10/31(金) ハロウィン!
「日本じゃあだいぶ様変わりしてるんだな」
夕映えにベランダで子どもたちの仮装行列を眺めながら、吸血鬼は呆れたように言う。
「仮装がしたかったのか? いつもしてるようなものじゃないか」
「何も言ってないだろ」
子どもは仮装し家々の前でトリックオアトリートと声を掛け、大人はいたずらを勘弁してもらう代わりに菓子をやる。そういう祭りだと吸血鬼は認識していた。
だから俺も理人も対象外だ。俺たちは子どもと呼べる年齢じゃないし、近所には知り合いの子どもなんていない。つまり俺たちには無関係な祭りだ。吸血鬼はお菓子の小袋をカゴや布のカバンに入れて去っていく子供たちを眺めながら、吸血鬼は言う。
「今年はそうでもない。元はええっと、ヨーロッパのどこかの……ユーラシア大陸の西の端で、死後の世界から先祖の魂が帰ってくる祭りなんだ」
窓を閉めろ、と再三狩人は言う。従わない吸血鬼を外に締め出そうとしてようやく、吸血鬼は狩人の言に従って部屋に戻った。
「つまり、これから義兄さんのところには、義父さんが行くはずだ」
「あの冥界下りの?」
「そう」
狩人は深刻そうな顔つきで携帯電話を眺めている。義兄から連絡が来るのを待っているらしい。彼が実家に滞在しているなら、今地球の裏側は昼だ。とても化け物が出る時間帯ではない。
携帯電話には現在吸血鬼に話したこととは一切関係のない画面が写されていた――通販サイトのお気に入り欄には、一切買うつもりのないコスプレグッズが並んでいた。現代日本のハロウィンは単にコスプレをする祭りになっていた。狩人はコスプレをするつもりはなかったが、眺めるだけならタダだ。
「それは――俺たちには関係無いんじゃないか? びっくりした義兄上が突然国際電話かけて来るとかしない限り」
「事前に連絡入れておいたし、それは多分ないと思う。忘れられてるか嘘だと思われてなければだけど……」
「あのアホみたいな状況わざわざ送ったの?」
実際、義兄とのメッセージ会話で[うそだぁ][嘘だと思っても構いませんが、ミカジロ殿も会っているはずなのでそちらでも確認してみてください][覚悟はしとく]というやりとりをした。それから義父について何か会話したことはない。そもそも双方筆不精なためメッセージでも電話でもあまりやりとりをしないものだから、それきり会話は止まっている。
「あの人は血の繋がった子供だから。一応、送っておかないと」
「そういうもんかねぇ」
「別の機会に行くって言ってたから。こっちからも、事前に伝えておいた方がいいと思った。父さん携帯電話持ってないみたいだし」
「死人が電話して来たらホラーだもんな」
吸血鬼は、狩人がプリークネスの家に行かなければ今みたいに苦戦しなくて済んだんじゃないかなと叶わぬ願いに思いを馳せる。仕方ない、そういう運命だ。そういう運命だと思って、頑張っていくしかない。
「そう言えばお前吸血鬼狩人の家に行ったんだろ、そっちの家を乗っ取ることも出来たんじゃないか?」
「いいや。僕は養子だから。あの家は継げないよ」
「そういうもんかね」
「ああいう仕事は、血のつながりが何よりも重要だから。兄さんはそうは思ってなかったみたいだけど」
「へー。あの人子供いたっけ?」
「結婚もしてないよ。するのかも怪しい」
「へえ。伝統的シャーマンなのに。いい時代になったもんだ」
吸血鬼としては、吸血鬼狩人は絶滅した方が助かる。吸血鬼にとってはいない方が都合がいい生き物だし、絶滅したところで人間全体の何分何厘にも満たない人種だ。吸血鬼専門の狩人なんて存在しなくても構わない。ただ文字通り、人間が食い物になるだけだ。人間の死因が一つ、わずかに増えるだけだ。
「そういやお義母様は? 人間にゃ両親がいるもんだろ?」
「義母さんは身体が弱くて、入院してたからあまり顔を合わせたこともない。冥界下りまでしたみたいだから、相当愛してたんだろうね」
「そんな家のところに現代日本からよく養子に行けたな?」
「本当に、なんでなんだろ」
「ミカジロんとこはどうだったの? 海渡らなくて済むだろ?」
「日本に来てからいろいろと関わりが出来たんだけど、あの人のところには行かなくてよかったと思ってる」
「マジ?」
「ああ見えて破滅的だから。犬もたくさんいるし、人間に関わってられないと思ってた」
「犬?」
「犬。たくさん飼ってるんだって」
「ああ、そういやそんなこと聞いたな」
錬金術師からは、ミカジロは過去の負い目から犬をたくさん飼っていると聞いた。
過去の負い目ね。一体何をやらかしたんだか。吸血鬼は結婚式で一遍会ったきりの犬のような男に思いを馳せた。
グゥ、と狩人の腹が鳴った。
「そろそろ飯にするか」