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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
四月・生活を始めよう
14/104

4/20(日) 狩人の義兄がアポなしで来る

 聞き取り調査を交えつつ、今日のために特急でレシピを調べてポークチョップと付け合わせをこしらえた。

 骨付きの肉は用意できなかったが、骨なしの肉で作ったポークチョップらしきものは用意できた。味は彼の望む味の再現ではなかったが、美味しく出来た。

「じゃあ、何が足りないと思う?」

「……ニンニク?」

「だろうな」

 吸血鬼にその味の再現は不可能だ。

「でも君が食べるんだから。これはこれで美味しい」

「お気に召したようで何よりだ、狩人さん。サラダもある、付け合わせもできてる」

「ご飯も炊けてる」

「よし。お前の望むもの全てがあるか?」

「言い方が壮大だな。うん、今望むすべてがある」

 狩人は微笑んでいる。吸血鬼も満足そうに笑った。今のところは、何もかもが順調に進んでいる。

「そうだ、君の名前を考えて来たんだ」

「やっとか。一月待ったぞ」

 完璧な夕食になるはずだったが、こういう日にトラブルは付き物だった。インターホンが鳴る。郵便物が来る予定はカレンダーに書いていない。どちらかが書き忘れたわけでもない。

 狩人はさっさと吸血鬼に彼の名前を耳打ちして、玄関に駆けて行った。

「本から取ったにしちゃ、いい名前だと思うぞ」

 ムードの欠片もない。吸血鬼は狩人が玄関を開ける前に感想を投げかけてやる。太陽を飲み込む蛇に相応しい名前だ。彼が付けた名前を何度も頭の中で反芻する。じわじわと脳が侵食されていく。彼が付けた名前に自分が変わっていく。自分とこの名前があまりにもぴったり合っているように、錯覚させられる。

 つまり吸血鬼はこの名前を気に入ったのだ。

 狩人のほうはドアスコープの向こうにいる人物を見て、チェーンをかけてからドアを開いた。

「……お久しぶりです」

「ああよかった、生きてたか! 連絡付かなくなって何か月経った? そろそろお前の季節だと思ったんだけど違うか? お前が例の錬金術師んとこにいるって聞いたら心配で聞いてすぐ駆け付けたんだが、遅くなったかな。それからあの、家入ってもいいかな? あっ、いい匂いする。……晩飯時だったか?」

「はい。兄さんは食べてきましたか?」

「ああ、駅近くのラーメン屋で。それが先にフォークの付いた変なスプーンで食べるらしくってな、それがまっこと食べにくかったんだ。でも味はなかなか美味かったぞ。五目ご飯というのが付いてきてな、それがまた美味いのなんの」

「一体何の話をしに来たんですか」

 玄関前にいたのは、狩人のお喋りな兄貴分だった。前に会ったよりも赤茶色の髪が伸びて、土色のバックパックや、上着と下着の間に複雑に絡み付いている。背中には何やら大きな荷物を背負い、傷跡が多い左手にはチェーンカッターを持っている。そういう人だった。

「一旦足を引っ込めてくれますか、チェーンが外せないので」

「ああ、悪い」

 ドアに挟んでいた足を引っ込めるのを見て、狩人はすぐさまドアを閉じた。それからどうするべきか。鍵を閉めてドタバタと足音を立てて片付けをするふりをして、吸血鬼の様子を見る。

「隠れて」

「もちろん。箸も茶碗も俺も、押し入れの中だ」

「念のためこっちも閉じとくね」

「お前兄弟いたんだな」

「血は繋がってないけどね」

 とりあえず食卓のものは全て隠せたことを確認する。他の一瞬で隠しきれない場所は、あまり覗かないことを祈るばかりだ。今まであまり動かしたことが無い寝室の襖を閉じ、洗面所の扉を閉めてから、玄関のチェーンを開けた。

「すみません。片付けしてました」

「そうか。これお土産。タヌキと竜王、どっちがいい?」

「いらないです。両方とも持って帰ってください」

 やたらとでかい物を背負っていたと思ったら、置物を背負っていたらしい。これでよくもアパートの狭い廊下を歩けたものだ。彼はバックパックを部屋の隅に下ろすと、寝室の襖を開き、迷いなく押し入れを引いた。

 ほら、いた。吸血鬼は押し入れの中でご飯を食べていた。

「何で吸血鬼が――あー、ええと――押し入れの中で飯食ってんだ?」

「兄さんが急に来たからです」

「僕が言いたかったのはなんでお前が吸血鬼と食事を共にしているかって話だったんだが……、お前にも何か見えるようになったのか? 父さんみたいに?」

「兄さんに見えないものは僕にも見えません。前にも話したでしょう」

「悪い。そういうつもりじゃなかった」

 吸血鬼には事情の分からない話をしていた。吸血鬼は狩人に目配せして、茶の入った椀やら箸やらを狩人に押し付ける。

「バレちまっちゃあしょうがない。話は食事の後にしよう。よかろう」

 ポークチョップも冷めるし。吸血鬼はお茶碗を持って茶の間に戻る。

 ベチン、と生ぬるい金属の痛みが吸血鬼の後頭部に走る。銀の塊で小突かれた程度の痛みだ。

「痛ってーななにすんだ!」

「あれ、効いてないな。きみ、年はいくつ?」

「そもそもお前誰だよ!」

 ひと悶着あったが、食事が冷める前に食卓につく。吸血鬼の分のご飯は少々埃っぽいが、仕方がない。文句を言うほどのことでもないし、今はそれ以上の問題がある。

「こちらはルチエ・プリークネス、僕の師匠で義父の息子、つまり義兄だ」

「お兄様です。よろしくね」

 狩人はご飯とともに骨なしポークチョップを食べた。味見をしたがやっぱり美味しい。骨が無いなら付け合わせの野菜も一緒のトマト味にしてしまってもいいのではないか。醤油味にしたらさらにご飯に合うのではないか。それはもはやポークチョップと言えるのか。

「ダスク。ダスクのクドラクだ。あんたは何? 何しに来たの?」

「それはこっちの台詞なんだよ。それにその名前からしてきみはリヒトの運命だな!? 色々どうしてと聞きたいんだが……一体うちの弟にどういう洗脳をしたんだ?」

「してない。同居の顛末に関しちゃお前さんの弟に聞くのが一番早い。俺から乗り込んだわけじゃない。それと連絡先交換しない? 理人の小さい頃の話とか聞きたいなァ~」

「いいね。リヒト、お前も電話出せ。次から引っ越しするときは連絡してくれよ」

 こちらも義兄の連絡先はおろか、変わっていなければ今の住処すら知らないのだからお互い様だ。毎年決まった時期に会っているわけでもないし。狩人は今までの経験上、この義兄にいい印象は抱いていなかった。

「僕が同居を申し出ました。互いのことをよく知るために。この時期は定住していたし、ここは何かと……同居に都合のいい場所なので、この機会を逃せば、次は無いと思ったので」

「えっ、殺し合いしてるのに? 調査って普通そこまでしないだろ――いやお前の事情というか心情ははわかってるけどもさ、宿敵と一つ屋根の下暮らすってちょっと……ヤバくない? 二人暮らし成立してる?」

「そういう性癖なんすよコイツ。お義兄さん」

「きみにお義兄さんと呼ばれる筋合いは無いが。理人、最後に。考え直せ」

 諭すように義兄は言う。そう言いたくなる気持ちは分かるけど。これ以上同居に反対するなら邪魔でしかない。そもそも飯時に来ておいてなんだ。早く出て行ってくれ、と狩人は思う。

「少なくとも一ヶ月は上手くいっています。このまま殺さずに共存できるなら、一緒に暮らしていくことも考えています」

「いやそうじゃなくってさ。マジで言ってる~? 共存だって、ダンピールでもあるまいし。自然発生者で最新の祖だろ? バンパイアハンター的な見解としては、今殺しておくのが千年先の未来のためにはなると思うぜ」

「最新の祖が人間の味方になるなら、この上なく心強いかと。問題があれば僕が殺します」

「俺のために争ってくれるのはいいけどさ、晩飯冷めるぞ」

 バンパイアハンター二人と食事を共にするのは、いかに最新の祖と持ち上げられていても気まずいものがある。ルチエはお喋りで口調のテンションは高いが、あまり笑わない人だ。バンパイアハンターともなれば不意打ちでなければ魅了も効かないだろうし。バックパックに下がっているでかすぎる邪眼除けもこちらを見ている。よく畑に付いてる鳥よけみたいでちょっと怖い。

 食事を終えて、今日は狩人が皿を洗うと言った。吸血鬼と義兄にいろいろと話す機会を与えよう、という意図らしい。吸血鬼が洗い物を嫌がったからではないし、狩人が義兄と二人きりでいたのを嫌がったからでもない。

「リヒトの血は美味かったか?」

「美味く飲むには時間がいる。今は飲めたものじゃない。これから美味く飲む」

「へえ。酒みたいなこと言うんだな。弟とこれからも仲良くするつもりでいるんだ? それとも熟したら吸い尽くして殺すか?」

「俺は仲良くしたいが、あちらはどう考えてるか」

「己は人に仇なす存在ではないと?」

「それを決めるのは俺ではないだろ。こっちはただ生きてるだけで、仇成してるかどうかは判断するのは人間様のほうだろ。お兄さんは何してる人なの? バンパイアハンター?」

「はい。そうだよ。バンパイアハンター。普段は――人間と食物連鎖の折衝をやってる」

「ふーん。何それ?」

「バンパイアハンターの仕事が無いときは熊とか鹿とか鴨とか、狩るの手伝いしてる。たまに人間社会に溶け込んでる吸血鬼の様子見に行ったり、献血車回したりとか、人探ししたりとか……我ながら本当にいろいろやってるな……ま、忙しくしてるよ」

 狩人は耳をそばだてて聞く。へえ、そんな仕事してたのか。師匠の仕事を継いだとは聞いていたけど、具体的なことはほとんど聞いていない。

「理人とはどうやって会った? 実の兄弟じゃないんだろ?」

「父さんが仕事先から連れて帰ってきた。父さんが狩りに行った先で、吸血鬼に親を殺されたらしい。きみも知っての通りリヒトはクルースニクだったんだが、クルースニクが認知されてた地域とはまったく外れた島国で生まれてたから、発見が遅れたんだな。会ったのは僕が十五の時だったから……十三年前だな。ひょっとしてもう酒飲める年齢か? 時が経つのは早いなぁ」

「飲めないよ、俺と同い年ならあと二年は要る」

「なんだぁ、そっか。そうだダスクの、俺の血吸ってみる?」

「えー、やだよ。何企んでるの?」

「僕の血は普通の人間だから、リヒトみたく吸った傍から日の光浴びたみたいなことにはならないよ。男だけどいちおう処女だし。味は他の吸血鬼のお墨付きだし」

「男で二十八で処女名乗ろうとかどう頑張っても無理があるだろ。それにも仮にもバンパイアハンターが、俺に吸われて吸血鬼になるとかさ、考えないわけ?」

「たいていの場合、人間と共存可能だと考えている吸血鬼は本気でそう考えているか、化け物的な自己中心野郎かだ。圧倒的に後者が多いな。きみがどっちのタイプかはまだわからないが、どっちだろうと僕は血を吸われたところで、蚊が刺したくらいにしか思わないよ。こっちで駄目なラインはわかってるし、わりとしょっちゅうやられてるしね。それときみはおそらく血を吸うだけでは同胞を増やせないタイプの吸血鬼だろ、リヒトがそうなってないし。まああいつは特別だからどんなに血を吸われたところで成らないかもしれないがな。もしきみが血を吸って仲間を増やしても、また僕の血を全部吸ってしまったとしても、そのときはリヒトがおまえを殺すから、こっちは損しない。おわかり?」

 相変わらずよく回る口だ。吸血鬼のほうはだからといってそれじゃあ、となるわけではない。

「……家入って来たときさ、なんですぐ押し入れ開けたの?」

「玄関の靴が一人暮らしには多すぎた。飯の配置は一人分のものじゃなかったし、そこの扉が不自然に閉まってた。だから散らかってたものを片付けたというよりは、不都合な同居人を隠しておきたかったと考えた。いやァ、まさか宿敵だとは思いもしなかったけど」

「よく見てるな。探偵になったらどうだ」

「よく言われるよ」

「あんたとこのお父さんもバンパイアハンターだったんでしょ? どういう人だったの?」

 義兄が余計な情報を吸血鬼に与える前に、狩人は皿洗いを終えて戻った。

「兄さん、今日はどこに泊るつもりですか」

「野営。そこの下に良い感じのスペースあったから」

「こんな都会でやめてください。うち泊まっていいんで。布団は無いですけど」

「いいの!? シャワー借りていい?」

「どうぞ。タオル持ってますか?」

「今ばっちいのしか持ってない。貸して」

「着替えは?」

「あー、洗濯機借りてもいい? あと干す場所も」

「なんでそんなボロボロの状態で来たんですか?」

「仕事のすぐ後だったから……思い出してそのまま来たんだよ」

「次からはそういう状態で来ないでください」

「ごめん。気を付ける」

 ルチエは早速風呂に入っていった。服を脱いでバタンと戸を閉じた後、鼻歌とシャワーの音が聞こえる。

「兄さんがお騒がせしました」

「いいや、お前についてあまり聞けないことを話してくれた。記念日に相応しいイベントだったよ」

「……それはよかった」

 今日はこちらの話ばかり聞かれていると、狩人は不平を訴えるような目をしていた。

「今度は君の話が聞きたいな。僕に会うまで何してたとか」

「覚えてないね、そんな昔のこと」

 彼らが初めて会ったのは十年前、八歳の時だった。狩人が当時住んでいた町は寒く、その日も雪が降っていた。浅く積もった雪の上を夢遊病のように歩き、町はずれの墓場で、初めて己の宿敵と会い、殺し合ったのだ。

 それから毎年、彼らは地球のどこに居ようと必ず巡り会っている。

 彼と過ごすのもあと、最低でも十一ヶ月か。狩人は目を細めて吸血鬼を見た。自分が食われることなど微塵も考えていない、絶対的な捕食者の顔だ。

「よろしく、シャンジュ」

 幸せみたいに笑いやがって。吸血鬼は不機嫌そうにじっとり笑った。


「風呂ありがとな。あとタオルも。あっ、掃除してくれてるの? 悪いね」

 狩人は洗濯機に色々と入れるついでに、兄ルチエの鞄の中を片付けていた。菓子や携行食のごみが多い。謎のプラスチックごみ。布切れ。埃。ごみが多い。勝手に捨てる。

「鞄の中の物なんだけど、捨てていいやつか聞きたくって。まずこの、なにこの……ボトル?」

 彼は空であるはずなのに見た目に反して重い、立てて置いたそれを指でつついた。朱色の地に銀色の縞が特徴的なパッケージだ。吸血鬼はそれの正体を知っていたが、面白いので図書館で借りた本を読みながら横目で見守るだけで、黙っておいた。

「ああそれ、お前知らないのか。吸血鬼に血をやってるときな、たまに発情したやつが襲ってくるんだよ。そいつに使わせるんだ。今回は使わないまま持って帰って来たな。いる?」

「何に使うんですか?」

「悪いね吸血鬼くん、これあげるから。うちの性教育の抜けを埋めさせるようで悪いが、良ければ具体的なことは説明しておいてくれ」

 マジかよこっちに振ってきたぜ、と動揺しつつ、栞代わりの貸出票を挟んで本を閉じる。こちらに転がってきたしましまのボトルを受けとって、吸血鬼は箪笥に仕舞っておく。あの説明を一拍遅れて理解したのか、狩人は固まって何か考え込んでいる。

「OK、貰っといてやる。ところでさ、これで吸血鬼が黙って従ってくれるわけ?」

「この僕の手腕にかかれば黙るんだわそれが。こんなことしてるって聞いたら地獄で父上も泣いてるぜ」

「吸血鬼相手にこれで発散させてるって?」

「こういうことしてくる相手を生かしておいてやることにだよ。昔は吸血鬼に血を与えて共存を図るなんて想像もしてなかったみたいだからな。びっくりするだろうな」

「人間にとっちゃ捕食者だもんな、俺たちぁ死人だから人の法で裁く義理もないし。元人間でも今人間じゃないし。熊と扱いは一緒か?」

「そうそうそんな感じ。殺せるなら今すぐ殺すし、殺せないなら工夫して殺す。でも辛いよね、喋れる相手なだけに。それにしたってなんで吸血鬼ってやつは捕食対象相手に発情してんだろうな?」

「吸血鬼ってそうやって増えないし。まともな俺に異常な奴について聞かないで。人間だってヤギ相手に盛ってるくせにそれ聞く?」

「そりゃかなり特殊な状況で――ああ、元人間で周りに同族がいない特殊な状況。それなら盛ってる理由もわかる気がするな。生殖もほとんどうまくいかないし。そりゃおかしくもなるか。でも用意なんてできないしな……絶対喧嘩になる」

 そうだ。大事な友人に関して、吸血鬼に詳しい彼に、一つ聞いておきたいことがあった。

「バンパイアハンターのお義兄様に聞きたいことがあるんだけどさ。吸血鬼の血を医療に用いた例ってある?」

「おっ、アウトブレイクのインデクスを知らない世代がいるのか。吸血鬼の血を医療に用いて起こりそうなこと全部起きた最悪の事例だ。後で資料を取り寄せて送ろう。読み終わったら燃やして捨ててね。ここの住所ってどこ? 宛て名シールある?」

「無い。そういや俺もここの住所知らないや。理人? いつまで固まってんの?」

 彼が固まっている間に、ルチエはゴミ以外の全てを仕舞っていた。全部要るものらしい。

「宛て名、今から書きますから。糊で張っ付けてください」

 猫背で足を引きずりながら、彼は電話台に白紙を取りに行った。

「なあ、ダスクの。お前さんマジでうちの弟にどういう洗脳をしたんだ?」

「知らねーよあいつが勝手に自爆してるだけだろ」

「だよねえ! 狂れちまってんだ」

「声でっか」

 狩人が宛名を書き終えた。これを切手と共に荷物に張り付ければ届く寸法らしい。それから狩人は明日の用意をして、風呂に入りに行った。

「うわっ!」

「どうした」

「何日風呂に入らなかったのか知らないけど、風呂桶汚したなら綺麗にしておいてくださいよ」

「悪い」

「あと洗濯終わったみたいなんで、自分で干しておいてください」

「ごめん、忘れてたわ」

 注意だけして全裸の狩人が風呂場に戻っていく。ルチエはちゃぶ台を端に寄せて、寝袋を広げて寝る準備をしていた。

「ここんとこ、何て言うの? 境い目? かけていいの?」

「そこの彼に聞いてください」

 バタン、と風呂の戸が閉じる。吸血鬼は仕方なしに義兄の洗濯物干しを手伝うことにした。

「ここ乾燥室とか無いの?」

「日本の普通の家には無いらしい。ここにもない」

「へえ~、気候がいいんだな」

 幸いにして洗濯ハンガーは足りるらしい。ほとんどが下着で、上に来ている首や肩口が特徴的な服と、ズボンは替えが無いらしい。これで一週間、もしくはそれ以上を持たせたのか。狩人と言うより吸血鬼じみている。

「これフード付きのやつ干せるのいいな。俺も買おっかな」

「なあ、この首隠してめっちゃ、肩っていうか鎖骨とか、オフショル? このデコルテ主張しつつ紐張った服何? どこで買ったの?」

「どこで買ったっけな。買ってないわ。確か貰ったんだっけな。それ着ると服脱がずに済むんだよね。だいたいこの辺にぶすっとやられるから、よく狙わせてんだ。欲しけりゃあげるよ」

「いらない! 貰ったの? 変態じゃねえか」

 明確な弱点があるとそこ狙うばっかりになるから対処しやすいだろ、と言って手で肩口を指し、刺すようにジェスチャーする。日常的に吸血鬼に血を吸わせている上に慢心もしているらしい。大丈夫かこいつ。

「それで、血を吸われてなっちゃったりしないの?」

「俺もバンパイアハンターの血族だから。この時代だろ、五十年以上前からワクチンはあるし、敵対者にはそもそも吸わせないし。なんとでもなるようになってんの」

 相当の自信家か、相応の実力者らしい。舐めた真似して逆らわんとこ、と吸血鬼は思った。

 洗濯物を干し終えてから、ルチエは狭くなった部屋で今度こそ寝るぞと寝袋に潜り込んだ。

「君はこれから夜活?」

「いや、寝る」

「へー。珍しいな」

「俺寝る時間は不定にしてるから。夜中起きるかもしれないし、明日の夜までぐっすりかもな。お義兄様はいつお出になるの?」

「うーん、日本来たついでに頼まれごともあるし、観光もしたいし。遅くても十時ぐらいには出るかな」

「僕はそれより早く起きて出るので、戸締りは彼に頼んでください」

 狩人がさっさと風呂から出てきた。服を着るのも頭を乾かすのもそこそこに、冷蔵庫に向かっている。

「お前なんかまたでかくなった?」

「成長期なんです」

「どおりで見るたびでかくなってるわけだ」

「最後、今日は風呂入るの?」

「いや、今日はいいわ。寝る」

「吸血鬼が風呂入ったら溶けて死ぬんじゃないの?」

「死にかけの状態で風呂に入れましたが、死にませんでしたよ」

「マジかよ」

 コップを洗い、髪を拭き、歯を磨いたら狩人はさっさと布団に入るようだった。

「なあ弟よ、寝る前に吸血鬼とお喋りとかしないの?」

「やること無いなら寝ますよ」

 狩人はおやすみなさい、と言って容赦なく明かりを落とした。

 吸血鬼は寝袋と布団を踏まないように歩いて、一歩遅れて寝所に着いた。

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