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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
六月・ジューンブライド
25/104

6/2(月) 祝福用ロボットに乗って結婚式に出る

 ミカジロの結婚式の日が来た。

 狩人はこういう時に学校の制服があったらな、と考える。自分と同じ年頃の子供は、学校の制服を正装として使ってもいいらしい。狩人にも狩人としての正装はあるが、あれは戦闘用であるし、白い装束なので結婚式には使えない。

 ミカジロには普段着でいい、なんならいい服を買いに行こうと言われた。その言葉に甘えて、狩人は箪笥にある手持ちの中で出来るだけいいものを着ていくことにした。何かと入用な新婚に、自分の服まで買わせるわけにはいかない。吸血鬼はいつも通りコートと気に入りの格好をしている。

 といっても狩人に用意された席はコックピットの中であり、吸血鬼に至っては席そのものが用意されていない。何を着ていようが外に出るまで――鬼が討伐されるまでは問題にはならないが、これは気持ちの問題だ。

 めんどくせーこと考えやがるぜ、と吸血鬼は一蹴した。中庭で誓いの言葉、食事はビュッフェ形式、蹴飛ばされる前提の席配置。まともに結婚式をやるつもりはないらしい。もっともその方が吸血鬼には都合がいい。どんちゃん騒ぎは大好きだ。せいぜい鬼には頑張ってぶち壊してもらわないと。

「鬼に招待状は送ったのか?」

「ああ一昨日、直接会った時にな。来てくれると思うぞ」

 ミカジロはきっちりさせられていた。犬の背のような髪は後ろでひとくくりにされ、化粧までしている。

「吸血鬼だというのに悪いな、あまりに急だったから君の席は用意できなかったが……」

「いいよ。そもそも立食パーティーみたいなもんなんだ、席なんてあってないようなもんだろ。あの後部座席結構快適だし」

「……そう言ってもらえて助かる」

 嘘だ。実際にはあのロボットに後部座席など無い。狭苦しいコックピットの座席の後ろで、何時間もじっと座って待つことになる。壁はあるからひそひそ声でのお喋りはできるが、それでも退屈だ。ロボットはコックピットハッチを開け放って歩いていた時ほど、吸血鬼に恐怖を与えなかった。

「そういや錬金術師は来ないのか」

「あの人こういう場は苦手みたいだから。屋根のないところが駄目みたいで」

「へ~~?」

 狩人は狭い窓といくつかのカメラから外の様子を眺め、打ち合わせ通りの動きをする。今のところ何の変化も見られない。というより外界から閉ざされたこの空間では、空気のちょっとした変化も察することができない。吸血鬼の臭いが濃く、外の気配も彼の臭いでわからない。

「あいつ来ないんじゃないの?」

「だといいんだけど」

「やっぱり母の仇の妻なんて遠縁気にして人生やってちゃダメだって」

「主役は僕じゃない。気にしてるのもそうだ」

 画面と窓の向こうを見据えたまま、狩人は答える。フーッとため息をつき、吸血鬼は以前の怯えようは嘘のように落ち着いていた。これは動いていなければいいのか。狭いからいいのか。

「来たぜ」

 心臓が三度脈打ち、雲ではない影が落ちる。

 新郎は新婦に指輪を嵌めて空を見上げる。来客の半分、新郎側の人間は全て須らく顔を上げる。

 風切り音。急降下する影。

 狩人はコックピットハッチを開き、空を見上げる。しゃがみはしない。まだこいつには仕事が残っている。

「俺が行く。ちゃんと操縦桿握っとけ」

 ワタリガラスに変身し、吸血鬼はよく見もせずに飛び立つ。

 全身の羽毛は季節の変わり目の雷鳥のような色。眼球から生えた木のような角。翼の生えた女怪。一度蹴っ飛ばしてじゃれつく。

「どけ!」

 吸血鬼の軽い身体は腕の一振りであっけなく吹き飛ばされた。

 タイミングが良かったのか、彼のふざけたじゃれつきは着地地点を新郎新婦の間から客側にずらした。飛ぶのは狩人の予定だったが、元の計画よりもうまくいっている。鬼には傷一つ付けられていない。

 非戦闘員の客が避難したのを見届けて、改造スチームを噴出する。もともとのスチームで広げられる程度の異臭が中庭に広がる。これ本当に明日までに治るんだろうか。大丈夫なんだろうな。不安に駆られながらなすすべなく落ちて来る吸血鬼に手を伸ばすため、五メートルから跳ぶ。

「すまんやられた」

「バカ!」

 あっけなくやられて落ちて来るカラスを受け止め、狩人は足音静かに中庭を駆ける。

「軽いね君」

「羽が生えてるみたい?」

「生えてただろ。冗談言ってんじゃないよ」

 ふざける吸血鬼を抱えて跳ぶように屋内に逃げ込む。この空気は人間にも臭い。吸血鬼であるシャンジュにはひとたまりもないに違いない。

「どこも怪我はしてないね?」

「何あのガス」

「ニンニクとイワシの頭」

「それ先に言えって! 毒!!」

「僕ロボの回収に行かなきゃだから、君はどっか逃げといて」

 再びドアを開けて戦場に赴く狩人を、吸血鬼は追って狭いドアの隙間から滑り出る。こんなに面白そうなイベントはきっと一生の宝物になるだろう。吐き気を催す致命的な臭いを躱して烏の姿で屋根に上り、鳥の鬼と新郎の殺し合いを眺める。

 ロボットは既に角目妹に乗られていた。なかなか胆力のあるやつだった。なんかもう何もかもこんなことになるなんて聞いていない、という顔をして、歯を食いしばって戦闘のほうを睨み逃げている。年に一度の点検後早々、悪いことをした。勝手なことをしてしまったが、あれの臭いは果たして治るのだろうか。

 狩人はロボットのほうに攻撃が行かないように、上手く位置の調整をしている。あれを壊したらとんでもない額の請求がミカジロに行くことになる。損傷はどんな代償を払っても払いきれないかもしれない。

 ミカジロは狼のような戦いぶりだった。借り物の晴れ着はズタボロ、髪は解けて狼の背、他の狩人の援護射撃を上手く使い、今日こそ人生について回る厄介な敵を清算できるとでも言いたげに口を開けている。あれは笑顔だ。おお、怖。敵に回さなくって良かった。

 モチモチロボットは無事仕舞われた。吸血鬼は今日一番ほっとした顔をした。祝福の名は嫌いだが、可愛らしい科学の子は大好きだし、あれほどまでに可愛いものが傷つくのは心が痛む。

「君何してんの!? 早く逃げたら!?」

 宿敵に普通そんなこと言う? 吸血鬼はわざわざ隣に来て暴言を吐く狩人に呆れて微笑んだ。

「お前こそ仕事しろよ」

「僕は空に逃げたあいつを落とす係! 上で見てるのも仕事!」

「マジかよ。お前飛ぶの下手なのに?」

「僕以外に出来る人がいない!」

 狩人はそもそも変身が下手というわけではない。変身能力に限るなら、吸血鬼のほうが取り立てて優れているというだけだ。変身以外での方法で空を飛ぶのも吸血鬼のほうが得意で、それ故年に一度の決闘で逃げ切れてもいる。だから吸血鬼のこれは、ふざけた揶揄だった。

「お前いろいろ背負わされ過ぎじゃね? 操縦もだけどさ」

「君と雑談してる暇はない!」

「宿敵に対して酷え言い様だな。こんな暴言吐かれたの初めてだわ」

 相応しい正装を持たない狩人には、機械の鎧が欲しかった。だから狩人はそれを望んだ。乱戦のさなかよりも、敵も味方も一人しかいない空が一番安全だ。ミカジロは狩人を信じて空を任せた。

 クルースニクの戦いには、手出しをしないのが身のためだ。特に宿敵との戦いに巻き込まれれば、命は無いものと思うべきだ。吸血鬼はそれを身を以て知っていた。

 だが異国の鬼との戦いならば? 宿敵が味方していたならどうなる? 吸血鬼は膝を叩いた。

「よし、俺も手伝うわ」

「あ!?」

「そろそろ飛ぶぞ」

 血塗れの鬼が空へ上がる。吸血鬼は変わらず揶揄うように絡み飛び、傷だらけの鬼の傷に塩を塗るようにつつく。

「島国の鬼よ、俺を見ろ」

「かますな!」

「このまま死ぬくらいなら俺の下に来ないか? 優しくするぜ」

 重い霧に変化した吸血鬼をかき消すようにじたばたともがき、飛んでいこうとする。勧誘は失敗したが、時間稼ぎと視線誘導には成功した。

 影無き巨大な鉤爪が空から降り、鬼を蹴り落とす。空を流れる白い雲と同じ色が、一滴の赤い血をまとう。

 吸血鬼はワタリガラスに変身して、ふよふよと力なく屋根の上に飛んでいった。下に降りるのはまずい。

 狩人は鬼の帰り血を拭い取り、また起きてくるのなら今度は腹を裂いてやるとばかりに睨んでいたが、そうはならなかった。

 雷鳥と同じ色の落ちた鬼は狼の背に腹を裂かれ、日本の祈りの文句らしい一言と共に、刀によって鬼の首は断たれた。

 首と身体が離れたのを見届けて、狩人は吸血鬼の隣に降り立った。

「何人もで一人を袋叩きにするのは、卑怯とは言えないか?」

「狩りってそういうものだよ。僕らみたいに決闘やってるわけじゃないから」

「そういうものかー」

 俺のことも狩っちまえば早いのに。吸血鬼は落とされ運ばれる鬼の首を眺めながら、こういうとこで食う昼飯って美味いのかなと考えていた。

 人と獣が合わさったような異様な生物の死体処理と新郎新婦のお色直しを終えて、結婚式は続いた。

 飯はそれなりに美味かった。客同士のお喋りははずんでいたが、ティーンエイジャーの彼らは隅のほうに集まってバイキング形式の中途半端に余った皿の上のもの片っ端から片付けていた。早々に酔っ払って鬼の首を断った刀の男相手にマシンガントークをしている義兄上に見つからないように食事会場を抜け出して、ロボットの整備をしているであろう角目妹のところに行った。

「失礼します」

「この野郎!」

 腹立ち紛れに油染みの付いた臭いウエスを投げつける角目妹に、勝手に持ち出してきた料理を持った吸血鬼を庇い、狩人はウエスを甘んじて受け取った。

「……すみません、取り乱しました。一人だと思って荒れてて……」

「いえ、元はと言えばこちらのせいですから」

 ほんとだよ。

 手を洗い、角目妹は腹ごしらえをすることにしたらしい。何事も腹が減っているとうまくいかないものだ。彼女は大きなため息をついて修復状況を話しながら、水筒のお茶と持参のおにぎりと共に大皿の食事を控えめに食べた。

「排出口のとこを全部洗えばいいだけなんで……それを明日までにって私一人じゃあしんどいので応援呼んだんですけど、こういう使われ方したのは初めてで、来るかどうかは……」

「食わないの?」

「おにぎりで腹を満たすつもりだったんで……なんで持ってきたんですか?」

「あっち飽きて来たから」

「僕は彼の付き添いです」

 角目妹は油染みの臭いと改造スチームの臭いで酷い臭いの中でも食事ができるらしい。へえ、と言って唐揚げをつまんだ。

「それにしてもあの臭いなんなんですか? 変死体?」

「ニンニクとイワシの頭らしいです。人体には臭い以外は害は無いかと」

「なんでニンニクとイワシの頭を……?」

「鬼退治だからだろ」

「はあ……」

 それはなんとか納得しようとしている、というより、もっといい方法あっただろ、と言いたげな呆れた溜め息だった。食べながら携帯電話を弄る。

「酒飲ますとかさァ……」

「それも考えたらしいんですが、騙し討ちされて以来永遠に禁酒中らしくって」

「ええ……」

 低い溜め息をついて、角目妹はそれきり黙って食事を終えた。

「おかず、ありがとうございました。その皿ちゃんと返してきてくださいね、数が合わないと困るので……」

「おう、兄さんによろしくな」

「兄は一人暮らししてるんで、よろしくされても困ります」

 結構融通が利かない人らしい。皿を抱えて会場に戻り、何食わぬ顔で皿を元の場所に戻す。お開きになったら抜け出して帰ろう、とどちらも考えていた。

 会場に戻った途端ルチエが狩人を捕まえて刀の男に見せびらかすように肩を組んだ。まだ喋ってたのか。

「あああいた! いた! こいつ! こいつ俺の弟のリヒト! あとそっちは弟の同居人で宿敵の吸血鬼! リヒトほらワタナベさんに挨拶して!」

 放っておいたら無限に喋る義兄に呆れつつ、彼はワタナベさんとやらに兄の非礼を詫びつつ挨拶した。

 ワタナベさんは吸血鬼のほうに興味があるようで、デザートに何か食べようかなと謎のゼリー寄せを眺めていた吸血鬼に喋りかけた。

「君がその吸血鬼か、プリークネスの義弟と同居しているそうだが……」

「そうだよ。あんた誰?」

 ワタナベと名乗った彼は吸血鬼からの連絡先交換を固辞し、いくつか質問を投げかけた。

「鬼は、人より力があるなら何故人を征服しないと思う?」

「個々の力は確かに強いけどさ。我が強すぎるから。征服しようとはしてるけど人間のほうがなんやかんや連帯とかでなんか強くって、なんでもかんでも呑み込んで潰しちゃうから……」

「人と鬼との共存は出来ると思うか?」

「無理だね、こっちに一切の譲歩は出来ない。人次第だが、人も出来ないだろ。共存だのなんだの言うのは人間の圧倒的多数の傲慢で、あんたがたに余裕があるからで、こっちの事情は知ったこっちゃないんだろ。俺たち人間を害さずに生きて行かれないわけだし、それを許せる人間様じゃないだろ。そこのお義兄様みたいに頑張ってる人もいるみたいだけど……」

 ルチエはストローでカップ一杯分の水を飲んで、彼らの話をただ眺め、見られていると感じたら、視線に応えて手を振っていた。食べながら喋ることはできるが、何か飲んでいる間は静かになる。

「ワタナベさんは共存したいの?」

「出来れば」

「でもあいつの首は取ったんだな」

「あれに共存の意思は無かった。連れ合いを殺されてまで人間と共にありたいとは、とても思えないだろう」

「慈悲深いことだ」

「憎しみの連鎖はどちらかで断たなければならないのはわかるが、どちらかが、あるいはどちらも溜飲を下さねばならないだろ。あの鬼に他に家族が無ければもうそれは共存と相互憎悪の全てが断たれたと言ってもいいのではないの? こっちだって何人も人殺されてて駆除対象にしてんだから人間社会としては共存を許容するのは絶対に不可能なわけだろ? 別にあんたが罪悪感背負う必要は無いわけよ。熊と同じ。ていうかあれの死体の味噌漬けだか深漬けだかってどういう原理? 僕も食べに行っていい?」

「その話はさっきOKって言ったよな!?」

 水を飲み終えてのどを潤したルチエがまた話しに入ってくる。あの鬼の死体はワタナベさんによって調理され、食物連鎖の人よりも下層に入るらしい。死んだ鳥鬼もさぞかし屈辱だろう。ルチエはあの酔っ払ったようなマシンガントークでワタナベさんと仲良くなれたらしい。連絡先も交換した様子で、吸血鬼は少し機嫌を悪くした。

 吸血鬼はなんとかのゼリーを一つ取って食べた。予想に反して全く甘くなかったそれを、彼は水で呑み下した。

「帰りたい」

「飽きた?」

「眠い」

 だらけた頭では情報量を処理しきれなくなっていた。昼に起きているのは吸血鬼にとってはやっぱりつらいものらしい。自分もちょっと疲れてきたからという狩人と示し合わせて、二人して義兄に言付けしてから帰った。

 帰ってから吸血鬼は早々に昼寝をして、晩飯時に起きてきて二人分のチキンステーキを作った。

「こういうときに便利だよな。ちょっと体調悪い時に」

「なら寝ておけばよかったのに」

「なんか変なのばっかり食べたから。くちなおし」

 冷凍のチキンステーキで口直しになるのか。確かに馴染んだ味ではあるけども。自分で作るより確実に美味いそれを、狩人は箸で一口分千切って頬張る。米に合う。

「共食いだ」

 吸血鬼はにやにや笑う。それだけの元気があれば寝て起きたらすっかり良くなっているだろう。

「気に入った?」

「ああ」

 嫌味でものを好きになるのか。変わった生態だ。

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