5/4(日) 後処理と失言
錬金術師に一服盛られて眠ってしまった狩人を背負って、終電をなくした夜の街を吸血鬼が帰った後。
「何? 酔っ払い? たしか君未成年だったよね?」
「酔っ払いじゃあ、ない。出先で寝ちゃったんだ」
アパートの管理人は夜中だというのにサングラスをかけていた。魔術的な意味は一切ない、ただカッコつけたいだけの薄い色したサングラスだ。それでちゃんと見えているのか。
狩人が目を覚ましたのは朝日が昇るころのことだった。彼は布団を押しのけるようにして急に起き上がった。吸血鬼は狩人の寝顔の観察にも飽きて、台所で作り置きおかずの研究をしていたところだった。
「やっぱり薬を盛られたんだ」
「おはよう。よく眠れたか?」
「おかげさまでね。あいつはどうした? 君にひどいことはしなかったか?」
宿敵のことなのに、心配なんかするんだな。やっぱりこいつ根っからのお人好しだ。吸血鬼は昨日のことを思い出して、機嫌よく答えた。
「いいや、俺も彼の血を御馳走になったよ。美味かったぜ、また行こうな。あ、連絡先交換するの忘れた」
「僕が寝てる間に何があったの!?」
「起き抜けで元気だな」
まだ起きると思っていなかったから、ご飯の用意はしていない。狩人は作り置きおかずの匂いによだれを誘われながら、布団を片付けて吸血鬼のほうにふらふらと歩いていった。
「お前の危惧するようなことは起きねえよ。あの人はまだ吸血鬼になりたがってなかったし。ちょっと髪を抜かれたから、血を抜き返しただけ。その時ちょっと仲良くなったってだけ」
「本当に? 他のものは何も要求されてない?」
「もちろん。あっちからは何も。それよりあの人の連絡先俺の端末に転送しといてくれない?」
「……本当に? 僕の危惧したことは起きないって具体的に何?」
「バンパイアハンターの仕事が増えることにはならないってこと。やっぱもうちょっと寝てた方がいいんじゃないの?」
「もう目が覚めちゃったから。今日は起きてるよ」
狩人は緑のステージで踊る鰹節を眺めていた。
「シャンジュ」
「なんだ」
「僕の我儘に付き合ってくれてありがとう。大好き」
「風呂入ってきたら? 昨日寝落ちてそれきりだろ?」
「……そうする」
このアパートのキッチンに二人は狭かった。吸血鬼は何かと理由を付けて追い出した。
あいつまだ寝惚けてるんだな。狩人の告白を吸血鬼はそう処理した。順調に胃袋を掴めているらしい。良い傾向だ。吸血鬼はひとり胸をなでおろした。
「理人に飯を食わせたら俺も寝るか」
そのころには作り置きのおかずも冷蔵庫に入れられるほど冷めているだろう。