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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
八月・ここまできたらだいたい一日イチャイチャしてる
41/104

8/14(木) お盆と魂と信仰

 夕食を終えて狩人がそろそろ風呂に入るかと思った夜、インターホンの音が響いた。何だ何か頼んだ覚えはないぞとドアスコープを覗いた狩人は、驚いてドアを開けた。

「義父さん、ですか? 本当に?」

「日本の、お盆だからな。階下に誰でも使ってよいキュウリの馬があったから、それに導いてもらった。後でこのアパートの管理人には礼を言わなければなるまい。……お前と話がしたくて来た」

 上がらせてもらうぞ、と言って呆然とする狩人を振り切って部屋の中に進む。のっしのっしと歩いてくる現代日本では不審者扱いされそうな古ぼけた外套姿の壮年の吸血鬼狩人に、吸血鬼はぎょっとしてだらけきって畳に寝ていたところの居住まいを正し、窓を背にいつでも立ち上がれるように座った。

「何? 誰?」

「……リヒト。どういうことだ?」

「僕の宿敵です。義父さん」

「お義父様!?」

「シャンジュ、一旦黙って」

 座布団を出して、義父を座らせた。これ以上に上等な敷物はここにはない。理人の義父、狩人の師匠は扱いの悪さに黙して気にしない性質だが、理人は己の義父に対して礼を失したくはなかった。拙いながらも丁寧に一つ一つ説明していく。義父は辛抱強く聞いていた。

「そういうわけで、宿敵と一年暮らすことにしました」

「どういうことだ」

「俺もそう思う」

「この吸血鬼の言うことは気にしないでください」

 同居のいきさつ、なぜ理人がそのような決断に至ったかを静かに聞き終えて、義父は一息、大きなため息をつき言った。

「人は誰しも、己の運命を独占しようとし、傲慢になる。かつては私もそうだった」

「まだ傲慢でいさせてください。この一年、あと半年だけは……」

「それがどれだけのものを殺したか、正しく理解しているのか?」

 指された吸血鬼自身は、ただ濃い蜂蜜色の目で義父を凝視している。邪視は飛ばしていない。ただ警戒して見ているだけだ。吸血鬼狩人の末裔、プリークネスの完成系と言っていい、逞しく眉間の皺も深い壮年の男。若い吸血鬼にとってだけでなくただのティーンエイジャーとしても、かなり怖い。

「知ったことじゃありません」

「狂っているぞ」

「もともとそうです。あなたも」

 外套の下に矢じりがきらめく。銀製の、深い祈りが刻まれた聖なるもの。かつて吸血鬼の血を浴びた使いまわし。幾度となく効力の保証をしてきた古いもの。無いはずの血の気が引いた。

「それでは。運命であるならば、貴様は私に殺されないはずだ」

「試してみるか? クソじじい」

「やめてください! シャンジュも挑発しない! ここに住めなくなったら困るのは僕です。ついでにアパートの管理人さんも。彼でも義父さんでもない。義父さんだって家では戦わなかったでしょう!?」

「母さんがいたからだ」

「ともかく、ここで戦うのは困ります。絶対に、やめてください」

 そうして彼は吸血鬼を背に庇い、義父を宥めた。義父は落ち着きながらも外套の下からは手を出さずに座り直す。油断も隙も無い。

「人と人の縁は網の目よりも複雑に絡み合い、運命を共有している。始末が難しいなら、人を頼ることをしろ」

「僕に頼れる人はいません」

「そのかたくなな態度は改めるべきだ。ルチエは今やお前にとって良い兄ではないのか」

 俺のために争わないで―、と出て行くべきだろうか。吸血鬼は張り詰めた雰囲気を破りたくて仕方が無かったが、争いに巻き込まれて擦り潰されるのも嫌だった。半年前に俺と理人の間に挟まれたアスファルトとか廃屋とか、大変な目に遭ったらしいし。自分がああはなりたくない。

 とは理性が考えつつも、同じ部屋にいるのだから、吸血鬼は口を挿まずにはいられなかった。

「なあ、せっかくだから俺の話じゃなくって自分たちの話をしたら? 俺外に出てるから、親子水入らずでさ」

「君はここに居ろ。もう夜だぞ、どこに行くっていうんだ」

「いや吸血鬼の基本的な行動時間って夜なんだけど。わかった。背中にくっついてようか? 見せつけるようにぎゅーっとよぉ」

「そこにいるだけでいい」

「わかった」

 吸血鬼は足を崩して胡坐をかいた。もう警戒する必要はない。家の中で必要以上に警戒していたくない。なんだかどっと疲れた。

 義父はよく見ればルチエ、あの義兄によく似ていた。因果関係としては逆だが。ルチエのほうの顔立ちは現代的な細面だが、髪の質や目の形なんかはよく似ている。あれも老けたらこんな感じになるのかもしれない。余計なお喋りは治らないかもしれないが。

「……父さんは、あれからどうしてたんですか。本当に死んだんですか。今ここに居るのは霊か何かで、それが精霊馬に乗って帰ってきたんですか」

「死。そうだな。今の私は、説明し難い摩訶不思議な状態にある。確かに私は冥府に降り、ついぞ目的を果たすことは出来なかった。だが身体はこうしてまだ暖かい血が流れているし、腹も減る。冥府と言うのはどこからも通じていて、なかなか里帰りが出来ない場所だ。私は――生きていながら死んでいる。寿命は残っているが、冥府に留まっている。今はしばらくこちらに帰っているに過ぎない」

 この人も案外お喋りかもしれない。吸血鬼は早く帰ってくれないかなと思いながら文机上に散らかっていた料理本を拾い読む。目が滑る。まったく集中できない。カラーページだけ眺めて本を閉じた。

「生きているならどうして帰ってきてくれないんですか」

「仕事がある。父さんはまだ母さんの魂を探しているところなんだ」

 冥府ね。行ったことないわ。吸血鬼は義父の話を真面目に受け取っているのか、話を聞いている狩人の髪を弄っていた。

「あんた子ども放っぽって冥府に降りたの? マジ?」

「マジだ」

「イカれてんな。吸血鬼狩人の伝統芸か何かか?」

「シャンジュ!」

「まあまあまあ。え、で、アレだ。冥府ってどこにあんの? 俺も行ってみた~~い」

「来るべき時になれば行けるのだから、聞く必要はないだろう」

「えぇ~?」

「目を凝らせば常に道は見つかる。吸血鬼の目で見つかるかどうかはわからん。コツも何も、アドバイスできることは無いが、私は一年かかった。がんばれ」

 ――がんばれ、だって。やっぱり吸血鬼狩人やる人って変わってんのな。

「ところでお義父様はどれくらいうちにいるの? お義兄様には会いに行くの?」

「いいや、ルチエのところには別の機会に顔を出すつもりだ。今回は日本の知り合いのところに行こうと思っている。リヒトよ、電話を借りていいか?」

「はい。そこの黒電話を使ってください」

「ねーお義父様。日本の知り合いって、ミカジロ殿とか?」

「ルチエといい、ミカジロといい。お前たちはどこで知り合ったんだ?」

「ミカジロ殿とは結婚式で。あの人結婚したんだ」

 黒電話の使い方に戸惑うお義父様に、代わりにシャンジュが番号を言ってもらいながらジコジコダイヤルを回す。彼が持つ電話帳の中身を見るという目論見は失敗に終わった。

 義父の名誉のために書いておくと、彼はシャンジュがやるよといったからやらせただけで、黒電話の使い方はわかっていた。どういうわけかシャンジュが横入りして電話帳を覗き見ようとしただけだ。

「……私がいない間に状況はかなり変わったのだな」

「あの人結婚しない予定だったって聞いたけど。昔はどうだったの?」

「家を出たばかりのときは、私のトランクに入ってうちまで着いてこようとしていたな」

「悪戯猫みたいだな。犬のくせに」

 電話が通じ、義父は電話の向こうの誰かと話し始めた。シャンジュは少しだけ室温の高い廊下から離れて、狩人の隣に座った。ここからでも話は聞ける。ミカジロの驚いた声が聞こえて来た。

「なあ理人。お義父様のこと苦手?」

「尊敬はしてる」

 苦手らしい。狩人はひそひそ声で、吸血鬼の耳元で話す。

「いきなり狂奔して行方不明になった人と再会したら、まずどう接していいのかわからないだろ。冥界とか魂とか、なんかわけわかんないこと言ってるし」

「そうだね」

「だいたい精霊馬って生きた人間を乗せてこられるの?」

「管理人さんに聞いたら?」

 しばらく電話口でもめたように話していた義父だが、何かに堪えかねたように「リヒト、電話に出ろ」と言って受話器を差し出す。理人は戸惑いつつ、ミカジロに義父の身元証明をした。

「はい。理人です。間違いなく本物です。行方不明になった時と同じ服装で、銀の鏃を持っていました。あれから年を取っているようには見えません。はい。正直こちらも怖いですが、貴方のほうが良く判断できるかと。……義父さんに変わります」

 確かに、行方不明の人間が突然帰ってきたら、本物かどうか疑うのが筋だ。俺のような吸血鬼が化けている可能性をまず真っ先に考えるべきだ。あの対応では古い吸血鬼でも招かれていると勘違いしても仕方ないし。そこは家族の絆、だとかいうのでもあるのか。血繋がってないけど。立ったまま話に付き合っている狩人を見ながら、吸血鬼は思う。

 ああいうのが本来のクルースニクなのだろう。やさぐれたティーンエイジャーじゃあなくて、頼りがいのある巫師。血によって選ばれたシャーマン。多少電波だけど。俺には冥府への道を見つけられるような、あの目は持ち得ない。まあ、頑張って修行とかすれば見つけられるかもしれないけど? 吸血鬼の思考は至って強気だった。

 あれだけ恐ろしさを撒き散らした義父は、もう用事は済んだとばかりに帰る様子だった。玄関で脚絆を直し、ドアノブに手をかける。

「もう出られるんですか」

「ああ。お前の元気そうな顔を見られただけで満足だ」

 無事じゃない。あれからいろいろあった。運命とは関係なく、死にそうな目にも遭った。嫌な目にも遭った。五年前に湧き起こった不満全部心の底に押し込めて、狩人は無表情を貫いた。

「あのさ~ぁ、お義父様。俺に何か言うこと無いの? 大事なご子息をたぶらかしてるとは考えなかったわけ?」

「吸血鬼よ。私からお前へ、何も言うべきことは無い。さっき言った通り、私は我が子の無事を確認できただけで満足だ。リヒト。……元気でな」

「はい。義父さんも、お元気で」

 そして風のように去っていった。ドアが閉じ、静寂がしばらく残る。

 理人はほっとしたように大きなため息をつく。何事も無くて良かった。本当に。

「ちょっと、管理人さんとこ行ってくる。義父さんが本当に来たのかとか、キュウリの馬とか聞いてくる」

「俺も行く。キュウリの馬見たいし」

「義父さんが乗ってるならもう無いんじゃない?」

 それでも気になったので、吸血鬼と狩人は連れだって管理人室に向かった。

 明かりが付いた管理人室の前には、キュウリの馬とナスの牛が二匹ずつと鬼灯の飾りが祭壇のようになって置いてあった。不気味な飾りだと思いながら出入りしていたが、まさかそんな意味があったとは。

「ああ、あの人本当に君のお父さんだったんだ。もうちょっとちゃんと話聞いとくんだったなぁ」

「何て言ってました?」

「精霊馬をくれてありがとう、君のことをよろしくって。古い外套着てた人でしょ?」

 ここの縁者なら誰でも使えるように置いてあるだけなんだけど、今年は使ってくれる人がいてよかった、と管理人はいう。

 はいありがとうございます、と話を一段落させた狩人に次いで、吸血鬼が間髪入れず聞く。

「精霊馬って何?」

「お盆の時期に置いておく、キュウリとナスに割りばし刺して作る置物のことだよ。キュウリは早く帰ってこれるように、ナスは現世のお土産をたくさん持って帰れるようにって意味がある。鬼灯は行灯だね、死者の行く道を照らす用」

「ふーん。使い終わったらどうするの?」

「捨てちゃうね。お焚き上げっていって、燃やすのが一般的な方法だけど、最近は法律がうるさいから。ちゃんとしたところでやってもらうよ」

「勿体ねーのな」

「この蒸し暑い島国で何日も野ざらしにされてるものを、人間様が食べる訳にはいかないんだ。お腹壊しちゃうからね」

「ウーン、確かに」

「藁で作ってるものもあるらしいよ。食べ物じゃないから、燃やしてももったいないな~感が湧かない。けど都会で藁なんて、どこでも手に入るものじゃないからね、うちは夏野菜でやらせてもらってるよ」

「そうか、へえ……。あとさ、この辺で冥府につながる道があるって知ってる?」

「知らない。え、急に何?」

「じゃあいいや」

 夜遅くに悪かったね、と言い置いて帰る。これ以上の追及は夜には面倒臭かった。明日辺りにでも喫茶ソロモンに行って、飯食いながらマスターと直接話すか。昨日行ったばっかでアレだけど。

 部屋に戻り、狩人は風呂に入ることにした。

 なんとなく一人は寂しかった吸血鬼は、風呂の戸の前に座って狩人とお喋りを楽しむことにした。

「なんで冥府に興味があるの?」

「俺が冥府を制圧したらさ、世界に名だたる大帝国の王様じゃん? 死者を現世に放流してめちゃめちゃにしようかなって」

「一国一城欲しいなら現世でやりなよ。そしたら僕も簡単に倒しに行ける」

「追いかけてきて殺してくれないの? あのお義父様みたいに?」

「冗談言うなよ。そのまま死んでおいて。僕はあとからゆっくり行くよ」

「……冷たい奴」

「君はおじいさんになった僕を見て笑うといい。僕は老けない君を見て笑って、君の魂を消し飛ばすから。それまで待ってて」

「俺に魂は無いっていったら信じる?」

 シャワーの音が響く。声は届かない。

「……信じる。人以外のものに魂が無いって信仰の話だろ。人と結ばれることで魂を得られるウンディーネとか……」

「そうそうまさにそんなところで。俺の信仰は海に通じてる」

「君が海に溶けて一体になって、母なる海を支配するって話」

「覚えてたのか……」

「旅行、結局行けそうにないから。来年があったら行こうよ、お金も溜まるだろうし」

 そんな期待をしてるのか。かわいい奴。胡坐をかくのも飽きて来たので、吸血鬼は膝を抱えた。尻の骨が薄い肉に刺さって痛いので、この姿勢は数分と持たない。

「魂が無い。俺が不慮の事故で死んだとしたら、きっとそれは海の上だ。きっと俺は海に溶けて、この世界の海全てを支配する」

「そんなことはさせないって、たぶん俺言ったよね」

「言ったな」

「僕に殺されたら、君はどうする?」

「そのときは俺は消えるだけだ。そのときは、一緒に死んでくれるか?」

 再びシャワーの音が響く。しばらくしてシャワーの音が止み、水音。風呂に浸かったらしい。

「ねーぇ、俺と一緒に死んでくれる?」

「心中のお誘い? 今は困るな」

「じゃあその時が来たらさ。俺と一緒に死んでよ。そしたら魂が得られそうな気がする」

「……困るな」

 どこまでも狩人なやつめ。吸血鬼は心の中で毒づく。

「君は魂が欲しいのか? それで何がしたい?」

「だって。みんな持ってるのに、俺だけ無いとか。ずるいじゃん?」

「そもそも人間の魂、冥界の議論はするだけ無駄だと思うけど……誰かに愛してもらおうとかは、思わないのか? ウンディーネはそうだっただろ?」

「無理だわ。みんな俺を好奇の目で見て、血が欲しくて近付いてくるか、怖がって近付かないか、さもなきゃ命を狙ってるんだもん。正体隠して誰か騙くらかして、真実の愛を手に入れるなんて。自分が誰か隠し続けるほど、堪え性無いんだわ」

「いくらでも騙せそうな顔してるのに」

「失礼な奴。理人はどう? 真実の愛。誰かに貰えそう?」

「僕には必要が無い。魂を持ってるから」

「傲慢~。いかにも人間の言いそうなことよね。でもお前はいいよな、家族がいるんだろ? 俺いないからさぁ。いるかもしれないけどどっかに忘れちゃった」

「そうでもないよ。人は容易く狂うし、裏切ることだってある。見ただろ」

「流石、親父が冥界下りしてると説得力あるな~。裏切りは誰?」

「出たいからちょっとそこ退いてくれる?」

 吸血鬼は洗面所から逃げ出た。水の一滴でもかかるのは不快だし、なんかの気まぐれで君も風呂に入れと言われるかもしれない。それはかなり嫌だ。とてもじゃないがやってられない。

 バサバサとバスタオルで荒く水分を取った後、古いドライヤーのやかましい音が響く。向こう十分はまともに話が出来ない。

 吸血鬼は唐突に狩人を殺してやりたい気持ちに襲われた。特定の一日には常にある感情だったが、今はふざけて解けるほど緩く彼を縛っていた。そういうわけなので、その日は結局実行には移さなかった。

 吸血鬼は狩人がドライヤーを終えて洗面所から出てきてキッチンに直行するのを見た。

「俺も牛乳飲む」

「チンする?」

「する」

 狩人は吸血鬼の狙い通り、冷蔵庫から牛乳を出した。それから先程の吸血鬼の問いかけには応えず、何かの鼻歌を歌おうとして、一小節も歌わずにやめた。狩人は歌を知らなかった。

「真実の愛って、君ってロマンチックなこと言うんだな」

「そおよぉ、俺ロマンチストなんだ」

「僕たちの関係も似てる。ロマンの塊だ」

 古い電子レンジがブーンと音を立てて、一人分の牛乳を温める。

「僕さ、誰も信用できなかった日があったんだけど、君だけは信用できたんだ。君は裏切らずに、僕の命を狙いに来てくれるから」

 牛乳で口の周りに白い髭を作りながら、狩人は電子レンジを座った目で見て言う。

 イカれてやがるな。狂っている。吸血鬼はこの親にしてこの子あり、という言葉を思い出した。こんなイカれた精神性なら同居をしようと言い出したのも頷ける。宿敵との同居に頷けるような事態があってたまるか。

「今度さ、俺のお気に入りの映画見ない?」

「唐突に何だよ」

「お前映画とかあまり見ないタイプだろ。図書館じゃ本以外にもDVDとか借りられるんだけどさ。その中に俺のお気に入りのやつもあったの。今度あったら借りて来て一緒に見よう」

 電子レンジが仕事を終える。狩人は吸血鬼の前のちゃぶ台に、すっかり彼専用のものになった赤いカップを置く。

「でもうちテレビ無いよ」

「あーOK、問題はそれなんだよな……再生できるパソコンとかあった?」

「無いね」

「じゃそれも店長さんに聞くか。借りられるかな……」

 青いカップに溜め息を付き、狩人は目を落とした。今日は溜め息が多い。

「君は、映画を見るタイプなんだ」

「まあね。付き合いでさ」

「君について知らないこと、まだいっぱいあるな……」

 俺もお前のことまだ全然知らないよ、と吸血鬼は言わなかった。彼は面倒くさがりだった。

「君に一回、お礼を言いたくって。僕が辛い状況にいた日、君が助けてくれた」

「そんな日あったっけ? 覚えてねえわ」

「うん。十四歳のとき。僕は檻の中で暮らしてたんだけど、君がそこに侵入して人を喰らって、僕はその隙に逃げ出せた。僕は君と戦って、自分の存在意義の証明が出来た」

「あー……思い出した。あの森の中のキャラバンね。ジャングルだっけ」

「その辺は覚えてないや」

「でも、俺その時さ、お前に会うまで自分が何者か忘れてたんだよ。狂奔して走ってて。確かキノコかなんかに当たったんだな、腹も減ったし、それで腹が立ってさ。あの時は死ぬかと思った。追って来なかったから良かったけどさ」

「生きててよかった」

「お前が殺しかけたんだけどな。何で追って来なかったかわかったわ。お前律儀な奴だな」

 二人にしかわからない殺し合いの思い出話を、彼らはカップのミルクが無くなるまで続けた。

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