4/19(土) 狩人の好きな食べ物と吸血鬼の風呂事情
この家の財政は狩人が握っていたが、今は吸血鬼がいくらかの裁量を貰って、一人でも買い物に行くようになっていた。
夕食後のこの時間、吸血鬼は家計簿を付けて狩人を待ち、狩人は洗濯物を畳んでいた。
「明日の夜はお前の好きなものをなんでも作ってやる。何がいい」
「え、何、何かあったっけ」
「やっだなぁ、明日は俺と一緒に住んで一か月だろ。頑張って何か作ろうと思って」
我ながら記念日にうるさいカップルの片割れみたいなこと言ったなと思って、吸血鬼は咳払いをした。狩人は記念日にうるさいカップルの片割れのような発言をした吸血鬼を、信じがたいものを見る目で見ている。
「……気合い入れてなんか作りたくなる気分もあるんだよ。明日は日曜日だしなんか……記念日にかこつけて、お前の好きなもの作ろうって思ったわけ。悪い?」
「いや悪かないけど。……そんなこと言われるなんて思わなかった」
「俺が記念日を気にする性質だって?」
「それもだけど……頑張って何か作るって。ちょっと、照れる」
「なんだよぉ~もぉ~」
こうしてじゃれていると自分たちが普通の人間だと錯覚させられる。そして、ふとした異物の臭いにはっとする。
「……君、そういえばあの時、なんであんなに汚かったの?」
「それ今聞く?」
彼ら二人はそもそもが相容れぬ異種族だ。狩人は神の代行、生まれながらの聖者。吸血鬼は人を惑わす魔術師、生まれついての悪。風呂に入っているかいないかは、彼らの持った異物感を底上げさせるに過ぎない。
「今は普通に風呂入ってるし……」
「お前に勝つためだよ。魔力の底上げだ」
「それならむしろ風呂入ったほうが良くない?」
「そうかい。俺は逆だ。入らない方がいい。そもそも吸血鬼って流水が苦手だし。俺も例外じゃない。お前と暮らしてっから風呂に入ってるだけだし」
洗濯物を畳み終えて、狩人は箪笥に服を仕舞う。
「どれくらい風呂に入らなかったら僕に勝てそう?」
「喧嘩売ってんのか?」
「ああ、ええと、質問の仕方を変えよう。この前はどれくらい入ってなかった?」
「さあな? 覚えてないわ」
――例のあの家から出てきて……何か月だったか?
海を渡ってこの街に来るまでの日付の感覚は曖昧で、獣か人かもわからない姿のまま導かれるようにそのあたりをうろついていた。あの日宿敵の白い後ろ姿を見るまでは、己の運命すら忘れていた。
吸血鬼は腹が減っていた。何でもいいから食べた。身体が獣になっていたから、心も獣に近付いていた。鳥も獣も好き嫌いせずにどれだけ食べても、狩人には勝てなかった。
「明日、何が食べたい?」
「そうだね、ポークチョップが食べたい」
――やっぱもっと大きいもの食わないと勝てないのかな。人間とか。
どうする買い物、そろそろ出るか、と狩人が聞く。まだ吸血鬼の仕事は終わっていない。レシートをまとめて置いたまま、手帳を閉じる。狩人が洗濯物を取り込み終えても終わらない見込みだったが、意味もなく悔しい。
「待ってろ、レシピ調べるから」
現代には片手で簡単にものを調べられる、便利なものがある。