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「しかし、地底世界とは、陛下も相変わらず、荒唐無稽な話を持ち出すよな」
「陛下の言う洞窟について、何か分かったか?」
「ああ。地元では有名な話のようだよ。……陛下のおっしゃる洞窟と言うのは、『死者の洞窟』と呼ばれているそうだ。一見、石灰質の土壌が自然風化してできた洞窟のようだが、途方もないほど深いので、全貌は明らかにされていない。どこかに冥府へ繋がる入り口があるとまで言われているが、誰もその真偽を確かめた者はいないんだ。内部は、漆黒や褐色系の超強力なモンスターがうようよしているらしく、大昔から強固な結界が幾重にも張られていて、誰もわざわざ近寄ろうとはしない」
ギランの説明に、パーティー全員が震え上がった。
普段、皇帝のお膝元の帝都で活動しているコカトリス第三小隊は、どちらかと言うと、皇帝の近衛兵的な意味合いが強く、そんな恐ろしい洞窟にお目にかかったことはついぞない。
「でも、本当に不思議ですわ……貴方この間まで『あんな軽薄そうな人、こっちから願い下げよ』とか、言っていたのではなかったかしら?」
「キリエ、そんなことを言っていたのか……酷いな。軽薄なのは事実かもしれないけど……」
そこは、否定しないのねクアナ姫も……。キリエは心の中で突っ込んだ。
ワイバーンの要塞はランサー城ほどは広くないので、女性三人は、同室で眠ることになっていた。三人は仲良く、ベッドメイキングの最中だ。軍隊では、貴族出身者だろうが、王族出身者だろうが、自分のことは自分でしなければならないので、リッカも一切文句は言わない。
「白状なさい、キリエ・カイル……!」
リッカは、キリエの背後に忍び寄り、後ろから羽交い締めにして言った。
「もう……いちいちベタベタするなっ!このハグ魔っ!淋しがり屋さん……っ!」
キリエは抵抗するが、リッカは簡単には離そうとしない。
「白状するまで、けして離しませんわ!」
リッカは容赦ない。クアナもニコニコしながら、やれやれ~!と心中、応援しているだけだ。
「分かったから、落ち着きなさいあんた……!」
キリエは溜め息をつきながら言った。
「……副隊長の『執着』が、本物だと理解したので、抵抗するだけ無駄だと思って諦めただけですよ。こんなことを言うと貴方に申し訳ないのですが、クアナ姫の時みたいな、恐ろしい目に遭うのは私もご免ですからね……」
「懸命な判断だ。よく、覚悟を決めたね、キリエ。あの時のオーランドは、本当に怖かったよ……演技力も抜群だったし」
クアナは激しく頷きながら言った。経験者の一言には、重みがある。
「いや、たぶんそれ、演技じゃないんですよ。素でヤバい人なんですよ、あの人は。クアナ姫への、愛の深さが感じられる一幕でした……」
「愛情表現の仕方は、だいぶ歪んでいると思うけどね」
「貴族も、甘やかされて育つと、ああいう風になってしまうんでしょうか……?」
「目的のためには、手段を選ばないタイプだよね」
「貴方かコール隊長が、殺されなくて本当によかったと思いますよ……」
「こ、殺されるの……!?たしかに、賢さと実力だけで言ったら、コールですら、殺せないことはないかもしれない。むしろ、コールを殺せるのはあの人だけかもしれないよ……思い通りにならないなら、いっそのこと殺してやる……っていう思考回路だね、さすがにそれはないとは思うけど、想像するだけで怖いよーっ」
二人のオーランドへの愛ゆえなのか、妄想が妄想を呼び、止まらなくなってしまっている。
「あ、貴方たちいったい、何の話をしてらっしゃるの……?なんだか、寒気がしてきましたわ……」
戦慄の戦乙女ですら、戦慄させられている……。
「副隊長が、クアナ姫とコール隊長を、無理矢理くっ付けようとした時の話です。忘れもしません……」
「き、聞かない方がよさそうなので、聞かないことにするわ。くわばらくわばら……」
実際にエンティナス・コールは、今や信頼する副隊長となっているラマン・オーランドに、一度ならず二度も、殺されかけた過去があるのだったが、ここに居る三人は、知る由もないことである。
明日から、死地に赴くことになるというのに、コカトリス第三小隊の女子三人の夜は、こうして更けていくのだった。




