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「これは……マジで……ヤバいんじゃないか……?」
コールは呟いた。
『死者の洞窟』の名は伊達ではなかった。ワイバーンの水術士に封印の解除だけをお願いしてお別れし、足を踏み入れた洞窟は、想像を絶するダンジョンだった。
確かに、用もないのにわざわざ侵入する必要などないに決まっている。いつも通り、キリエに『索敵』を頼んだが、広すぎてすべては見渡せないという。クアナが交替して術を使ってみても、同じ結果だった。
「おそらく『ボス』はいるみたいなので、その気配がする方へ行ってみましょう。地下世界への門番といったところでしょうか」
意気揚々と歩き出した七人だったが、遭遇する魔物のレベルが段違いだった。普通のダンジョンのボス級のモンスターがうじゃうじゃしているのだ。
「これは、数時間で確実に呪力が切れるな……」
七人が交代で呪力を使っているが、それでも間に合わない。呪力が回復するより先に次のモンスターが現れる。
「隊長、何のために『調教』を覚えたと思ってるんですか、出し惜しみしないで、やっちゃってください」
オーランドが早々に音を上げた。
「別に出し惜しみしていたわけじゃない。様子を見ていただけだ」
「なんだ、コールその『調教』というのは……」
「もうちょっといいネーミングがあったら教えてくれ、ダサいから」
コールはちょうどよく漆黒の呪力を持つ魔獣が出現したところで、ニーベルンで新しく覚えたスキルを使用した。
「〝調教〟」
コールの闇色の呪力が、魔獣に憑りつき、思考を掌握する。
「さて、お前にはこれから、ともに戦ってもらうこととしよう」
それからは、パーティーは随分楽をさせてもらえることになった。
コールの使役する魔物が敵を倒してくれるからだ。現れた敵が『漆黒』であれば、使役し、そうでないものは使役した魔物をぶつけて倒せばいい。
相手と力の差がある場合は、コールの使役する魔物が倒されてしまうこともあるが、漆黒の魔物はいくらでも沸いてくるので、何体無駄にしようが問題ない。
「なんだこれ、最高のシステムじゃないか……?お前は、とうとう本当の意味で『最強』になったわけだな」
ギランが呆れて見ていた。
「深淵から召喚したアンデッドとは違って、こいつらにはバフを掛けることもできるんだ。お前に来てもらったのは他でもない。使役した魔物の強化を頼むためだ」
「なるほどな……。陛下がわざわざお前をニーベルンへ出向させたのは、これを習得させるためだったというわけか」
「つまりね、このダンジョンは、『闇術士』がいないと、けして踏破できないダンジョンということなんだよ」
オーランドはため息をつきながら言う。
「こんな場所に、僕たちを派遣するなんて、皇帝陛下はやっぱり鬼ですね」
フリンもぼやく。コールが絶対に死なないという自信がないと、こんな無茶なことはさせられない。その自信の根拠はいったい何なのだろう。
「問題があるとすれば、召喚ほどではないが、呪力を消費する点だな。本格的に使うのは今日が初めてだから、どの程度呪力を消費するのか、把握できていない。使役する魔物のサイズによってコストが違うようだ」
「心配いらないよ、隊長。そのために僕たちがいるわけだから。交代で倒しながら進もう」
食事を取るための休憩は、クアナが一時的に退魔の結界を張り、安全圏に身を置いて定期的に行われた。
「これで、少しは呪力の回復ができるね」
「逆に言うと、クアナは戦わない方がいいね。結界を張れるの、クアナしかいないわけだから。クアナは行軍中に休み、みんなが休んでいるあいだ、クアナが結界を張る……その繰り返しか」
オーランドは、聖術士が一人という状況に少し焦りを感じた。
「私は大丈夫だよ。狭い範囲の結界なら、そんなに呪力使わないし、結界の術は使いきりの即時効果魔法だし」
相変わらず献身的なクアナは文句ひとつ言わない。
「なに、その美味しそうな保存食たちは……!高級品ばかりじゃない!これだから貴族は嫌なのよ……」
リッカの持ってきた食べ物を見て、キリエが目くじらを立てる。
「あら、ほとんどすべて自家製よ。ソーセージもサラミも、ドライフルーツも……。我が家の燻製室のスモークウッドはリンゴよ。お味見はいかが?」
「うっ……。なによ……リンゴだろうが、サクラだろうが知らないわよそんなこと」
でも、めちゃくちゃ美味しそうだ。保存の効く塩気の多いソーセージ、サラミ、リンゴや干芋などのドライフルーツ。ナッツ類、燻製のチーズもある。
「おいしい……!」
クアナは遠慮なく摘まんで、ほくほくしている。
「食料の調達も難しいような長期クエストになる場合、持参する食事の質はとても大事なことよ。栄養状態の良し悪しが、パフォーマンスの良さに直結するんだから」
リッカがめちゃくちゃマトモなことを言っている。
「帝国軍支給のレーションだって、悪くはないわよ」
「栄養価だけはね。でも私の繊細な舌には合わなくってよ。じんましんが出たことがあるんですの」
「勝手に言ってなさい。いつか食料が尽きた時、真っ先に飢え死にするがいいわ……!」
「あら、そんな薄っぺらな身体でよく言いますわね。真っ先に飢え死にするのは貴方みたいな皮下脂肪がゼロなタイプでしょう」
「おい、あれ止めなくていいのか……?お前の婚約者だろう」
ギランが不安になってオーランドに言う。
「あれで仲良しだから大丈夫だよ。『喧嘩するほど仲が良い』って言うでしょ」
オーランドは気にも留めていない。
確かに、普通なら仲裁に入るクアナが、ニコニコしながら見守っているのだった。
「食料と水は一カ月弱持つか持たないかぐらいの量しかない。半月経っても食料の調達できそうな場所にたどり着かなければ、今回は諦めるしかないな」
「その前に、過労で死ぬと思うけどね。これだけ魔物相手に戦ってたら」
コールの言葉に、オーランドが突っ込む。
「たぶん、そんなに深くはないと思うんだよね。ボスの気配的に……それよりも、気になっていることがあるんだけど」
キリエはオーランドに不安そうな顔で言う。
「ボスの呪力の気配が、大きくなっている気がするんだよね……」
「大きくなってる……?」
「どういうことだ?」
オーランドとコールが首を傾げる。
「うん。何と言えばいいんでしょうか……。刻一刻と、成長しているような感じです。早めに対処しないと、大変なことになってしまうような、そんな予感がします」




