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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第3部───第三章:最も不出来な水術士の帰還
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(3)

「この子の所属する部隊の、副隊長を務める、ラマン・オーランドと申します」

 副隊長は、生真面目な顔をしてキリエの母に向き合った。

『この子』と言われるような年齢でもないんだけど……。たった二歳差なのに、保護者面するんだから……。

「彼女は、『別れの挨拶』に来たんですよ。これから、過酷なクエストに出掛ける予定なので。……もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。いいんですか?最期の別れが、こんな形になっても」

 母は冷たい顔で嘲笑(あざわら)った。

「別れの挨拶だと……?何を大袈裟な。……私は予言する。最期の別れになどはならないだろう。コカトリス第三小隊だろう?……貴方たちほどの実力者の集まりならば、いかなるクエストも、軽々とクリアすることだろう。特に、貴方たちの隊長、エンティナス・コールは、『付与されし者』だ。そう簡単に敗れるはずがない」

 オーランドは首をひねる。『付与されし者』……?それはオーランドも、初めて聞く単語だった。

「副隊長、帰ろう。何かを期待した私がバカだった。私の家は、ここじゃない……」


 とぼとぼと、ゆっくりとした足取りで寮までの道を辿るキリエは、ずっと静かに涙を流し続けていた。十四年分の涙だった。キリエは今日、そうやって、一生懸命、何かを乗り越えようとしているかのようだった。

 オーランドは、そんなキリエの隣を、黙って静かに歩いている。

「なんで、私がここにいると分かったんですか……?『索敵』も使えないくせに。ストーカーですか、貴方は……」

 オーランドは肩を竦める。

「会いたい人間には会ってこいって、隊長にそんなこと言われたら、真面目なキリエなら、実家に行くに決まってるじゃない。十数年間、帰ってなかったんでしょ?」

 キリエはまだしゃくり上げながら、ふーーーっと、長く震えるような溜め息を一つついた。

「貴方は、何でもお見通しなんですね」

 さすがだ。最強の軍師の名は伊達じゃない。彼は、キリエが実家に帰ることを予期しただけでなく、その先で、打ちのめされて帰ってくるだろうことすら、予見したのだ。でも、それが予見できたからと言って、こんな自分のために、わざわざ出張(でば)ってきてくれる理由にはならない。

「……ありがとう」

 副隊長の優しさに、心から感謝の言葉が込み上げきた。

「私一人では、到底あんな恐ろしい人に、太刀打ち出来なかったと思います」

 正真正銘の、私の、白馬の王子様だ……。

「よく頑張ったね」

 オーランドは、隣を歩くキリエの肩を、そっと自分の方に引き寄せた。

 ととと……と、よろけるようにキリエの身体がオーランドの(ふところ)に納まる。

 キリエはどぎまぎしながら、副隊長に身体を預けたまま、高級住宅街を歩いた。彼の手が、繊細にキリエの髪を撫でている。その優しい体温が、堪らなく貴重なものに思えた。

「意外に、紳士なんだね、副隊長って……」

「『意外に』は、余計でしょ。君は僕のこと、誤解し過ぎてるよ」

「ごめんなさい。それは、否めないかも……でも、今やっと理解しました。貴方は、一途で、紳士な方です」

「……でも、気を付けた方がいいよ。さすがに僕は、うちの鬼隊長ほどは、ビビりでも、奥手なタイプでも、ないからね……」

 副隊長の突然の言葉に、キリエはギクリとしてその顔を見上げる。

「キリエ」

 オーランドはそこではたと立ち止まり、真面目な顔をしてキリエに向き合うと、その名を呼んだ。

 ハイソな高級住宅街の、ど真ん中である。

 晩秋。王子様の背後では、ユリノキの並木が黄金色のアーチを作っていた。

「大好きだ……!」

 オーランドは、これ以上は我慢ができないとでも言うように、キリエの身体を手放しでぎゅっと抱き締めると言った。

 な、何を唐突に……。

 そして彼は、幸せそのものというような、底抜けに明るい笑顔で、キリエの顔を覗き込んで言うのだった。

「結婚しよう……っ!」

 何なんだこの人は……!まるで子どもじゃないか!

「や、やめなさい!こんな昼日中の、住宅街で……!何を考えているんですか!?恥ずかしいったらありゃしない……っ!」

 実際、道を歩く紳士淑女たちが、何事かと振り返っている。そして、それが惚れ惚れとするほどの貴公子であることを認めると、彼らは次々と祝福の拍手を贈った。イケメンはズルいな……。普通なら避けて通るところだぞ。

 おめでとう……!若いね……っ!道行く人が好き勝手に祝福している……。

「ち、ちょっと待ちなさいよ……!私まだ、返事もしてないって言うのに……っ!」

「いいじゃない?もう、実家のお母様にも挨拶しちゃったし。エリンワルドの義理の弟になるのは、ちょっと憂鬱だけどね……。問題は、僕の実家だよ。我が家の方が、もっと厄介だと思うよー。なんせ、僕の母は、僕を術士に仕立て上げた翠緑の呪力に、この上ない深い恨みを募らせてる人だからね……。僕がカイル家の、生粋の紺碧の持ち主なんて連れていったら、どんな目に遭うことか……」

「そ、それは、イヤです……!辞めましょう、やっぱり、こんな馬鹿げたことは……貴方には、侯爵令嬢の方がお似合いです。一時の気の迷いでしょう?副隊長……!」

「僕が気の迷いでこんなことを言うもんか……っ!いったい僕がどんな気持ちで、この二年弱、君の隣にいたと思ってるのさ……意地悪なヤツだな……!」

「あ、貴方に『意地悪』とは、死んでも言われたくないですね……!貴方の悪どさと言ったら、ほとんどサイコパスですよ……!クズ、クズ……このクズ……!」

 せっかく良い雰囲気だったと言うのに、立派な喧嘩っプルの、出来上がりである。

 さっきまで祝福していた人々は、なんだなんだ、今度は痴話喧嘩か……?と、二人の周りを明らかに避けて通っていた。

「だいたい、何が腹立つって、その自信満々な態度よ……!貴方は、まさか私が断るなんて、毛ほども思ってもないんでしょう……?」

「だから、それが『誤解』だって言ってるんだ!受け容れてもらえるか、断られるかなんて関係ないんだよ!これから、生きて帰れるかどうかも分からない場所に赴くって言うのに、伝えられる時に伝えておかなかったら、後悔するに決まっているだろう……!?」

 キリエはようやく口をつぐんだ。

 正論すぎて、反論出来ない。

「ごめんなさい」

 キリエは、再び頭を下げねばならないことになった。


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