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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
四月・生活を始めよう
12/104

4/14(月) 吸血鬼、竜人との賭けに負けコーヒーチケットを失う

 狩人が学校に行ってから、人間にしては遅く、吸血鬼としては日が高すぎる時間に目を覚ました。

 喫茶店のモーニングに間に合う時間か。あまりものを食べる気はしない。コーヒーだけでも飲みに行くか。吸血鬼はコートを羽織り、身支度もそこそこに喫茶ソロモンへと出かけた。

 ピークの時間は過ぎたようだがまだ人がいる。吸血鬼は人がいない席のうち、日が当たらない場所を選んだ。見慣れた赤毛の店員が皿を洗っており、見慣れない別の店員が皿を片付けている。もう一人の店員は狩人のような白い髪だが、丸い髪は少々黄ばんでいる。幼い顔立ち、ネオングリーンのパーカーを臆面もなく着ているところを見ると、おそらくアルバイトだ。

「ご注文を」

「コーヒー一つ。あと赤毛の店員さんと話がしたいんだけど」

「コーヒー一つ、チケット使用。赤毛の店員。ここはそういう店じゃない。出て行くがいい」

「ソーダ君、追い出さなくていい」

 了解した、と言ってソーダくんと呼ばれた少年は吸血鬼をつまみ出すために掴んでいた首根っこを離し、コーヒーチケットの照会と切り離しをした。

 水っぽい臭い、人工的な甘い匂い、バニラと糖蜜の香りがする。触られた襟がひんやり冷たい。ロボットらしい度を越した熱でもない。

「あんた何? ホムンクルス?」

「違う」

「ソーダ君、席の片付けして」

 了解した、と言ってソーダ君は席の片付けに戻る。水色地に白抜きで雪の結晶模様の、季節感の無いご機嫌なタイツを履いている。よく見れば靴を履いておらず、足には埃が溜まっている。喫茶店は土足のはずだが。おかしな奴もいたもんだ。

 モーニングを頼んだ最後の客が帰っていく。吸血鬼は表面張力の限界を試していたが、この隙を逃すまいと、カウベルが鳴り終えてから口を開く。

「カツミに、あんたの正体が聞きたければ直接聞けって言われたんだけどさ。あんた何が化けてるの?」

「人が隠してるのに、そういう質問はちょっとどうかと思うよ」

「だから人がいなくなってから聞いたんだ」

 席の片づけを終えたソーダ君は入り口近くの物置机に座り、足をぶらぶら遊ばせている。

「……当ててみたら?」

「角出てるけど、それは関係ある?」

「え」

 赤毛の店員は濡れた手で頭に手を当てる。当然何もない、人らしい毛の生えた頭だ。赤毛の店員はこちらを向いた。

「あんた、本当は角が生えてるんだな?」

「騙されたふりをしているだけかもね」

「ヒツジみたいな角が付いてたら、頭をぶつけても痛くならないんじゃない?」

「どっちにしろ頭に響くよ、頭蓋骨にくっついてるんだから」

「なるほど、あんたに付いてるのは鹿の角じゃないんだな」

「鹿か龍かもしれないよ」

「なんで竜?」

「雲をつかむウナギみたいな龍に生えてるあれ、鹿の角なんだ」

「う、ウナギ? ちょっとマジでわかんないんだけど……」

 洗い物を終えた赤毛の店員は吸血鬼に龍の説明をした。紙ナプキンにサインペンで絵を描く。それなりに上手い。

「へー、こんな奴がいるんだ。あんたこれなの?」

「違うよ……」

「じゃあドラゴンか? トカゲみたいな?」

「違う」

「なら普通にヒツジか? 赤毛でかわいい……」

「残念。もう時間切れ」

 龍が描かれた紙ナプキンを掴んで、赤毛の店員は席を立つ。それは困る。それじゃここに来た意味がない。

「待って。まだコーヒー飲んでないし、クイズの終了条件もわかってないのにそりゃフェアじゃない」

「解答権は三回」

「ヒントは?」

「ない」

「質問権もくれよ」

「解答権と合計で三回。もし君がこのクイズに正解できなかったら、何を差し出す?」

「あげられるもの……不老長寿くらいしかないよ」

「くらい、で差し出していいものじゃないよねそれ。それはいらないかな」

「永遠の命と若さだ。今この世じゃどんな大金を積んだって得られるものじゃない。生きてなきゃ何ともならないこんな世界で、この俺の血を欲しがる人間はごまんといるんだぜ」

「ぽいこと言ってる~」

 赤毛の店員はケラケラ笑っている。

「太陽の光で吹き消えるものじゃあ困るね。ペペロンチーノ作れなくなるの困るし」

「まあ……それはそうなんだけど……」

「君の血は表のサボテンに飲ませておいて。今枯れかかってるから」

「……なんかすごい屈辱」

「与えるためにやってるんだろ。自分の正体はそれくらい隠したいものだよ。克海ちゃんが異常なだけ」

「自分とこのバイトにすごい言い様だな」

 少し考えてから、吸血鬼は質問を始める。コーヒーの温度は室温をわずかに上回ったところで、変化を止めていた。

「あんたは爬虫類か?」

「詳しく調べたことが無いからわからないけど、たぶん、そうだね」

「ふーん」

 竜でもないとなると、吸血鬼に思い当たった事柄は一つしかなかった。

「あんたの正体はレプティリアンだな?」

「残念。惜しいね。違います。最後の質問だから、慎重にね」

「悪魔か? 爬虫類で、角が生えている。どうだ」

「慎重にって言ったのに。そう呼ばれたことは無いね。違うよ。サボテンに血はあげなくていいよ、日に当てられなくなっちゃうから」

 失敗した。吸血鬼はぶーたれてコーヒー牛乳を飲み干した。

「また来る」

「血はいらないけど、勝負に負けた代償はコーヒーチケットで払ってもらう。余分に三枚貰うよ」

「質問券か……」

 ソーダくんの大きな赤い色の目が吸血鬼を追っている。このアルバイトは何なんだ。

「ところでこれ何?」

「さあ、昨日から居るんだけど……なんだと思う?」

 赤毛の店員は本当にわからない、という顔をしている。なのに店員として使っているのか。奇妙なところが多すぎる喫茶店だ。

「座敷童じゃない? 置いといたらたぶん良いことあるよ」

「やっぱりそう思う?」

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