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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
七月・夏の生活
34/104

7/4(金) クーラーをつけ始める

 彼らが住む地方都市は、夏はとにかくハチャメチャに暑くなることで有名だった。

「クーラー点けようぜ」

 この地方都市は地理条件が悪い上に妙に都会であり、網目のような道の全面に張り巡らされた黒いアスファルトにはやたらめったら熱が溜まる。昨今の地球温暖化問題も相まって、今夏はめちゃくちゃに暑くなることが予想された。

 人間どもが用意し、そして自らを置いた状況は、おおむね蒸し焼きされるフライパンの上の餃子と同じだ。人間が餃子を焼くことに躊躇わないのと同じに、太陽も吸血鬼を焼くことへの躊躇いは一切ない。吸血鬼は今日は餃子にしようか悩んでいた。でも外は暑すぎる。頭が回っていなかった。

「……」

「なあ、理人くん? 何とか言えよ」

 夏の暑い時期はたいてい日の光の及ばぬ高所にいた吸血鬼は、この地方都市が抱える日中の蒸し暑さに極端に弱かった。汗をかいてぐったり寝転んでいる吸血鬼を、どういうわけか狩人は押し黙り、据わった目で見つめていた。

「おい、駄目なのか」

「君さ、押し入れの中にクーラー付けてほしいとか考えてないだろうね」

「考えてはいた。でも無理なんだろ。あんなでかいもの付けたら起きるときに頭にぶつけるし、室外機どこ付けたらいいかわかんないし。冷蔵庫の中で寝る方がマシだ」

「ああ、無理だ。冷蔵庫の中で寝る吸血鬼がいるの?」

「いるんじゃない? 電気付けてたら温度は一定だし。内側からだけ開けられるんならぐっすり眠れそう」

「あれ内側からは開かないらしいよ、気密性がどうとかで」

「マジ?」

 話がずれて来たので、狩人は押し入れの中の冷房問題に話を戻す。

「押し入れを閉めていたのでは、クーラーの恩恵は得られない」

「当たり前のことを言うな」

 狩人は立ち上がり、明かりのスイッチ横、壁に引っ掛かったリモコンのボタンを押した。

 ピッ、と音を立ててエアコンが動き出し、エアコンから埃臭い冷風が吐き出される。狩人は窓を閉め、吸血鬼はクーラーの風が当たる場所に尺取り虫のように移動する。

 それから狩人は押し入れの上――天袋から大きな不織布の袋を出した。角の縫い目に当て布がされて、中にはふちに細工がされた厚い布が入っている。

「あ~、涼しい。文明様々だなこりゃ」

「ここに遮光カーテンがある。これでこっちの部屋の直射日光は遮れる」

「最初っからそれ付けときゃいいのに」

「朝起きられないと困るから。これからの夏そんなこと言って君にカビの塊になられたら困る。でも一つ問題があって……」

「何か問題でも?」

「君の分の布団を買っていない」

 なんだそんなことか、と思って、吸血鬼は腹にも冷風を届けてやろうと寝返りを打つ。

「いいよ、いつも通り好きな時に寝て好きな時に起きるんだから」

「一緒に寝るってこと? あの布団で!?」

「なんでそうなるんだよ」

 急に動揺し始めた狩人に、呆れて吸血鬼は顔だけ向ける。

「遮光カーテン買ってあんだから押し入れ開けといても大丈夫だってことを言いたかったんじゃないのか? 布団は俺が使いたいときに勝手に使うし」

 狩人は下唇をむっと尖らせ、カーテンの入れ替え作業を始めた。

「その入れ替えたカーテンどうすんの?」

「もう、明日洗濯する」

 まったく心配し損じゃないか、と言いたげな顔だった。吸血鬼は入れ替えられつつあるカーテンを眺めて、そろそろ夜のおやつでも食べようかなと思い立った。

「そんな心配するくらいならなんで布団買ってこなかったんだよ」

「君が……布団は要らないって言ったから……」

「黙って買ってきてもよかったのに。どうせ押し入れの中で使うんだから」

「それだったら君万年床にして干さないだろ……夏、今もだけど、湿気がすごいから。あっという間にカビが生えるんだよ」

「……そうだな。確かに」

 吸血鬼のパブリックイメージには“カビの生えたような古城に住む”という項目があることは、狩人には黙っておいた。しかし哀れにも人と同居する吸血鬼はカビを気にしなければならないのだろう。他人事のように考えた。

「僕の布団を勝手に使ってるって言った?」

「言ったけども。悪いか?」

「悪い。シーツ洗うのだってタイミングがあるんだから。君のにおいが付いてると困るんだよ。臭うんだから。髪とかに臭いがうつったら朝忙しいんだから洗ったら乾かすの時間かかるし」

「今まで気付かなかったくせによく言うぜ。うつしとけよそんなもの。うつしてやろっ」

「やめろ!」

 吸血鬼はすりすりと作業中の狩人の後頭部に頭を擦り付けてやる。本気で嫌がっているわけではないのか、狩人は少し身じろぎしただけで本気で頭をぶつなどして止めさせるわけではない。

 こうして神を騙せるほど仲良さそうにじゃれるのも、慣れたものだ。

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