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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
八月・ここまできたらだいたい一日イチャイチャしてる
39/104

8/1(金) 吸血鬼の心音

 ある日のことだった。

 吸血鬼が目を覚ますと、すみれ色の目と目が合った。

 夏の間は寝床にも冷房を届かせるため、吸血鬼が寝ている間は寝室の遮光カーテンを閉じてもらい、押し入れを開けて寝ていた。棺桶なり楽器ケースなり、締め切って血のプールに浸り決して寝姿を見せないのが基本の吸血鬼に有り得べからざる行為ではあるが、日本の地方都市に住むティーンエイジャーの吸血鬼としては、そのくだらないプライドを捨てなければ眠ることなど到底出来そうになかった。今年の夏は死者にも暑すぎた。

 吸血鬼の目は、薄暗い中でもよく見えた。

「何見てんの?」

「君、本当に死んだように寝るんだね」

 ちょっとぎょっとした。狩人は暇だったから見ていたらしい。他にもっと見るものあるだろ。

 現在時計は十二時を指しており、真昼間だった。外は若い吸血鬼ならば容易く刺し殺されそうな太陽光線が暴れまわっている。むろんこの吸血鬼は死なないが、死ぬほど辛い思いはするだろう。

「ご飯もう食べた?」

「忘れてた」

「ん、じゃあなんか作るわ」

 そうして寝起きの頭で台所に立つ。アヒルの雛のように、狩人が後ろを付いて回る。

「なんでついてくるの?」

「他に行くところが無いから……」

「俺寝惚けて邪視でも掛けた?」

「いや。君は寝てる間に身じろぎ一つしてない。瞼も開けてない。呼吸もしてないし、心臓も動いていない」

「なんでそんなことわかるの?」

 吸血鬼は冷蔵庫を覗き、今の手札を確認する。確か冷凍のご飯があった。面倒くさいし炒飯でいいか。昨日の昼にインスタントラーメンに乗せたチャーシューが残っている。ネギも。あまり考えていなかった。

「……心臓の、音を聞いた」

「どうやって」

「こう……心臓のあたりに耳を置いて」

「エッチ!」

「君のお腹とか、腹とか、胸が動いてないのにびっくりしたんだ。それで。ごめん。今度僕が寝てるときに心臓の音聞いてくれていいから……」

 無を聞いたくせにどういう代替案だよ。具になりそうなものをあらかた冷蔵庫から出し、冷凍ご飯を二塊電子レンジに放り込む。フライパンをコンロの上に重力のままにゴンと置き、換気扇を付け、フライパンにサラダ油を多めに垂らす。スイッチを押すと、食欲をそそる特徴的な音を立てて、コンロに火が点る。匂いがして食欲は減退した。じきにふつふつ沸く油とともに帰ってくる。

「そのまま心臓取っちゃっていい?」

「それは駄目だ」

「そりゃ残念」

 油が良い感じに温まるまで、フライパンをあちこち傾けながら待つ。

「心音、普段から無いの?」

「どうだか。聞いてみる? おっと今は止めろよ、火ィ点いてっからな。危ないぞ」

 電子レンジがご飯が温まったことを告げる。フライパンもおそらくいい感じに温まった頃だろう。卵を二つ直接割り入れ、炒める。いい感じに煮えたところでご飯を投入し、あらかじめ切ってあったネギを好きなだけ入れチャーシューは手で一口大にちぎって放り込み、味付けは焼き肉のタレでする。

 狩人は取り皿を出し、食器を用意した。あとは吸血鬼の気が済むまで炒めれば、炒飯は出来上がりだ。

 ある程度米がパラパラになったので、吸血鬼が炒飯を取り分ける。取り分け終えて、ヘラで一方を指す。

「そっちの多いほうがお前な」

 吸血鬼がフライパンとヘラを置いたのを確認して、狩人は吸血鬼に抱き着いて、胸に耳を当てた。

「炒飯運べよ」

 どく、どく、とゆったりした心音が、彼の体内には流れていた。

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