表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
七月・夏の生活
37/104

7/21(月) チキンステーキ・リターンズ

 吸血鬼は昼頃目を覚ました。そしてふと一月前の恨みと愚痴を思い出して、商店街に買い物に行った。

 一月前の恨みとは、一月前に出来た恨みというわけではない。吸血鬼が狩人と暮らし始めてええと――四か月くらい。そう。それはつまり吸血鬼が狩人に食事を作り始めて四か月ということ。奴めこれまでは電子レンジすら満足に使っていなかったというから驚きだ。そのくせ炊飯器は使いこなして毎日のようにご飯を食べるというアンバランスさ。温かい味の付いた飯が食いたいときは大体外食やスーパーのお惣菜で済ませていたのだという。それはいい。吸血鬼とて作るのが面倒なコロッケやらサラダやらは。吸血鬼が食事を作ってやる相手は、味の分からない奴ではあるが、作り甲斐はある。

 諸々の思考を終え、吸血鬼は買い物を終えて帰って来た。狩人が学校から帰ってくる前に下拵えを済ませ、さて後は焼くだけだという段階になった頃、狩人から電話がかかって来た。

「はァい理人、どうしたの?」

『ごめんシャンジュ、今日遅くなるから、晩御飯先に食べといて。僕の分はいいから』

「は?」

 突如湧き上がる殺意。許さんぞ。殺してやる。お前前もそんなこと言ってなかったか。あまり続くと俺もキレて暴れるぞ。吸血鬼が狩人と暮らし始めて四か月、ありとあらゆる罵倒や愚痴が吸血鬼の頭をよぎり、そして口から出ることはなかった。大した忍耐力だと褒めてもらいたい。

『ほんとにごめん。そういうわけだから、よろしく』

 急いだ口調。電話の奥からかすかに聞こえるのはクラスメイトの声だろう。吸血鬼は切れた携帯電話をそっと置く。八つ当たりなら奴が帰って来た時にするべきだ。携帯電話に可哀想な目に遭ってもらう必要は一切ない。だが。

「ばかやろ~~っ!!」

 怒鳴るぐらいはしてもいいはずだ。晩飯をすっぽかされたのだから。幸い防音はしっかりしていると聞いた。夜じゅうミシンを動かしていても隣室の者が気付かないくらいにはしっかりしているのだから、吸血鬼一人ふざけた様子で怒鳴ったところでどうということはないだろう。

 ただ一つ評価してもいい点は、出来るだけ早く連絡をくれたことだ。いつも、最速で帰って来るならこの時間に帰る。そうなると晩飯にはまだ早い。ちょっとぐだぐだお喋りしたり、明日の飯は何がいいとか、狩人が掃除を始める時間だ。あいつ毎日のように掃除してるのに飯は雑なのかよ。何なんだ。

 こうなると暇と怒りを持て余す。魚継にメッセージを送る。文面は……[今電話出来る?][飯決まってなかったらうちに来ない?]これでいい。

 数十秒後、昨日借りてきた本でも読むかと鞄を開いたところ、返信が来た。[今部活中です][なんで飯?]なるほどそういう疑問は当然浮かぶか。

[同居人に飯をすっぽかされることになった。チキンステーキ作る予定だった。いかがでしょう]

 何が、いかがでしょう、だ。けっ、と舌打ちをする。寂しさを紛らわせている相手にすら八つ当たりをするのだから今の自分は始末に負えない。吸血鬼は返信を待った。その間十数秒。近代文明とはすばらしい速さだ。電話がかかって来る。

『おはようございます。魚継克海です。理人さんと喧嘩したんですか?』

「いや。今日は遅くなるから飯いいってさっき電話が来ただけ。今日のは自信作になる予定だったからちょっと腹立った。すまん。そっちはいいの?」

『いえ。依然として部活中です。なので会話は聞かれています』

「マジ? 飯の用意二人前しかしてないけど。うちに何人も入れるキャパ無いよ」

『そりゃ、そうでしょうよ。こちらはこちらで用意があるので食いには行けませんけど。用事ってそれだけでした?』

「そうだね。それだけだよ。それじゃ。」

『ああ待って。今どっか食べに行かないかって話をしてたんですけど、一緒に来ません?』

「行かないよ。帰って来たあいつにいの一番にキレ散らかす用事があるからな。出来るだけかわいく」

『口調全然かわいくないし。キレ散らかすって字面がすでにかわいくないんですが』

「かわいくやってやるんだよ。この俺が。出来るだけ罪悪感を抱かせて、二度と俺が作った食事以外のものを食わないと言わせてやる」

『そんな無茶苦茶な』

 後ろでざわざわと話す声が聞こえる。

『あのぉ、始めまして。アクヅラと申します。こちらでいろいろと食事を用意して、お宅に伺う、という案はいかがでしょう』

「いいや。一人で待つ。俺は貴様を歓迎しない。じゃあな。さらば」

『貴様て』

『あんたあんまり喋んない方がいいよ印象悪いんだから』

 アクヅラと名乗ったそれは、知らぬ者には甘やかに、知る者には警戒心を抱かせる声をしていた。魔力を籠めた声色だった。電話越しで顔も見えないからこちらの魔力も通じづらいのか、舐めた口を利いてくれる。不意に不快になった。どういう交友関係を持っているのだ、あのインスマスの人魚姫め。吸血鬼はチッと舌打ちをする。

「切るぞ。ちょっと眠い」

『はーい。おやすみなさい』

 おやすみなさいの合唱が聞こえる。こういうときだけ騒がしいのだから集団というのは嫌になる。静寂の後に寂しさがやってくる。吸血鬼は大いに溜め息をつき、そして本を広げた。起きたばかりなのにもう眠るつもりはない。起きて何としても狩人に罪悪感を抱かせてやる。

 数時間後、疲れ切った様子で狩人が帰って来る。

「おかえり」

「ただいま。……なんで裸なの?」

 奴が抱えるべき罪悪感とは何だと迷走した結果、吸血鬼はこの選択を非常に後悔することになった。

「エプロン着てるだろ」

「もうちょっとお尻隠しなよ。風邪引くよ。なんだよその金太郎ルック」

「きんたろう?」

「鉞担いだ金太郎。知らない?」

「まさかり……?」

 わからない単語が二つも出てきたため、吸血鬼は狩人を陥れようとする試みを一旦休止し、鉞担いだ金太郎とやらに関して問い詰めることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ