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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
九月・歯型(官能的につき話抜け多し)
45/104

9/15(月) 知らない猫の毛だ。浮気か?

「おかえり~。遅かったな」

「ただいま」

 陰鬱な顔をして狩人が帰って来た。時刻は夜の十時過ぎ、まじめな学生の帰宅としては少々遅い時間だろう。これまで吸血鬼が観測してきた平均よりも遅い。吸血鬼は食事の用意を終えた後時間を非常に持て余し、ひたすらだらだらと狩人の帰りを待っていた。なんと健気なのだろう。宿敵への対応とはとても思えない。

 吸血鬼の[飯食うか]というメッセージに[食べる]と返事が来たのが五時間ほど前、[何時に帰る]に既読が付いたのが今現在。ご飯は既に炊け、二時間ほど放って置かれていた。どうせなら一緒に食べたいし、あわよくば皿洗いもしてもらいたいから、吸血鬼はカレーを煮込んで待っていた。起きてすぐ冷蔵庫の中身を検め買物に行って今宵ばかりはタマネギの出禁を解き、一時間以上かけて具材をすり下ろし炒め煮込んだカレーもすっかり冷めた。

「ごはん、まだある?」

「おう。今温める。先風呂入ってろ」

「……うん」

 外行きの服を脱ぎ、風呂の戸がバタンと閉じた音が聞こえる。吸血鬼は起き上がり、カレーの鍋を火にかける。ご飯は保温のまま、釜はただ中身を取り出されるときを待っている。

 夜遅くに随分落ち込みながら帰ってくることは、今までも偶にあった。吸血鬼はいちいち理由を聞いたりはしない。己が勝手に立てた勝手な予定を狩人が守ってくれることを期待しないし、寝ていて彼が毛まみれになって帰ったことを知らないときすらある。

 毛まみれ。そう、こういう日は決まって、外套に知らない獣の毛を付けて帰って来る。

 狩人が風呂から出たが、髪を乾かすのにまだ少しの時間がかかる。ご飯とカレーを盛った後、手隙に吸血鬼は外套にコロコロをかけてやる。

「ありがと」

「いいよ。浮気だろ?」

「……うん。ご飯食べた後なんだけど、また、お願いできる? お風呂入ったばっかだけど……湯舟には浸かってないし……」

「猫?」

「……うん」

「いいよ。皿とお玉洗って」

 手間暇かけて作ったカレーを無言で食べた後、吸血鬼はちゃぶ台の隣に寝転がり、狩人が皿を洗い終えるのを待った。

 狩人は来て、と言った。今のように機嫌を悪くした狩人に、吸血鬼は以前「浮気だ!」となじり猫の姿で外套を毛やフケまみれにしたことがある。それを狩人は咎めるでも怒るでもなく、ただ顔をくしゃっとしかめてふかふかの背を撫でた。せっかくなので膝の上に乗って耳の裏を嗅がせてやった。こきたない吸血猫でもふわふわしていれば心身の慰めになるらしい。何を落ち込んでいるのか知らないが、狩人が落ち込んでいるのを間近で見られるのは気分がいい。吸血鬼はゴロゴロ喉を鳴らしてやった。

 狩人はまたそうされたいらしい。吸血鬼が変身した猫にしばし心を許して、首筋に鼻を埋め、膝の上でゴロゴロ喉を鳴らし、腹をかたい肉球で踏まれたいらしい。

 獣の姿になるとどうにもいつも以上に自制が効かなくなる。じゃあじゃあいう水の音は苦手だし、あちこちバリバリ引っ掻きたくてたまらない。犬猫の姿になり柱で爪を研いだとて、困るのはささくれが刺さる人の姿の己だというのに。

「シャンジュ」

「手ちゃんと拭いた?」

「拭いたよ」

 狩人は畳に膝をつく。

「来て」

 吸血鬼は黒猫に身体を変える。クドラクとしてメジャーな変身ではないが、この吸血鬼にとってはコウモリへの変身よりかずっと簡単にできる。

「よしよし」

 狩人は膝の上に黒猫を乗せ、背中を撫でる。吸血鬼が変身したこの猫は狩人の広い胡坐の上で、非常におとなしく撫でられている。

 狩人が背を曲げて、頭の影が落ちる。見上げた顔は無表情だ。吸血鬼はこの暗いところから見える、目を見開いて見下ろす表情が大好きだった。この顔を見るために腹を撫でられてもいいと思っていた。首をきゅっと絞めるように撫でられてもいいと思っていた。喉を鳴らして喜んでやった。

 ごろごろ、にゃごにゃご。狩人の機械的な愛撫に、黒猫は機嫌良さそうに振舞っている。膝の上で媚びに媚びたところで、狩人は表情を変えなかった。それもまた吸血鬼の気に入る点だった。

「なァ理人、尻を叩け。尻尾の付け根。トントンってして」

「君、その姿で喋れるんだな」

「俺とお前の仲だろ。わからないわけがない」

 狩人は高く掲げた尻尾の付け根、他人でいう腰のあたりを人差し指で撫でたり、とんとんと優しく叩く。

 ――んっ、ああ、いい。

 吸血鬼が上げる官能の声も狩人には、なぁん、ぐるぐる、という甘い鳴き声にしか聞こえない。気持ち良さげに身体を摺り寄せ、もっとして、止めないでとねだる。

「……そういえば君、お尻を叩かれて喜ぶってことは、雌猫なのか?」

 ふとした疑問を抱いた狩人は尻を叩くのを止め、尻尾を親指で掴んで尻の穴に触れようとする。

「えっ、ちょっ、やめろっ! 馬鹿!」

 吸血鬼が膝の上に寝転がった。体重は大して変わらないのが不思議だ。血の気の無い頬を赤く染めて、狩人を睨み上げている。

「……ごめん」

 狩人はちょっとためらって、そのまま頭を撫でた。猫の毛よりはふわふわでない、人毛らしいごわごわだ。吸血鬼は気にせず、されるがまま撫でられていた。

「君は雌猫を変身の参考にしていたんだな。猫を撫でたことがある?」

「あるよ。参考に出来るくらいはな」

「とんとんされて気持ち良かったってことは、君は……」

「去勢してない。当然だろ。お前この前俺のおちんちん触ったろ。元気だっただろ。覚えてらっしゃる?」

「違う。雌猫のほう。尻尾の付け根触って気持ちいいのは雌猫だって」

「おしりトントンを気持ちよがる雄もいますゥー。俺は気持ちいい個体みたい。雌猫じゃないよ。ホントだよ」

「でもおちんちん生えてなかったし、金玉無かったし……もっかい変身してみてよ」

「やだね。おとなしく俺の頭撫でてろ」

 吸血鬼は狩人の筋肉質の胴を抱き、腹に顔をぐりぐりやった。

 何はともあれ、元気は出たみたいだ。よかったよかった。吸血鬼はにこにこ笑って、狩人の膝に頭を預けた。

「気が済んだら歯ぁ磨けよ」

「……うん。ついでに君のも磨いてあげる」

 ぽんぽんとつむじを軽く叩き、頭を下ろす。狩人は立ち上がり、二人分の歯ブラシを持って戻って来た。

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