(2)
先に故郷へ帰っていたフリンを追い掛けるように、コカトリス第三小隊は、『門』を抜けて、ワイバーンの要塞へ向かった。
そして、そこで待ち構えていた、一人の男がいた。
「久しぶりだな。コール……!」
燃えるような赤髪の男――いまやワイバーンの小隊長となっているギラン・ロクシスは、約二年ぶりに合う親友と、少年同士がするように、拳と拳を付き合わせた。二人は少年時代からの付き合いなのだ。二人の付き合いの長さを感じさせる息の合った仕草だった。
「噂はしかと聞いたぞ。ついにクアナ姫と婚約したそうじゃないか?」
ギランは会って早々、旧友をからかうために、わざと冷やかすような言葉を投げ掛けた。
クアナはコールの隣でコールの陰に隠れるようにくっ付いて照れている。
「二年ぶりに会ったと言うのに随分だな。俺の婚約者に、何か文句でもあるのか……」
コールは相変わらずの仏頂面で返す。
「いや、まったく?俺への報告がなかったことに憤りを感じているだけだ。あんだけ相談に乗ってやったと言うのに、ずいぶん水臭いんじゃないか?」
「もう……!貴方も相変わらずだな……」
クアナは困った顔をして仲裁に入った。この感じ、久しぶりだ……。懐かしさすら感じる。
「東部と帝都は遠いのだから、仕方ないだろう?ギラン、見て……婚約指輪だよ……っ!この人が婚約指輪を選んでるところなんて、想像できる……?この人は律儀だから、ちゃんと、両家の許しを得てから、プロポーズしてくれたんだよ……っ!」
はにかみながら、無邪気な子どもみたいに指輪を見せて報告するクアナに、ギランは盛大に吹き出した。
十七歳だった少女も、二年も経てば少しは大人びたかとも思ったが、やはり、まだまだ十代の娘だ。完全に、浮かれている……。この無邪気さが、ますますコールを追い詰めていることに気付いているのかいないのか。
「クアナ姫は相変わらず神々しいほどの可愛いらしさですね、こんなヤツにはもったいなさ過ぎるぐらいですよ……!」
誰だいったい、こいつらをくっ付けたのは……。
コールと長い付き合いのギランからすれば、どう考えても、この無垢で神聖な少女が、邪悪そのもののコールと釣り合っているようには思えなかった。
そもそも、この無邪気さは、コールの『趣味』ではないぞ、明らかに……。
「それは俺も否定しないよ。俺たちの周りには、びっくりするほどお節介なヤツらが揃いも揃っているからな。……ここまで煽てられでもしない限り、俺たちが婚約することにはなっていなかっただろう」
「ひっ、酷い……っ!やっぱりコールは、私のことになんか、興味なかったんでしょう?」
クアナは涙目になって抗議する。
「いやいや、そこまでは言っていないよクアナ。俺には清らかなリオンの山奥で育ったお前は無邪気すぎて、そういう対象には見れなかったと言うか……」
「やっぱりそうなんじゃないか、思ったとおりだったよ……っ」
ますます墓穴を掘るコール。
「しかもね、ギラン聞いてよ……、コールはその清らかで無垢な女の子を、無垢なまま大切に大切に取っておきたいらしいんだよ……!とんでもないロマンチストだと思わない?」
オーランドの言葉にコールはつんのめった。
「何の話をしてるんだ、いったい……っ!勘弁してくれもう……!なんでお前らが揃うと、いつもいつもこう言うことになるんだよ……っ!」
コールのこのキレっぷりも久しぶりだった。
「そんな話をしにわざわざ東部まで来たわけじゃないぞ……っ!」
コールは叫ぶように一喝する。
「ああすまんすまん……そうだった。旧交を温めるのが楽しすぎた……」
ギランは笑いながら言った。
一同は席を移し、ワイバーンの会議室の一つを借りて、食事を採りながら、明日からのクエストについて話し合うこととした。
「お話を始める前に、一つだけよろしいですか?コール隊長……」
先輩達を差し置いて、一番にコカトリス第三小隊の新入り焔術士が声をあげる。
「ギラン・ロクシス、ワイバーン第三小隊隊長ですって……?そんなお方が、わざわざ、我々に同行くださると言うのですか……?」
言葉とは裏腹に、不満たっぷりな顔である。
「その不満気な顔はなんだ……?」
コールが聞く。
「私という焔術士がいると言うのに、こんな強力な助っ人を呼ぶだなんて、侮られたものだと思いましてね……貴方、私の出番を奪うおつもりですか?」
ギランは吹き出した。
「なんなんだコイツはいったい……何者だ。お前のとこの主砲は、いつの間にやら、ケンですら無くなったのか」
「無礼で申し訳ないな、ギラン。アークライト・リッカ、我が隊始まって以来、二人目の貴族出身者だ。性格はこんな感じだが、焔術士としての腕前は、この高飛車な態度にきちんと見合ったものだから、安心してくれ」
リッカはまだ腕組みして膨れている。
「リッカ、安心しろ。あくまでうちの『前衛』はお前だよ。ギランを呼んだのは、どちらかと言うとサポート役としてだ。経験豊富なコイツなら、補助系のスキルも任せられるからな……」
「そゆこと。呪力の分散をするためには、この方がいいんだよ、リッカ」
オーランドがなだめるように言う。
「それに、この人が隣にいると言うだけで、コール隊長の精神的な安定感が段違いなんだから……!」
オーランドの言葉に、またぞろコールの眉が動く。
「なんだと……?精神的な安定が乱されるの間違いじゃないのか……」
「副隊長、いい加減にしてください。それよりも……私も、ギラン隊長とは初対面ですよ。紹介してくれないんですか?」
オーランドの隣に座っていたキリエが、すかさず話の流れを変えようとする。
そう言えばキリエも、ギランとは入れ違いだったから、面識が無いのだった。
「エリンワルドの妹だろう?一目で分かる。笑えるほど似てるな」
「初めまして、ギラン隊長……キリエ・カイルと申します。水術と風術の、両刀使い……を、目指している者です」
中途半端な自己紹介だ。まだ、自分を『水術士』とは堂々と名乗れない、真面目なキリエだった。
「あ、そうだギラン……だけじゃなくて、コカトリス第三小隊のみんな、僕、キリエと結婚することにしたから」
オーランドは軽い口調で言う。
「ええーーーーーっ!?」
「いつの間に?」
チーム全員が口々にどよめく。
「て、展開はや……っ」
そう呟いたのはフリンだった。
「早くない早くない。僕はこれでも二年間我慢したんだぞ……!」
オーランドは偉そうに言う。
「隊長とクアナをくっ付けることに必死で、それどこじゃなかっただけでしょ、あなたは」
一目惚れが本当だったとしても、初めの一年はクアナクアナ言ってるだけだったじゃないか。キリエは、今となっては承知済みの、副隊長の思考を解説した。意外に二つのことは同時に出来ないタイプなのだ。
「私にも報告がなかったことは、許されざることですわね!私の知らない間に、いったいどんないきさつがあって、そこまでお話が進んだのかしら……?」
と、リッカ。
「何を言ってるんですかリッカ、貴方のせいで、私は、危うく闇討ちされるところだったんだけど……?」
キリエはここぞとばかりに彼女にぼやく。
「あら、貴方ほどの使い手なら、闇討ちなんか、簡単に返り討ちにできるでしょう?」
「『そこ』じゃ、ないでしょう?だいたい、ライバルを焚き付けることのどこがキューピッドなのよ!」
「あら、負けず嫌いの貴方なら、ライバルの出現に、恋心が燃え上がるんじゃないかと推測しただけよ……」
「そんなわけ、ないでしょう?普通に考えたら逆効果よ…!」
「あら、でも、結果だけを見れば、実際、上手くいったのではなくて……?」
「いったい君たちは、なんの話をしているんだ……?」
オーランドは、突然始まった女子二人の口論に、何のことやら分からず首をかしげる。
「まあまあ、二人とも、とにかくおめでとう!自分のことのように嬉しいよ……!」
クアナはマイペースに喜んでいる。
「お前ら……いちいち喧しいんだよ……。ちっとは静かに出来ないものなのか……」
コールが呆れてチーム全員を見渡して呟いた。
「お前も、相変わらず苦労してるみたいだな……」
ギランは同情の一言を親友に告げた。




