3/26(水) 味噌汁を作るらしい
「水四百ミリリットル、味噌大さじ二」
「大さじってあの丸い計量スプーンだな?」
「あー、うん、そうみたい。これだね」
「ああ、わかった。この間買って来たやつだな。一致した。続き読んで」
狩人が読み上げているのは、吸血鬼が狩人を装って借りてきた料理本の一節だった。読んでいるところを指で差しながら読み進めることで、発声と字の意味と繋げる意図があった。
「顆粒だし適量」
「適量って何だよ」
「あっ、にぼしとかのだしの取り方が次のページにあるって」
「とかって、何か種類があるの?」
「ここに載ってるのは鰹節、昆布、にぼしだって。顆粒だしは手軽だけど、時間があるときはこっちでやる方が美味しいって書いてある」
吸血鬼が狩人に捕まえられて一週間も経たないうちに、彼は驚くほどこの部屋に馴染んでいた。昨日は図書館に行って本を借りてきたし、これからもこの生活が続くなら、きっと本を返しに行き、また借りるだろう。
初めて知ったことがたくさんあった。狩人の背が思っていたより低かったこと。これは意外だった。己を追い詰め己の命に触れた男の頭が、普通に立っているだけでは自分より低いところにある。これは吸血鬼にとって驚嘆すべき事実だった。
――あれが自分よりも大きく見えたのは獣姿だったからか、脅威として相対していたからか。少なくとも横幅はでかい奴だ。俺の倍はある。
吸血鬼は人に比べれば特別細身であるし、狩人も人と比べれば少々奇異に映るほど筋肉質である。吸血鬼が考えた通り彼らの対格差が倍ほどあってもおかしくない。
「ところでお前、あの冷蔵庫の中身でどうやってその身体を維持してたんだよ」
「腹が減りさえしなければよかった。外に食べに行くこともあったし」
「恵まれてるなァ。それでその身体だもんな」
「才能だけは有り余ってるみたいだから」
「嫌味な奴!」
「続き読んでもいい?」
「お願い」
先週殺されかけた奴にこんなに穏やかに本を読み聞かせてもらっているんだから、人生わからないもんだ。
「明日の夜これ作るわ。これと……あと何がいい?」
夜とはいえ、汁物だけではきっと育ち盛りの腹は朝まで持つまい。宿敵の腹具合を気遣うことになろうとは、一週間前には思いもよらなかっただろう。
このまま俺のこと好きになってくれればいいのに。基本的な味噌汁の作り方を完全に頭に入れると、吸血鬼は今日の献立の用意をし始めた。