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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
九月・歯型(官能的につき話抜け多し)
46/104

9/24(水) 寝覚めが悪いし不味い血は飲まされるし最悪

 吸血鬼は珍しく夢を見た。端的に悪夢だった。

 昨日の夜の続き、自分が女の子になって、狩人になすすべもなく性的にめちゃくちゃにされる夢だ。自分はそれを悦んでいて、子どもをつくる約束までしていた。

 そして下半身が冷たくなっていたので目を覚ました。尿とも精液とも違うものが出ていた。初めて眠る間に生命活動を見せる身体に、吸血鬼は思いのほか冷静に対応した。

「やべえ漏らした」

「おはよう。他のところ、濡らしてない?」

 起きたら次の日の朝で、狩人は学校に行く準備をしていた。

「たぶん濡らしてない」

「それならいい」

 吸血鬼は漏らした以外は、昨日のことは何もなかったような平常通りの会話だ。

「なんで漏らしたかとか、聞きたい?」

「聞きたくない」

「だよな」

 行ってきます、と言って足早に狩人はさっさと家を出る。

 後始末をした後、吸血鬼も何か食おうと冷蔵庫を開ける。あまりいい様相とは言えない。狩人は自分が寝ている間に夕食も食べたらしい。今日は起きて買い物に行かなければならない。

 やたらと身体が重かった。こんな日は血を飲みたい気分だ。そうすれば体調も戻るというものだ。

 だが当てがない。猫は駄目だ。その辺の野鳥でもいいが死体の処理が少々の手間だ。なら人間に頼み込んだ方がいいか、と思って町へ繰り出す。

 行き着くのは結局変わらず、喫茶ソロモンだった。腹が減っている間と言うのはつい安定を求めてしまうものだ。

「いらっしゃいませー。空いてるお席どうぞ」

 店内には楽器を背負った見覚えのある常連客が一人と、応対をしてコーヒーを淹れているアルバイトの克海がいた。コーヒーを淹れ終えた克海がお冷とおしぼりを持って来る。

「モーニング一つ。あと、ちょっと耳寄せて。……血を、飲ませてくれない?」

「シャンジュ様、ここそういう店じゃないんですって、赤彦さんに前に言われてませんでした? あと私の他に人間の知り合い居ないんですか? 他の人に頼んだらどうです?」

 ひそひそ声ながら、冷静な声調で説教をされる。吸血鬼はそこをなんとか、と手を合わせる。偉大なる吸血鬼としては非常に情けないが、背に腹は代えられない。

「私今都合が悪いんで。うちの新人のバイトを紹介しますよ。あいつ今日非番なんで、暇だったら献血してもらいましょう。今いるかな」

 身内を売るのはいいのかよ。吸血鬼は合わせた手を離して振る。克海はポケットからスマホを出し、メッセージを送る。身内を売ることに関して何の躊躇いも倫理観もないらしい。

「いやそんな呼び出すとかわざわざそんな……」

「あいつ家近いんで、家にいたら多分来てくれますよ。珍しいもの好きなんで」

「そりゃこんなとこでアルバイトするような奴ぁ珍しいもの好きだろうけどよ」

「来るそうですよ」

「早いな」

 克海は注文を完遂するためにカウンター内に戻る。

 そして吸血鬼はしばらく待つ。カウンター席に座る常連客は先程の会話に露ほども関心を持たなかったらしく、ガリガリとノートに突っ伏しサーモンピンクのボールペンで何か書きつけている。

 モーニングが来るよりも早く、黄色と黒のまだら髪した若い人間が、店入り口のカウベルを鳴らした。カウンター奥の克海と何やら話をしてこちらを向く。やたらめったら話が早くて騙されているんじゃないかとすら思うが、今は騙されておくことにした。今は疲れていたし、腹も減っている。

 男は目の下に隈を作っていて、あまり健康そうには見えない。タバコのにおいも臭い。なんでこいつ飲食店で働けてるんだよ。

「それで、あなたが……」

「そうです。体調大丈夫そう?」

「すみませんちょっと寝不足で……大丈夫ですさっきまで寝てただけなんで」

 自分で注いだお冷を持ったが、なんの躊躇も無く隣の席に座る。確かに隣に座った方が血を吸うにはやりやすくていいが、騙しているわけでもないのにぐいぐい来られると、騙されているぞと注意したくなる。

「処女の生き血が欲しいって聞いたんですが」

「生き血なら何でもいいんだ」

「へえ、雑食なんですね」

「生き血を飲むって言ってんだから肉食なんだよ」

 大丈夫かこいつ。吸血鬼は疑いながらも、差し出された手首の臭いを嗅ぐ。生臭い肉食気味の臭い。

「野菜食えよ」

「僕肉食派なんです」

「野菜も食え」

 騙されたのはこっちのほうだったかもしれない。まあいいや。狩人は手首に素直にかじりつく。タバコ臭い不味そうな匂いはするが、仕方がない。

 ……毒の苦み、辛み、渋み。それら全てが口に広がる。口腔に、頭蓋に、全身に、不快感のみ与える毒だ。自己防衛のための唾液が溢れる。舌で止血し、何処に吐いたらいいものか、とりあえずこの男が持ってきたコップに丹念に血を吐き出す。

 普通の人間ならこれだけの反発はない。同系統か同種の血だろう。それかそもそも血が毒で出来てるか。ともかくなんてものを飲ませてくれたのだ。吸血鬼はその男を一瞬睨む。

 眉間にしわを寄せて舌を出す吸血鬼を、彼は妙に色っぽい目で見ていた。

「なんで吐くんですか?」

「飲めないもんを無理して飲むわけにはいかないだろ?」

「飲めない? やっぱり」

 嬉しそうに目を細める。やっぱり得体の知れない奴の血なんて飲むもんじゃない。ちょっと好奇心が強すぎた。

 もう一回オエーッと血の味がする唾液をコップに吐きだす。どうしよう、この口もコップも。

「お前、何? ただの肉食派じゃないだろ?」

「……そうですね。ただの肉食派ではないです。喫煙家です」

 そうだろうよ。吸血鬼はタバコ臭い男を押しのけて、まだ口を付けていないほうのコップの水を持ってトイレまで行く。これで口を濯ぐつもりだった。

 席に戻るとモーニングとともに克海が向かいの席に座っていた。

「あんた狼男?」

「いえ。でも僕の血で。せっかくならちゃんと最期まで見してくださいよ」

「克海、こいつクーリングオフで。食えないぐらい不味いわ」

「そうでしたか。やっぱヘビースモーカーの血って不味いんですか?」

「それもあるけど。尋常じゃなく不味い。しゃれならんぐらい無理」

 客のプリンに手を出そうとする名称不明のアルバイトからプリンを守りつつモーニングを喰らう。克海には今後一切、恋バナはしないことにした。

 吸血鬼はあきらめて狩人の血を飲むことにした。酔っぱらって幸せな気分のまま死ねる毒のほうが、苦しんで死にそうな毒よりかはましだ。こういう計画を立てると次にいつ買い物に行けるかわからないので、しばらく分の食料を買いためておくことにした。

 狩人が帰ってきた途端、吸血鬼は駆け寄った。珍しいこともあるものだ。狩人は驚いた。

「おう理人、この後暇あったら血が飲みたいんだけど」

 ぎょっとしたような顔をして首を引く。

「昨日セックスしてたときは飲んでって言ってたじゃん」

「言ったけども。……ああ、仕方ないな。いいよ。飲みなよ。でもご飯食べた後でね」

 そういうわけで食事を終えた後、これ以上部屋着の襟をびろんびろんにするのは嫌だと言った狩人は上裸で吸血鬼を膝に座らせた。

「猥雑」

「君、前はもうちょい色気があったほうがいいとか言ってなかった?」

「あー、言ったような言ってないような。いただきます」

 牙を突き立てた途端、口に広がる酒精のような毒気。舌の痺れ。でも飲めないほどじゃない。喉に下して次の一口を吸う。

「う、え、おえ」

 味は変わらず酒を飲んだ時のような、喉が焼けるような感じがする。前に飲んだ時より血が薄い気がする。やっぱあんだけ出した後だと違うのかな、とあまり科学的でないことを考えたりもする。

「泣くほどつらいなら飲まなくていいのに」

「やかましいわ。いいって言うんだから黙って飲まれとけよ」

 どうしてこう、こいつ相手だと色気のある受け答えが出来ないのか。

 それでも、吸血鬼はかぶりつく。蕩けるように美味い。前飲んだ時ってこんなに美味かったっけ。三口も飲めば腹いっぱいで、胸焼けして意識が朦朧として来た。

 舌で傷を塞ぎ狩人の肩から口を離す。預けていた体重がふらっと後ろに倒れかかる。そのままごろんと後転し、部屋の隅に乗せたちゃぶ台の上に下半身を載せる。

「う~~ん、ありがと。水分とれよ。しばらくは安静にな」

「トイレ行ってくる」

「トイレ行く前に水か牛乳飲め。トイレは開けてしろ。倒れられると困る」

「今の君にそこまで心配される謂れはない」

 狩人は痺れた足を庇い前かがみになり、壁伝いにトイレに行く。それから反抗期気味にドアを閉める。元気なこった、と思いながら吸血鬼は唇に付いた血を舌で舐め取る。乾いた血はくらくらするほど美味いし、食感もいい。

 吸血鬼は千鳥足で起き上がり押し入れに戻り、そしてまもなく意識を手放した。

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