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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第3部───第四章:フリンはこの時、彼女にきっぱりと別れを告げてやるべきだったのだが……フリンが軽はずみに口にしたこの『口約束』は、残念ながら、叶わない約束となるのだった
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「ごめんね、母さん。なかなか帰れなくて……配属されたのが、ワイバーンだったらよかったんだけど……」

「貴方が、自ら志願したことなんでしょう。南部、皇帝陛下のお膝元――帝都の守護コカトリスの第三小隊……あなたがよりによってわざわざそんな部隊に希望を出したなんて、初めて聞いたときは、本当に、なんてバカなことをと、心配したものだけどね……まさかあの、『竜殺し』と呼ばれる、恐ろしい闇術士の部隊に自ら志願するだなんて……」

 母は苦笑しながら言う。フリンの母親も、夫は術士、息子は術士養成学院に通っていたので、そう言った中央の事情に多少は通じていた。

 地底世界への入り口が、東部ワイバーンの要塞からアクセスのいい場所だったため、フリンは、数年ぶりに故郷ウルスラッドへ帰ってきていた。何せ、地底世界への旅である。無事で戻って来れる保障などどこにもない。コールは、しっかり家族に挨拶してくるよう、フリンに言い付けていた。

「コール隊長は、僕の想像以上の人でしたよ……。男女問わず、一度関わった人間は、みんなその虜になってしまうんだから……」

 とても一言で言い表すことは出来ない。あんなに恐ろしいのに、物凄く魅力的……。

「あえて言うなら、ランサー帝国の、『ラスボス』かな。漆黒のドラゴンの背に乗った、最強の闇術士なんて……」

 もしも自分が敵国の兵士だとしたら、完全にラスボスはあの人だろう。あの人が味方で、本当に良かった……心からそう思うフリンだった。

「もう!帰ってきてるなら、言ってくれればいいのに……!」

 まるで、自分の家ででもあるかのように、バタっと扉を開けて入ってきた女性がいた。

 明るい褐色の髪を三つ編みにした、ごくどこにでもいる町娘、と言った風情……フリンの幼なじみ、イヴリン・ウォルターだった。

「この、人でなし……!」

「『人でなし』……?イヴ、それ君、意味、分かって使ってる?」

 コカトリス第三小隊の一番の常識人、フリン・ミラーに『人でなし』とはなかなかの言いようである。

「いつまで私を待たせておくつもりなの……?私、今年もう、二十一なんですけど……!」

「知ってるよ……同い年なんだから……」

 フリンは溜め息をついた。

 なぜ、女の人は、二言目にはこう言う話しかしないのだろう。久しぶりに故郷に帰ってきたばかりだと言うのに……。

 だいたい、こっちは待たせた覚えなんて一つもない。そっちが勝手に待っているだけじゃないか。

「イヴ……。あなたの気持ちは本当にありがたいんだけどねえ……」

 フリンの母は、困った顔をして息子の幼なじみに言う。彼女とは、親御さん達も含めて、家族ぐるみの付き合いをしてきた仲だ。

「何度も言うようだけど、諦めた方が貴方のためだと思うわ……。この子が、軍人を辞めることはないし、軍人を辞めることはないと言うことは、明日命があるとも分からない身分ということでしょう……。貴方が幸せになれるとは、とても思えないわ」

 母は悲し気に言う。フリンの母だって本当は、息子が自分のそばにいて、イヴみたいな普通の町娘と幸せになってくれればどんなに良いか……と、願わない訳はないからだ。

 でも、そんなことを願っても無駄なのだ。フリンはウルスラッド事件で活躍したライズ・ミラーの息子で、有り余る才能を持った術士なのだから。

「私は別に、フリンが軍人でも何でも構わないんです……。彼の夢は重々承知だから。貴方が明日、命があるとも分からない身だからこそ、『約束』が欲しいのに……どうして、それが分かってくれないのかな……」

 イヴの目が潤んでいる。……彼女は思った以上に追い詰められているようだった。

「それに、そんな悠長なことを言っているうちに、他の誰かに貴方を取られてしまうかもしれないじゃない。貴方の部隊には、女性の術士もたくさんいるんでしょう?」

 コカトリス第三小隊の女性術士……?クアナ姫、キリエ・カイル、アークライト・リッカ……三者三様の美女たちの顔が、フリンの脳裏に浮かぶ。いやいやいやいや、ないない。一切どこにも、自分なんかがつけ入る隙はない。

 フリンはもう一度、盛大にため息をついた。

「そこまで言うなら、こうしよう。詳細は明かせないけど、僕はこれから、とても重要な任務に就く。もしも、無事に、そのクエストをクリアできた時には、必ずもう一度ここに帰ってくるよ。その時、どうするかは考えよう。でも、もし僕が帰ってこなかったら、その時は綺麗さっぱり、僕のことは忘れてほしい」

 フリンは仕方なしにそう言った。何か言ってやらない限りは、イヴは納得してくれそうになかった。

「本当に……っ?『約束』よ」

 イヴは真剣な顔をしてフリンに聞き返す。

 フリンは仕方なく頷いた。

「必ず、帰ってきて。生きて帰ってきてくれなかったら、承知しないから……!」 

 イヴは、子どもの頃からずっと一緒に育ってきた、いつまでも煮え切らない、友達以上恋人未満の彼を、ぎゅっと抱き締めながら言った。

 どう考えても、フリンはこの時、彼女にきっぱりと別れを告げてやるべきだったのだが……フリンが軽はずみに口にしたこの『口約束』は、残念ながら、叶わない約束となるのだった。


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