(4)
「貴方にひとつだけ、聞いておきたいことがあるんだけど……」
キリエは、どうにも納得いかないことが一つだけあったことを思い出して、隣を歩くオーランドに尋ねた。
「貴方は、そもそも、クアナ姫のことが好きだったんじゃないの?気が多いと言われても仕方がないことだと思うんだけど……?」
キリエの直球の質問にも、オーランドは全く狼狽えることなく答える。
「分かってないなーキリエは。僕は『略奪愛』には全く興味がないんだよ。そんなものに、何の意味があるのか正直さっぱり分からない。最も効率が悪くて、コスパの悪い恋愛じゃないか」
何それ、つまり私は『コスパが良い』とでも言うのだろうか……?キリエは心の中で文句を言った。
「クアナがどんなに魅力的な女の子だったとしても、どこからどう見てもコールにぞっこんで、コールもまんざらじゃない様子なんだから、その時点で彼女は、僕の眼中からは完全に外れてるんだよ」
オーランドは当たり前のことだとでも言うように、そんなことを口にする。物凄い割り切り方だな。普通、隣の芝生は青く見えるものなのではないのか?
それが、オーランドの方便なのか、本心なのか、判別は出来ないけど、なんか、少しだけ分かってきたかも。……この人のこの思考回路は、完全に『持てる者』ならではの考え方だ。いくらでも選択肢があり、余裕があるからこそ辿り着く思考。数限りあるものからしか選ぶことのできない立場の人間には、到底到達できるものではない。
「クアナのことは、今も昔も変わらず大好きだよ。でもそれは、どこかに閉じ込めて自分だけのものにしたいとか、そういう欲求の対象としての『好き』ではないんだ。……とっくの昔にお嫁に行っちゃったけど、僕にも可愛い妹が一人居るんだ。妹に対する愛と似てるね、クアナへの愛情は」
キリエは一人で赤面していた。どこかに閉じ込めて自分だけのものにしたい……なんて、ちょっと、さらりとそんな発言しないでよ……身が持たないから。いや、そもそもその欲求って、かなりヤバい人のそれなのでは……?
「って、そんなことを僕に聞くってことは、キリエも、クアナに焼きもち焼いてくれてるんだね!なんかめちゃくちゃ嬉しいんだけど……!」
何を言っているんだか……。
「……やっぱり、一番分からないのは、なんで貴方みたいな、こんなハイスペックな王子様が、私みたいな大して顔も良くないし、何の取柄もない落ちこぼれを、これほどまでに溺愛してしまうに至ったか、よ……貴族じゃなかったら誰でも良かったんでしょ、節操ないんだから……」
キリエは溜め息をついて言った。
「いい加減にしなよ……。いったいこの上、何をどうしたら信じてくれるんだ……」
オーランドは嘆くように言った後、意を決したように続けた。
「口が裂けても教えてやるもんかと思っていたんだけどな……。一度しか言わないから、よく聞けよ……!」
オーランドはたっぷり三十秒は溜めた後に、キリエの顔に人差し指を突き付けながら一言一言告げるように言った。
「言っとくがな!君は、め、ちゃ、く、ちゃ、可愛いんだぞ……!鏡を見て、よく考えてからモノを言え……っ!僕の人生、初めての、正真正銘の『一目惚れ』だっ!」
キリエは、今度こそ雷に撃たれたような衝撃を受けた。いやいやいや……何言っちゃってるの、この人。頭おかしいんじゃないの?
顔面偏差値がどうとか言ってたくせして……。
まったくもう……。
そんなこと言われても、ぜんっぜん嬉しくなんかないんだから……っ!
キリエは、しばらく両手で顔を覆ってうつ向いていた。
うう……っ。
さすがのキリエも、認めざるを得なかった。
この人は本気だ。なまじ知能レベルが高いせいなのか、一風変わった趣味はお持ちのようだけど、一途に自分のことだけを想ってくれていることだけは確かなようだ。
「……分かりましたよ、オーランド。私ももう、この後に及んで、逃げも隠れもいたしません」
キリエも、覚悟を決めることにした。
この人のおかげで、キリエが心を救われたのも事実なのであり、この人がキリエの、『白馬の王子様』であるのは、紛れもない事実なのだ。
彼の真摯な優しさに免じて、きちんと言葉にして、その想いに応えなければならない。
キリエは、彼の呪力の色と同じ、鮮やかな緑色の瞳を見据えて言った。
「白状します。私も、貴方のことが……大好きです!」
そして、背伸びをして、彼の首をぐっと引き寄せると、完全に油断している王子様の唇を、奪ってやることにした。
まさか、帝国最強の軍師であっても、真面目の堅物で、劣等感の塊で、臆病者のキリエが、昼日中の帝都の目抜き通りの真ん中で、そんな大胆なことをするとは思いもしないだろう。
案の上、オーランドは心底驚いた顔をして固まっていた。
「副隊長、してやったりだ!」
キリエはケラケラと笑う。
「この……っ!僕を出し抜くとは、生意気なヤツめ……!僕にそんなことをしたら、どんな目に遭うか、思い知らせてやる……っ!」
あっははははは……!
「ざまーみろーだ……!」
キリエは、駆け出して、大笑いしていた。盛大な泣き笑いだ。
キリエは、さっきまで、トラウマに足を取られて、号泣していたのがウソみたいに、楽しくて仕方がなかった。こんなに笑ったのは、本当に久しぶりだ。
すべては他ならぬ、偉大なるうちの参謀長ラマン・オーランドのおかげなのだった。
夢みたいだ。……まるで、シンデレラストーリーそのままじゃないか!
「待て、このやろ……っ!」
オーランドも、キリエを追い掛けて走り出す。
キリエが彼に捕まるのは、時間の問題だろう。




