10/15(水) キャベツのコンソメスープ
深夜に目を覚ました吸血鬼は、狩人を起こさないように慎重に押し入れを開けて、床に足を下ろした。
十月も半ばに差し掛かり、二週間ほど前の熱気やいずこ、夜はすっかり冷えるようになっていた。寒暖差も激しく、空気も乾燥してきて、吸血鬼には少し過ごしづらくなってきた。肌が乾燥すると鼻とか踵とかひりひりして辛い。太陽の陽射しとはまた別の辛さだ。おそらく吸血鬼に残された数少ない人間らしさの一つだ。
奴が飯を食ったのを見届けて、いや一緒に食事をとってからすぐに眠りについた。それから――だいたい七か八時間。人間としては健康的な睡眠時間だ。起きている時間と寝ている時間は健康的とは言い難いが。
吸血鬼が深夜にするものといえばまず料理だった。人間の世界は夜になるとほとんどが眠る。個々の人間が活動していることはままあるが、他者との交流はぱったり減る。これが世界にとっての休眠だ。人もそうだ。人間社会で暮らす夜行性には、夜に大幅に減る交流は肩身が狭く感じる。吸血鬼には昼に起きれば問題が無いから、人の世の夜の閉塞は、人のように腹を減らしているとき以外は問題にならなかった。
冷蔵庫を開き、大きく目に入ったのはキャベツ。じゃあこれで何か作ろう、と思った。それならスープが飲みたい。水っぽくてあたたかいもの。肌寒い腹も満ちる。
自分も随分人間らしくなったものだと思いながら他の手札を漁る。ジャガイモ。コンソメ。コンビーフ。コーンの缶詰。しなびたネギの小口切り。都合のいいことに都合のいいものは冷蔵庫やら棚やらにいくらでもある。半年かけて作り上げた吸血鬼のちっぽけな王国だった。
キャベツとジャガイモをいい感じのサイズに切り、そのほかの具材と共に鍋で火を通したり、調味料で味を付けたりする。ある程度火が通ったら野菜炒めからスープにするため水やら調味料やら入れてさらに煮る。ジャガイモに火が通りきったら完成。
具の量から想定しておくべきだったが、思っていたより量が多くなった。当初の二三人分のおかずという予定が、カレーを作って二日は持つ鍋になみなみのスープが出来てしまった。
まあいい。あいつが起きたら温め直して朝食にパンに付けて食べてもいいし、冷凍した米と合わせておかゆにしてもいい。それでも飽きたらシチューか味噌汁にしてやる。吸血鬼の同居人は狭量な人間ではない。連続して同じものを何度も出すにしても、腹を下すほど不味いものを出さない限りは大丈夫だろう。ただ一つ衛生の心配はしておかなければならないが、それもたぶん大丈夫だ。今までそのような事態になったことはない。湿気と温度がヤバい夏を乗り越えて来たんだし大丈夫だろう。吸血鬼の思考は非常に呑気だった。
味見ついでに飯を食う。冷凍のご飯をチンしてから浸して食うと丁度いい塩梅だ。狩人は何の味の感想を求めても「美味しいよ」か「また作って」としか言わないのだから当てにならない。「美味しいよ」は褒めるネタがないとき、「また作って」は特に美味いと思ったときだということは、吸血鬼もわかっていた。
もう一つあった。「次はない」だ。あまり美味しくなかったときだが、これは大豆肉を使った時に言われた。麻婆豆腐を作った時に共に使ったが、さすがにバレた。騙したような真似をして悪かった。あれは吸血鬼もあまり好きではなかった。やっぱり肉は本物に限るよ。吸血鬼の言い分に、狩人も同意した。
腹が少々膨れたところで、朝までは時間がある。狩人も起きてこない。まだ腹が減っている。何か作るか、それとも夜歩きしている誰かを漁るか。
ベランダに出て外を眺める。日の出まではあと二時間ぐらいか、と冷たい空を眺める。夜は長くなる一方、下弦の月がまだ空にいる。ふらふら歩く人影が見える。網戸だけ閉めた後、音を立てずにふっと飛び立つ。
腹が膨れ、程なくして戻る。日は未だ昇らない。もう何か作る気はない。弁当の用意だけしてまた寝るか。吸血鬼は窓を閉じ、再びキッチンに向かった。




