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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
七月・夏の生活
36/104

7/11(金) 狩人、学友と水族館に行く事

 先生が何らかの手段で割引チケットを貰ったので、放課後に希望者だけで水族館に行くことになった。

 今日都合が合ったのは理人、テル、ネイ、ツブラの四人。ツブラの身体は珍しく安定して地に足が付いており、壁を透けることも沈んでいくことも無かった。

「そろそろちゃんと、こっちでご飯を食べられるかもしれない」

「帰りに一緒に行きましょうよ。お二人はどうですか?」

「拙者は手持ちが少々厳しい故、安いところであるなら同伴するであります」

「僕は大丈夫」

 夕飯をどこで食うかの相談をしながら、地下鉄に揺られて移動する。館内をじっくり見て回る時間を取りたいのなら、食事はだいぶ遅くなるかもしれない。それでもかまわない

「理人どのは、宿敵どのは連れてこなくていいのでありますか?」

「今日起きたら家に居なかった。どこにいるのかわからないから、連れてこられない。連絡先教えようか」

「要らない。いつでもベタベタくっついてるわけじゃあないのでありますね」

「そんなイメージあったの?」

 心外だ、と言いたげに理人は首を振った。

「最近の理人どのは彼の話ばかりしてるであります。婉曲表現するのならば一般的に“可愛らしい”と呼ばれる表情であります。ぶっちゃけ幸福ありありであります」

「そうみたい」

 頬を押さえて嫌だなあ、とつぶやく。

「何が嫌でありますか。人間は幸福のために生きてるでありますよ。さっさと掴むであります」

「駄目なんだ。わかるだろ」

「どう見ても例外値であります。ダスクどのと理人どのの関係は、拙者の知る宿敵ではありませぬ。外れ値なら外れ値らしくさっさと目の前のチャンスを掴むであります」

「彼の前では自分の感情が制御できない。運命なんだ」

「……つくづく哀れな生き物でありますね、地上の星め。せいぜい頑張るであります」

 かつて薪麿を足した五人で、どういう会話の流れがあったか、「もし誰かと添い遂げることが出来たならどういう人がいいか」という話をしたことがあった。薪麿は必要なし。テルは白くて大きい犬。ネイは誰にでも優しくいられる人。ツブラは自分をこの世につなぎとめておくことができる人。理人はシンプルな答えを持ち合わせていなかったので、この問いに頭を捻ることになった。

 料理が上手くて、自分と年齢がそう離れていなくて、僕のことを大事に思ってくれる人。外見は? とテルに問われて、理人は自分の心を言葉にしなかった。テルは白くて大きい犬と答えただけあって、外見を重視していた。種族はふわふわしていればどうでもいいらしい。どんなにいい人でも面が気に入らなければ気に入ることは無い、と言ってはばからなかった。

 水族館最寄りの駅で止まる。同じ車両にいた放課後を楽しみたいらしい学生たちが数名、彼ら一行と共に降車する。地上に出て五分ほど歩き、入館料をチケットで支払った後、彼ら一行は各々見たいものがある方向に散らばっていった。ツブラとネイだけは楔を打つように手を繋ぎ、同じ方向に歩いて行った。

 理人は足早に順路通り展示を見て、一通り見終えた後はチンアナゴがいる水槽を何も考えずに眺めていた。暗い水槽のある通路の真ん中に、背もたれのないソファが並べられている

 そういえばシャンジュに夕飯の連絡してなかった、と思って[今日ご飯食べてくる]と書いて送る。

 それからまたチンアナゴの水槽を眺める。白地に黒い斑点のほうをチンアナゴ、縞模様のほうをニシキアナゴというらしい。説明文を読んだら飽きたので、シャンジュからの返信を待つ間、次はぎらぎらした照明を点けられたクラゲの水槽の前に移動した。広い通路に丸型のソファがいくつも並んでいた。

 手元の携帯電話が震える前に、クラスメイトが顔を覗き込んできた。

「あの、大丈夫ですか?」

 あまりにもぼんやりしていたので心配させたらしい、ネイが理人に話しかけた。

「えっ、うん。大丈夫。ツブラさんは?」

「水槽を見てるうちに、沈んでってしまわれたみたいです。手は、ちゃんと握ってたんですけど」

 今日の夕飯を決めるとき、いなくなったら好きに見に行くといい、閉館時間時までに外にいなかったらもう駄目だったのだと諦めてくれ、と言っていた。

「そうか……仕方ないよ、手のひらの感覚だって自分にとっては絶対じゃない、って言ってたし」

「……」

 ネイは落ち込んだ様子で理人の隣に座り、青色から緑色の照明に変えられつつあるクラゲの水槽を眺める。クラゲの白い部分に光が反射し、蛍光色のような様相を呈する。クラゲは眩しくないのだろうか。

 三十秒ほど眺めていると、携帯電話が振動し、シャンジュからの返信が表示される。

[俺も行く。今どこだ]

 これは困った。ネイはシャンジュが苦手みたいだし、テルとは最初に引き合わせたときにかなり相性が悪いことが分かっている。駄目だ、とはっきり答えた方がいい。ひとまず[学校の友達といる。ラーメン屋に行く予定]とだけ送り、反応を見る。これでテルといるとわかって諦めてくれれば、いいのだけど。

 あまりに深刻そうな顔をしていたのか、ネイが心配そうに理人の顔を覗き込んでいた。

「……同居してる吸血鬼にご飯外で食べて来るって言ったら、場所を聞かれたんだ」

「それで、来そうですか? 吸血鬼さんは……」

「ラーメンってニンニク使ってるだろ、明確な場所はまだ伝えてないから、来ないと思うよ……」

 知っての通り、吸血鬼はニンニクの強い臭いに耐えられない。狩人は新学期早々、戸棚にしまっておいたニンニクチップスを配ることになった。狩人のお気に入りになりそうだったものは、当分の間口に入ることはない。

「あの、今から行くラーメン屋さん、確かニンニク使ってないって……」

「……」

 シャンジュはラーメンにニンニクが使われているものと思ったか、学校の友達が気にくわなかったか。[じゃあいいわ][楽しんできて]と送ってきた。

「来ないって」

「そうですか……」

 ネイの相槌には安堵したような響きがあった。彼が吸血鬼を怖れる理由はその生い立ちにあるらしい。彼自身が話したがらないので理人には知る由もないが、彼が人でなしの生贄にされ続けて今に至っている、というのは察しが付く。

 人でなしの同類、吸血鬼は嫌いだろう。理人も、あの吸血鬼をこの友人に近づけたいとは思わない。所詮あれは人でなしで、人に仇成すものだ。仲良くしたいが、あちらがどう動くかを制御する術はないし、狩人が彼の自由を奪ったところで、正常な精神を保ったまま生きていられるかもわからない。

 水族館の音楽が、蛍の光を流し始める。狩人はスマホ画面の時計をちらと見た。

「あと三十分か……」

 最後にもう一度、ウミガメのいる水槽を通って帰ろうと思い、理人はベンチを立った。ネイはもうしばらくクラゲの水槽を見ていたいらしい。ベンチに座ったまま、無言で会釈をした。

 閉館時間も間近になり、出口には人が多かった。人並みの中、半分透けた状態で隅の方に所在無く立っているツブラを見つけた。背が高いうえに地上から十センチほど離れて立つ彼は目立つはずだが、誰も彼のことを気にしていない。狩人が手を掴んで捕まえると、姿がはっきりした。

「助かった。人波がすごくて」

「そろそろみんなも来るはずです。それまで頑張ってください」

 ツブラは自分が消える始まりも終わりも分かっていない。始まりは頑張って合わせるが、終わりまで合わせて居られるかは保証できない。共有しているのは現実世界とのタイムテーブルだけだ。ツブラの生体の難儀さは、彼自身にも理解できていないという。

 水族館近くの安価が売りのラーメンチェーン店で四人はつつがなく食事をとり、煮卵を口に入れた途端にツブラが箸ごと地面に消えたので、これはもう帰ってこないだろうと思いテルが残ったラーメンを食べ、現地解散となった。自分が消えて居なくなった時のためにと店に入る前に渡していたので、彼が食い逃げしたことになる心配は無かった。

 地下鉄を三本乗り継ぎ、理人がアパートに戻るころには、すっかり夏の日が沈んでいた。

 ガチャ、と玄関を開いてすぐのところ、板張りの廊下にシャンジュが落ちていて、目が合った。

「お帰り」

「ただいま。晩御飯どうした?」

「食ってねえ。米洗ってなくてよかったわ」

 ごろん、と寝返りを打って理人が通る場所を開ける。追従して広がった髪を踏んづけずにはいられないので仕方なしに踏み、理人は廊下を通った。

 吸血鬼であるシャンジュは、人間のように毎日三食飯を食わない。血だけで栄養を取るならば、毎月三リットル程度の血を飲めば肥えて太るような、エコな生き物である。シャンジュは足りない栄養を食事を取って得るような生活をしているのでその例には漏れるが、どちらにせよあまり人間のような食事が必要でない体である。なので面倒くさければ食べない。

「……俺も行けばよかったかも」

「なんで」

「くさい臭いしないから」

 吸血鬼は妬まし気に足下ににじり寄り、教本の角で足の腱をつついた。

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