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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
六月・ジューンブライド
30/104

6/16(月) 吸血鬼、宿敵の鎧の臭いを嗅ぐ

 嫌な夢を見て飛び起きた吸血鬼は、そのまま二度寝することも出来ず、寝汗でべっとり貼り付いたシャツを剥がしながら、押し入れの戸を開けた。

 その時は昼間で、家には彼以外の誰もいなかった。だから魔が差したとしても誰も彼を咎める人はいなかったし、もちろん肩を抱いて止める者もなかった。

 そういうわけだから吸血鬼はふと思い立って、寝惚けている間にいきり立ったらしい股座をなだめる暇も惜しく、卑怯な真似をしてみようと考えていた。彼の脳内では、こちらはとっくに奴に服の手札は知られきっているし、それどころか服を剥がれて全裸を見られているし、さらに酷いことに風呂に入れられて全身触られているのだからこの程度構うまい、と己の悪心を解きほぐす数々の言い訳を考えついていた。

 そういう言い訳をするくらいだから、吸血鬼はこれを卑怯な真似と思ったのだ。言い訳を考えている間、奴にされた数々の所業を思い出し、吸血鬼は身体の底から震えあがるような感覚を反復した。もうあんな目には遭いたくない。

「あったあった……よいしょっと」

 押し入れのさらに上の棚、天袋の中に置かれたプラスチックの衣装箱を引き出す。中にあったのは狩人の正装、勝負服とでも言えるものだった。あの日もこれを着ていた、と思われる。白い衣裳を着ていたことは確かだ。戦うことに必死で、宿敵があの日何を着ていたかなんてよく覚えていない。

 だがおそらくこれだと思う。純白の戦士。俺の宿敵。その日も確実に着ていたという彼お気に入りの白いコートは、鴨居に引っ掛けられたハンガーにかかっている。

 ゴトッ、と重そうな音を立てて、鎧一式を衣装箱の中から出した。狩人を狩人のかたちに押し込めるためのものであり、戦士を十全以上に働かせるためのもの。五体を覆う戦闘服が、彼そのものがいるような威圧感を放っている。

 胴を覆うもの、腹を覆うもの、脚、腕、面頬。全体的な見た目は現代風の革鎧だ。硬く、柔らかく、重い。白いエナメルで覆われていて、本物の革よりも重くない。飾りのついた薄い外皮の中には、生中な刃も爪も通さないプラスチック製の板が入っているようで、叩くと硬そうな音がする。内張りには滑らかな絹布が使われている。中に着るのは細かい鎖帷子のようなものが汗を好く吸う素材で覆われていて、全身これで覆われているとなると着ていて暑そうだ。これからの季節はとても着けていられないだろう。あいつなら無理してでも着るかもしれないけど。これ全体おそらく錬金術師が用意したものだろうが、どういう理屈で作られているのか。どういう伝手で作ったのか。まさか奴が手ずから作ったわけではあるまい……いや、あれは下手な奴に任せるより自分で作りたがるタイプか。すごいもんだと感心する。

 腕の装甲はよく出来ている。手の外側はきちんと曲がるように細かい関節が付いていて、指の付け根には諦めたのか力尽きたのか装甲が無く、柔らかい素材で覆われている。ほうそれなら次はここを責めてやればいいなと吸血鬼は思う。そんな余裕あればだけど。なかなか見る部位ではない。

 脚は爪先の底が厚く踵は高い、人間を馬の脚のような形に固定するサイハイブーツだ。これもファスナーと多量のベルト、ボタンで留めているらしい。中は革、持ち主の匂い、汗、そこで繁殖するカビのにおいがする。

 俺と戦ってる時は馬とか牛とかに変身するんだから、こんなもの意味無いのに。癖になる臭いを嗅ぎながら、吸血鬼は触り心地の良い鎧を撫でていた。

「何やってんの?」

「……俺の宿敵様の強さの秘密を探ろうと思って? 大丈夫、傷とかは着けてないはずだから安心して……」

 自分の正装と戯れている吸血鬼に、狩人は何とも思っていないように一瞥して、一言だけ声をかけた。

「ちゃんと戻しておいてよ」

 悪いことをしたとは思われていないらしいとわかると、吸血鬼は自分の抱えていた気恥ずかしさを放り投げて、堂々と鎧と戯れることにした。

「いい鎧だな。誰から貰ったの? それとも自分で作った?」

「あの錬金術師に貰ったよ。どれだけ成長してもぴったりになる。その前は自前の、自力で編んだ奴だった。君には、そういうの無いの?」

「あー、無いな。戦闘服だろ? コートくらいだな。お前と戦ってるときにずっと着てるのは。そんぐらい」

 狩人と話していて思い出したのは、己の魔術の教師の存在だ。その教師の考え方の基底には、『人は衣服と共にあって完全である』というものがあり、己の魔力で己の性質に合致した服を編む術を教えてくれた。魔術の教師と別れてから、彼はそれを一回も使ったことが無い。必要のないところで服を着るのは面倒だし、人に用意させた衣服を着たほうが楽しいからだ。

 人間以上の種族の存在はこれを用いて人に化けても人よりも優れた性質を発揮できると、なにやら訳の分からないことを言われた。これはそれを人工的にやったものか。やるな錬金術師。

「今度あいつに会ったら褒めてやらないとな」

「それそんなにすごいの? 魔術的に?」

「おう、そうだ」

 もうちょっとあの教えたがりの話は真面目に聞いておくべきだったか、と吸血鬼は今更になって思い返した。

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