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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第3部───第四章:フリンはこの時、彼女にきっぱりと別れを告げてやるべきだったのだが……フリンが軽はずみに口にしたこの『口約束』は、残念ながら、叶わない約束となるのだった
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 一行はその後も、敵を倒しながら丸二日ほど進んだ。目的地が分かっている分、進行方向を見失わなくて済んだのはよかった。

 七人は交代で、手に手にランタンを持って進んだのだが、明かりに照らされた洞窟は、魔物さえいなければ、とても幻想的な場所だった。乳白色の鍾乳石が周りを囲み、進行方向は、常に下り、下り、下りだった。本当に、冥府まで続いているのかと思うほどに、深くなっていく。

 時折、水溜まりや地底湖が現れる。

 水辺には、飛行能力を持たないドレイクが潜んでいた。

「漆黒じゃなさそうだね、深紅っぽいな……次は誰だった?僕かな……」

 もはや、当番制?指名制?で、魔物の排除をするパーティーのメンバーたちだった。

「副隊長……私にやらせてくれませんか?久々に、風術を使いたい気分です」

 キリエは索敵を一時的に解除して言った。索敵を使うために温存されていたキリエだったが、本当は闘いたくてウズウズしていたらしい。

「君もなかなか、戦闘狂のケがあるよね……。まあ、うちのメンバーはみんなそうなんだけど」

 オーランドは呆れて言ったが、キリエを止めはしなかった。

「私も手伝いますわ。ドラゴンには、雷撃と、相場が決まっていますからね」

 キリエの隣に、リッカが並ぶ。

 いつもは憎たらしいのに、いざ戦闘となると妙な安心感があるから、余計に悔しい。

「じゃあ、私は守備をしつつ攻撃するから、隙を見てリッカが雷を当ててよね」

 キリエはそれだけ言って、小型のドラゴン――赤胴色の鱗を持つドレイクに対峙した。飛行能力を持たぬドレイクでも、得意とする攻撃がブレスであることは変わらない。

「あまり、重い術は使いたくないしね……」

 まずは風術だ。

「〝翠弓(すいきゅう)〟」

 キリエはドレイクに対し背筋を伸ばして真っすぐに立ち、的を狙う弓兵のように狙いを定めた。弓のように打ち出される風術の刃が、過たずドレイクの固い表皮に何本も刺さっていく。

「キリエ、技の冴えが上がってるね」

「いい術士だな」

 オーランドの言葉を受けて、コールが素直な評価を口にする。

「いやいや、これで両刀使いだと……?紺碧の呪力のくせに、並の風術士より使えるじゃないか……どうなってるんだ……?」

 ギランが今更なことを言う。

「そもそも、エリンワルドの妹で、カイル家なのに、なぜに風術……?」

「それ、絶対キリエに言わないでね。最近やっと落ち着いたとこなんだから……」

「なにゆえ……?」

 事情を知らないギランは首を傾げる。


「リッカ……来るよ!」

 傷付いたドレイクが怒り狂って襲い掛かってくる。

「〝浅縹(あさひなだ)の壁〟」

 キリエはすかさず防御壁を展開し、赤銅色のドレイクの激しいブレスを受け止める。防御壁越しでも、頬が焼けそうなほどの火焔である。

「〝雷撃〟」

 リッカの右腕から流れ出る電撃が、ドレイクを直撃した。

 洞窟に響き渡る轟音。眩しい稲光が、メンバー全員の視界を貫き、次の瞬間、ドレイクは倒れていた。キリエが風術でダメージを与えておき、リッカが止めを刺す。

「息の合ったコンビネーションですね」

 フリンが感心している。

「見事に風術と水術を使い分けている……。羨ましいな、俺の部隊にも一人よこして欲しいぐらいだ」

 ギランも顎に手を当てて唸る。

「あれで、二十一歳と二十四歳だぞ」

 コールが言った。

「コカトリス第三小隊はしばらく安泰ですね」

「他人事じゃないぞお前、リッカと同期だろう」

 コールはのんびりしているフリンに発破を掛けた。





「デ、デカい……」

 パーティーがダンジョンのボスに遭遇したのは、翌日の午後のことだった。

 地底世界への門番(ゲートキーパー)は、今まで見たどの魔物よりも大きかった。

 茶褐色の鱗に覆われた、手足のないドラゴンのような大蛇――いわゆる『ワーム』というヤツだろう。身体のサイズだけで言えば、黒龍など目ではないほどだ。まず、サイズ感で圧倒される、というヤツである。

「副隊長、『分析』を試みてみます」

 キリエは自らの婚約者である副隊長に一言断ってから術を使った。

「“緻密な分析的思考”」

 キリエの両眼が青白い光を放ち、ワームを分析する。水術の真骨頂、『ライブラリ』の力だ。

 魔物(モンスター)にしか使えないが、過去出会ったことのある魔物(モンスター)を参照し、比較して、目の前の魔物(モンスター)のスペックを弾き出すことができる。

「いつの間にそんな術を覚えたんだ。キリエは水術の腕も、着々と上げているな……」

 コールが感心して言った。とても水術一年生の扱える術ではない。

「キリエは真面目で努力家だからね!」

 オーランドも誇らしげに言う。

「隊長……絶望的です。体力(タフネス)が大きすぎる。我々七人の呪力でこれを倒すのは、絶対的に不可能です……」

 キリエがおののきながら言った。

「面白い術を使うな、人間(ヒューマン)の水術士よ」

 モンスターが喋った……!?

 その場の全員が呆気にとられる。

 地上世界では、あり得ないことだ。そして、喋るモンスターは、さらに絶望的なことを続けるのだった。

「タフネスが大きいのは当たり前だ。お前達がこの洞窟へ入って今まで、倒してきた我が同胞のタフネスの総量と、同じだけの体力を私は持っている。倒された者たちの呪力が、すべて私に集まるように造られているからな、この洞窟は」

「ば、馬鹿な……っ」

 メンバー全員が、絶望の呻き声をあげる。

 だから、キリエが、ボスが刻一刻と成長していると言っていたのか。早めに対処しないと、大変なことになってしまう、と。

「まあ、それが分かっていたところで、僕たちにはどうしようもなかったけどね……」

 オーランドが言う。

「隊長、最終目標(ゴール)が変わっただけだ。倒せないなら、倒す必要はないだろう?こっちにはクアナがいる。全員で掛かって抑えてる間に、クアナに『封印』してもらえばいい」

 オーランドは冷静にパーティー全員に伝えた。

「承知しました、師匠」

 クアナはいつも通り、師匠に請け合う。

「たしかに、その(ほう)にはその力があるようだ。……天使の呪力を受け継ぐ聖女と、イグレットの呪力を持つ人間(ヒューマン)か……。実に『奇妙な取り合わせ』だが、ここまで来られただけのことはある。普通(ただ)の人間のパーティーではないというわけだな。我も、封印されるのはご免だ。全力でいかせてもらおう」

「……副隊長、タフネスだけではありません。攻撃力も、タフネスに劣らずバカ高い。ブレスなどの特別な能力はありませんが、ただの物理攻撃でも、一度でも当たってしまえば、生命はないものと思った方がいいです!」

 キリエは自分の知り得た情報を仲間に伝える。

「キリエ、ありがとう。充分な情報だ」

 参謀長は、優秀な水術士の肩に手を置いて、彼女の頭部の黒髪に軽く口付けて言った。

「クアナは封印。それ以外のメンバーは、とにかく防御、防御、防御だ……!クアナと、自分の生命を守ることだけを優先して、防御に徹することだ!」

「ずいぶんと偉くなったものだな、オーランド副隊長。この俺に指図とは……」

 コカトリス第三小隊の元副隊長ギランが、皮肉たっぷりな反応を返す。

「副隊長、まずは僕に、どこまで出来るかやらせてくれませんか?」

 盾役であるフリンが真っ先に進み出る。

 そして、傍らに立つ、かつての師匠に呼び掛ける。

「ギランさん、『あれ』、やってみませんか?」

「さすが、気が合うなフリン。俺も同じことを考えていた。風術士の副隊長の脳ミソからは絶対に出てこない発想だ」

 ギランが笑って応じる。

「何をしようと言うのだ?ヒューマンの術士」

 ワームが身構え、オーランドもあえて何も問わずに黙って二人の様子を見守る。

「〝挑発〟」

 フリンが第一の術を唱える。

 フリンが放つ混濁した褐色の呪力が、地を這うように広がっていき、洞穴のワームに纏わり付く。

 挑発効果。洞穴のワームはフリンしか攻撃出来なくなる。その名前の通り、盾役のためにあるような術だ。

「この超巨大なモンスターに挑発とは……!『勇猛果敢』にもほどがあるぞ……」

 コールが戸惑った様子で言う。

「自殺行為だね」

 オーランドも呆れて言った。

 ワームの目の色が変わり、巨大な鎌首をもたげてフリンに襲いかかってくる。

「〝堅牢(けんろう)なる壁〟」

 フリンが選んだのは『空五倍子(うつぶし)色の壁』の上位互換。鉄壁の物理防御が、フリンの身体を守る。

「くっ……やっぱり、攻撃が重いな……」

 壁の堅さも地術士の腕次第なところがある。フリンは今まで出遭ってきたどんな敵よりも強力な攻撃に、身の危険を感じていた。

 畳み掛けられる猛攻。

 そのタイミングで、ギランの長い長い呪文の詠唱が終わる。

「〝銀朱(ぎんしゅ)の小手〟」

 鈍い朱色の呪力の小手が、装備品のようにフリンに装着される。

 同時に、フリンに攻撃を畳み掛けていたワームが、激しい叫び声を上げ、身をのけ反らせておののいた。

 痛みに苦しんでいるかのようだ。

「『銀朱の小手』ですって……?噂には聞いたことがありますが、本当に扱える術士がいるんですのね。私などには、一生掛かっても習得できない術ですわ」

 同じ焔術士のリッカが、驚きの声をあげる。

「どんな術なんだ、リッカ……?」

 さすがのオーランドも、ここまでマニアックな焔術の効果は知らなかった。

「付与されている術士が敵の攻撃を受けた場合、それと同等威力のダメージを相手にも与えるというものです」

 リッカの解説を聞いて、オーランドは二人の意図を即座に理解した。

 ゲートキーパーのワームは、フリンに攻撃を与える度に同等のダメージをその身に受け続けることになる。ワームの攻撃力が高ければ高いほど、ワームにとっては、致命的なダメージを与えられ続けることになると言うことだ。

「なかなかマニアックな戦い方をするね……」

 オーランドは舌を巻いた。

 フリンの挑発➡️ワームの超強力な攻撃に対する防御呪文➡️ギランの銀朱の小手の付与によるダメージ反射。二人の持てる技術を遺憾なく発揮した、この上なく美しい連携技だった。

 コールやオーランドの知らない間に、陰術士チームは、こんなコンボの練習をしていたというわけか。

「オリーおにいさま、私ももう少し、サポート系の術を学んだ方がよいのでしょうか?」

 いつも自信満々なリッカが、自信なさげな声で問う。

「いや、罷り間違ってもよい子は真似をしないように……。自ら殴り掛かれる焔術士が、わざわざ苦労してこんなマニアックな術を習得する必要なんてないんだよ……!相手に味方を殴らせることを前提としたやり方なんて、ニッチ過ぎて使いどころがないでしょう。しかも、付与魔法を発動させている間、ギランは攻撃魔法を使えないんだよ!」

 本来アタッカーである焔術士がここまでサポートに徹するとは……。

「現実主義者だと思ってたギランさんに、こんな一面があろうとはね、エリンワルドじゃあるまいし」

 マニアックなエリンがもし焔術士だったとしたらやりかねないが、ギランも負けず劣らず術士のロマンを追い求める術マニアな一面があったらしい。

 だが、こと今回の相手に対する二人のコンボの効果は絶大だった。

 今回は人語で会話が出来るほど知能のある相手だ。自らが受ける痛みとダメージを考慮すれば、フリンへの攻撃をためらい、攻めあぐねることだろう。

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