早くもならなかった。

「いただきます」

 待ちに待ったカレーは市販のカレールウを使った最低保証の出来だった。全ての具材にちゃんと火は通っているし、ルウは溶け切っていて焦がしてもいない。つまりは素晴らしい、お手本通りの無難な出来である。

「美味しい」

「そりゃよかったな」

 ぐぎゅるぐるぐると派手な音を鳴らして、狩人の腹の中の虫が満足そうにカレーを食う。

 吸血鬼はなんとも思っていないように返す。食いたい奴が食いたいもの作って美味けりゃそれでいいのだ。

「明日はカツでも買ってくるか」

「いいね」

 無性にカレーを食べたい季節は去った。あとは人間の自由な意思で以てカレーを食えるのだ。これで機嫌よく鼻歌でも歌いながら風呂に入れば完璧だ。歯を磨くのはその後でいい。

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