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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
四月・生活を始めよう
10/104

4/12(土) 学校で会ったホムンクルスとお喋りしよう

 夕食をとってから、吸血鬼は出掛けることになっていた。

 先日連絡先を交換した薪麿と、喫茶ソロモンで会う予定だった。

「どこ行くの?」

「喫茶店」

「僕も行く」

「駄目。人と会う約束してるから」

「だ、誰? 俺の知ってる人?」

「そう、知ってる人。吸血鬼の仲間じゃないから安心しろ」

 ここで町内会の集まりをしているようで、今日は人が多くて騒がしかった。先に来ていた薪麿は集まりの邪魔にならないような、隅の方の席を案内されていた。

 薪麿はクリームソーダをつついていた。既に解けかけたアイスを緑色のソーダに溶かすようにつっついている。

「コーヒー一つ」

 吸血鬼は注文を取りに来た赤毛の店員にコーヒーチケットを差し出す。

「常連なのか」

「貰いものだ」

 ジュー、と音を立ててソーダを吸う。小さく口を開くと、口の中が緑色に染まっているのが見える。面白いものもあるもんだ。

「この近所にテルも住んでるけど、会ったことあるか?」

「誰だっけ?」

「テル・ヒダルマン。君に喧嘩売った青い髪の奴」

「あー、あいつね」

 カウベルが鳴る。新しい客はとても見覚えがある、狩人だ。狩人は案内されるより先に、吸血鬼の隣に腰かけた。なんで来たんだ。

「コーヒー一つ、この人のおごりで」

「なんでついてきちゃったの?」

 吸血鬼は赤毛の店員に再びコーヒーチケットを差し出す。赤毛の店員は呆れた顔をしている。吸血鬼はやれやれと肩をすくめてみせる。

「君ばかりコーヒーチケットを消費するのはずるいと思った。話の邪魔はしない」

「存在が邪魔なんだよ」

 これから吸血鬼の手下を増やそうというのに、出待ちをしている狩人がいると非常に都合が悪い。

「二人はどういう関係なんだ? 恋人か?」

「宿敵」

「そうは見えないな。仲睦まじく見える」

「取り繕ってるからな。お前はどうだ? あの先生とは上手くやってないから、俺に会いに来たんだろ?」

 薪麿は水っぽいソーダにぶくぶくと泡を立てる。それから氷の隙間に残った薄緑を、ジュッ、と吸いつくしてしまう。ストローは噛むタイプらしい、偏執的なまでに歯型がついて、限りなく平べったくされている。

「そうだな。向こうは上手くやろうとしているらしい。が、あれは私の望むものを与えてくれない。その能力、意思が既に無い。もう一つのあては例の錬金術師だったが、いつまで経っても結果を出さない。だから君に出会えたのは僥倖だ。私の研究も進むというもの」

「え~~。つまりお前さんは俺の血のいいとこどりをしたいわけだな?」

「そうだ」

 薪麿は氷を噛んだ。もう緑色は無い。

「ソーダだけに」

「寒くないか?」

 日本において、この時期は比較的過ごしやすい季節だ。しかしこれからは加速度的に暑くなっていくという。薪麿のこの発言は、清涼剤として存在するには季節を先取りしすぎていた。

「その提供は俺にうまみが無い。人類に有用な発見があったとしても、俺に有利じゃなきゃ意味がない。カブトガニみたいにされるのはごめんだし、カブトガニにするにしても俺の血を使うなら相応の対価を払わなくちゃならない。人類に払いきれるとは思えない」

「そうはならない。この技術は私一人で使う」

「じゃあ俺がお前と血の交換をしたらいいだけじゃねーの」

「日の下を歩けないのは困る。ニンニクチップスもまだ家にいる。あと二袋は私が食わねばならない」

「我儘な奴。お前がそう望んでても、錬金術師とやらはどうだ? お前のしていることを知ったら、奪いに来るんじゃないか?」

「問題はそこだ……」

 薪麿は空になったグラスを持て余していた。

「何かおかわり頼むか?」

「晩御飯もここで食べたんだ。正直もうお腹いっぱいで。それで血の提供方法だが……」

 薪麿は左腕を上に向け、右手の親指と人差し指を立てて左肘の裏を指す。たぶん注射のジェスチャーだ。

「嫌だ。注射だろ」

「そうだ。注射だ。嫌か」

「雰囲気が無い。痛いのやだし」

「必要ないものだ」

「俺たちには必要なんだ。より食事を美味しくするひと工夫というか、わかるか? 美味しいものを食べるときに雰囲気がいいとより美味しい、ってこと」

「食事じゃなくて検査だ。必要ない」

「代償だ。与える代わりにお前の血を少しばかり貰いたい」

「承った」

「あと注射は嫌なんだが」

「駄目だ。注射痕に比べ咬傷の直りは圧倒的に遅い。ナイフなどによる自傷も同様だ。死にかねない。故に他の方法は不潔で、あてにならない」

「……応相談だな。もうちょっとお喋りしてからにしよう」

 狩人はコーヒーが冷めるまで、黙って彼らの話を聞いていた。血を与えるつもりがないのなら、彼が血を受け取ることが無いのなら、狩人の仕事は無い。そうなればいい。給料の少ない仕事ならないほうがいい。狩人も宿敵や友人をなくしたくはない。

「そろそろお暇しよう」

「おう、先帰ってろ。明日なんか用事あるんだろ」

「無いよ。日曜日だから」

「薪麿はどうだ?」

「そろそろ帰りたい。早く来過ぎた。もう眠い」

 吸血鬼はミルクたっぷりのコーヒーを飲み干して、席を立った。

「……俺も帰るか」

 彼らが出て行ったあとすぐ、町内会の集まりもお開きになるらしかった。店の騒がしさが最後の盛り上がりを見せた後、多くの人が席を立った。

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