8/15(金) 喫茶ソロモンといろいろ
いろいろなことを店長に聞きに行くために喫茶ソロモンに行くと、見知ったアルバイトがレジで接客を終える所だった。店内には客がまばらにいて、各々タブレットを弄ったり本を読んだりしながら、モーニングを食べていた。
「よう克海。今日学校はどうした?」
「夏休みです。ってかシャンジュ様、今日めっちゃ可愛いですね!」
恰好自体は一昨日バーに行ったときと同じ、シャツにズボンにトレンチコート。やっぱり似合って見えるのだな、と己のポテンシャルに胡坐をかくことにした吸血鬼は、鼻高々にアルバイトの世辞を受け取る。
「でしょお!? デートの相手にはこういうお世辞を言うもんだぜ、お前も見習え」
「お世辞じゃないですってェ。ご注文は?」
「モーニング二つ。あと店長呼んで」
「うちそういう店じゃないんでー」
と言いつつ、二階にいる店長に声を掛ける。話の分かる奴だ。
もう一人カウンター内で働いているほうはあまり話したことが無いが、赤彦や克海のように変身をしているわけではなさそうだ。
ゆっくりとした足音があって、店長が降りて来る。
吸血鬼が手を振ると、小さく手を振り返して近付いてくる。隣の開いた席から椅子を持ってきて、迷いなく座った。
「こんちは。DVD見たいんだけど、いい感じのテレビある?」
「管理人室の使っていいよ。何見るの? エッチなやつ? 駄目だよ公共の場所で」
「いや普通のやつ。映画。図書館で借りるつもりなんだけど、再生機器が無くって」
「あー……」
年齢不詳の店長は、現代っ子たちに同情的な視線を向ける。
「パソコンとかも無いの? 全部スマホで足りるから?」
「はい」
「サブスクとかは? なんか映画とか見られる、今流行りのやつ。やってない?」
「やってないです」
「映画ってスマホの小さい画面じゃなくってさァ、出来るだけ大きい画面で見た方がいいじゃん? 店長わかる?」
「わかるけどさ。うちのテレビもあんまり大きくないよ?」
「スマホよかマシでしょ」
こーんな小さいんだぜ、迫力薄だよと吸血鬼は手のひらに収まるサイズのそれを振って見せる。わかったわかった、と店長は心配そうに見る。振り過ぎて落とすような間抜けはしなかった。
使用許可を取れたことをよしとして、狩人は唐突に話を変えて自分の聞きたいことを聞く
「店長さん、あそこに置いてある精霊馬って、前に使った人がいるんですか?」
「ああ、君の御父上が使ったって言ってたあれだね? 何回か使った形跡はあったけど、ご挨拶にまで来てくれたのは初めてだね」
「使った人って形跡を残していくの?」
「蹄が――蹄じゃなくて割りばしなんだけど、割りばしの先がすり減ってたりするんだ」
それってただの机との摩擦じゃないのか。そう考えるのもつかの間、今度は店長が問いかける。
「じゃあこっちからも質問させてもらうけど。一昨日の吸血鬼君が――ええと、食べちゃった? 吸っちゃった? どっちだろう。あの人。どういう関係?」
「見てわかんなかったのか、下僕だよ。言うこと聞かなかったから食べちゃったの」
「食べちゃったのかぁ」
残念そうに店長は肩を落とす。一昨日は嫌がっていたが、ひょっとしたらアパートに一室貸してくれたかもしれない。
「そしたらさぁ、いろいろと問題が起こらない? 彼がどこに滞在していたのかとか」
「吸血鬼だぞ、居なくなっても支障は無いだろ」
「いやぁ。人間として暮らしてた頃の痕跡を考えれば、ねぇ……飛行機で来たんだろ? いきなり消えてしまったら、どうなるかね?」
「どうもならんだろ。日本で行方不明者がどれだけいると思ってんの?」
「確かにそうだね。探そうとしなければ国際問題にもならないし」
「あいつ多分実家からは勘当されてっから、金はあっても友達はいないぜ」
「そっかぁ……」
知り合いがいなければ探されることも無い。寂しいもんだなと吸血鬼は独り言ちる。
「モーニングセットお二つでーす。ご注文以上ですか?」
「はい。ありがとうございます」
「映画って何見るんですか?」
「『リトルマーメイド』。昔のアニメのほうね」
「へー。楽しんでくださいね」
注文の品を置いて、カウンター内に克海は戻っていった。一人の客が席を立つために片付けを始める。
客二人はモーニングに手を付ける。そういえば狩人の兄はやたらとものを頼んでいたが、彼自身はそうでもない。
「そーいえばお前、それで足りるの? 他になんか頼まなくっていい?」
「え、なんでそんなこと聞くの?」
「前お義兄様と一緒に来たとき、めっちゃ頼んでたからさ。実は我慢してない? って思って」
「なんで自分の財布で遠慮しなくちゃならないんだよ。してないよ」
吸血鬼は気にかかる些事が無くなったので、店長にもしもの話をした。
「ねえ店長」
「なんだね」
「あいつが生きてたら、雇ってくれた? 夜間限定のバイトとしてさぁ……」
「どうだろうねぇ。君の中に居る彼はなんて言ってる? 彼が人と共存できるなら、こちらとしても受け入れたいと思ってたな」
「もう消化しちゃったからいないよ」
「そっかぁ」
もう一人のバイトが焼いたスクランブルエッグは底が焦げていた。




