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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第3部───第三章:最も不出来な水術士の帰還
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(1)

 コカトリス第三小隊に、希に見る平穏な日々が続く中、本当に久方ぶりに、コールはオーギュスト二世に呼び出しを受けていた。


 約五年前、初めてこの人に呼び出された時と同じ場所だった。

 色の濃いウォルナット材の猫足の机と、差し向かいに置かれた二脚の椅子。質素で飾り気のない部屋だ。

 銀髪の青年は、いつかと同じように、優雅に遅れて現れた。艶やかな絹糸のような銀髪が、紫色の瞳に陰を作っている。

「相変わらずだね、コール。やっぱり君は、私の気に入る……研ぎ澄まされたナイフのような美しさだ」

 皇帝は惚れぼれと帝国最強の闇術士を眺めていた。

 コールは寒気がした。やはり、いまだにこの男は苦手だ……。皇帝に、自分を害する意図はないと頭で理解はしているのだが、いつまで経っても、この人を目の前にすると、狙われた捕食者のような心地になる。

「会いたくて堪らなかったよ、コール。これでも私は我慢してたんだ。君に会うのは、ここぞと言う時だけにする、そういう誓いを立ててしまっているからね」

「それはそれは、随分と有難いことですね、いちいち貴方みたいな恐ろしい人に呼び出されていたんじゃ、こっちの身が持たない……」

 コールは舌打ちして言った。

「それで、リオンのお姫様はどんな様子だい……?」

 皇帝はわざと、いつかと同じセリフを口にした。

「お陰さまで、俺も『身を固める』覚悟が出来ましたよ」

 面白がられるのも(しゃく)なので、コールはむす……とした顔のまま、きっぱりと言った。

 紫色の瞳が、猫の目のように細められ、皇帝はいつもの蠱惑的(こわくてき)な笑みを浮かべた。

「コールのしぶとさたるや、なかなかのものだったけど、最後には陥落したんだね。……私の勝ちだ。君があの清らかで可憐な聖女を前にして、その魅力に抗えるわけがないと思っていたんだ。私の見立ては、誤ってはいなかっただろう……?」

 くすりと愉しそうに笑いながら言う。

 相変わらずいけ好かない……。だが、これがこの人お得意のおちょくり方だと言うのも分かっている。

「それで……!何か、よほど大事な用事があるんでしょう?勿体ぶってないで、さっさと話したらどうなんですか」

 コールはさっさとこの場を辞したくて、そう口にした。

「君は相変わらず気が短い。……では、単刀直入に言おう。ランサー帝国の東の端に、地底世界への入り口がある。地底世界――冥府と地上世界の中間に位置する、闇の眷属たちの棲み家だ。君たち、コカトリス第三小隊には、彼の地へ向かい、『来るべき闘い』に備えて、ドワーフの王に会ってきてもらいたい」

 コールは急な話の展開について行けなかった。

「は……?いったい、何の話ですか……地底世界……?」

 ついに頭がおかしくなったのか……?

「私は至って真面目だよ。これは、私が君に命じる、最後の派兵命令(クエスト)だ。この、困難極めるクエストを見事クリアした(あかつき)には、私は君に、シノン辺境伯の爵位を授けようと思う。つまり、君はこのクエストを最後に、ランサー帝国軍を退くこととなるだろう」

 コールは、その言葉に胸を突かれた。……そうだ。あまり考えたことはなかったが、シノン公になると言うことは、『現場を退く』ということなのだ。一領主として封じられたからには、軍隊の一員として戦っている場合ではない。

「現場を退く……か。城でふんぞり返っているだけなんて……俺には到底向いてなさそうな話ですけどね」

 コールは自嘲した。

「そんなことを言っていてはいけないよ。君には『クアナ姫を幸せにする』という、大切な大切な使命があるんだからね……」

 そうやって、どうあっても、あの強力な聖術士をランサーに縛り付けておくつもりなんだな、このご仁は……。コールがクアナの気持ちを知っていても、いつまでも決断を保留にしていたことには、単純に、この策略家の術中に(はま)るのが悔しかったということもある。自分で決めたこととは言え、なんとも因果な話だ、と、コールは思わずには居られなかった。

「それにしても、『地底世界』に『ドワーフ』とは……」

お伽噺ではないのだから……。

「信じられないのも無理はない。私も、その辺りの臣下か誰かに話を聞いただけならば、お伽噺だと笑い飛ばしていただろう。……だが、私には強力な『助言者』がいる。彼の助言によれば、地底世界の王を地上に引っ張り出し、ランサーの味方に付けておくことは、今後の闘いにおいて、非常に重要なことらしい」

「今後の闘い……?」

 話が、全く読めない。

「心して掛かりたまえ……。地底世界は、冥府に近い分、魔物の力が地上よりも強力だと言うよ。君に、ニーベルンへ行かせ、エリスと交流させたのは、そのためなんだ。地底では、溢れかえる魔物(モンスター)を使役する力が、大いに役立つだろう」

 突然ニーベルンへ出向などと、また思い付きで突拍子もないことを命じられたものだと思っていたが、この人は、そんなことを考えていたのか……?冗談を言っているようには、とても思えない。

「それはそれは……またもや私に、困難なクエストを与えるんですね、貴方は」

 ドラゴン討伐と言い、クアナの里帰りと言い、ニーベルン公国攻略と言い……これまで何一つとして簡単なクエストなどはなかった。

「いま、この国は今までにない『平和』の最中にある。南にはリオンが、北にはニーベルンのエリスと言う、超強力な盾がこの国を守ってくれているからね。むしろいまこの時が最大のチャンスだとも言える。少しの間、最強のコカトリス第三小隊が不在でも、心配はなかろう。ここへ来て私は、満を持して君を送り出すわけだ」

 コールは圧倒されていた。この人の考えることは……やはり、常人のそれを逸している……。

「そして、貴方の考えるその展望の先には、『来るべき闘い』――つまり、大陸を巻き込む術士戦争が、あると……?」

 南方諸国、ランサー帝国、北部連合――西大陸を巡る三つ巴の戦いが、ついに始まるというわけだ。

 しかし、皇帝は、それには頷かなかった。

「単純な術士戦争に終われば、いいんだけどね。その先のことには、さすがの私も、考えが及ばないのさ……」

 皇帝の言葉は、彼には珍しく、頼りない不安げな調子が含まれていた。




「地底世界……?ドワーフ……?隊長、大丈夫?頭でも打った……?」

 オーランドが真面目に心配そうな顔をして言う。

「くそ……ムカつくな。俺のせいじゃないぞ。陛下が言うんだから仕方がないだろうが……」

 ランサー東部にある洞窟の地下に、地底世界への入り口があるなんて、そんな荒唐無稽な話、コールだってにわかには信じられない。

「まあ、たしかに古代の文献なんかを読んでると、たまにちらちら出てくるんだけどね。この地上世界の地下には巨大な地下空間があって、ドワーフや闇の眷族たちが一大帝国を築いているとかなんとか……」

「あの皇帝が、冗談でこんなことを言い出すとも思えない。しかもあのお方は、そのために俺に、『生けるものの使役』を、エリスから継承させたと言うんだ。地底には、地上の魔物とは比べ物にもならないぐらい、強力な魔物がうじゃうじゃしているらしい……」

「陛下も相変わらずですね。コカトリス第三小隊が精鋭部隊だからって、無茶なことばかり要求してくるんですから……」

 フリンが不安そうな声で言う。

「それと、このクエストを無事攻略できた場合、陛下は俺に、シノン公の爵位を与えてくれると言っていた」

 隊員たちは一斉にどよめく。

「ついに、ですか……!」

 フリンの声が浮き立つ。

「逆に言うと、それだけ困難なクエストだって、ことなんでしょうね……」

 キリエは怯えたような声を出す。

「あら、腕が鳴るじゃない?私たちが頑張れば、晴れてクアナ姫は、大好きな隊長と結婚できるんですものね……!」

 リッカは姉御肌らしい、頼もしい口調でそう言った。

「け、結婚……出来るのか……やっと……!」

 クアナは俯いてはにかみながら、左薬指にはめられた金色の指輪を撫でる。

「何それ……僕らにはなんのメリットもないじゃないか、酷い話だよ……!」

 オーランドは盛大にぼやいている。

「そして、さらに言えばこれが……俺のコカトリス第三小隊での、『最終クエスト』になる。シノン公になったら、俺は帝国軍を退くことになるからな。お前たちと同じチームでいられるのは、これが最後というわけだ」

 コールの言葉に、六人のメンバーがそれぞれ、口をつぐんでその事実を噛み締めた。

 「特命係」と言われるコカトリス第三小隊の隊長は、最強の闇術士コールで、賢く優秀な参謀長がいて、リオンの姫君にして最強の聖術士がいて……そんな、当たり前だと思っていたメンバーで、一緒の時間を共有できるのが実は貴重なことなのだと言うことを、全員が思い知らされた瞬間だった。

「淋しいこと言わないでよ、隊長……」

 オーランドが呟く。そんな時の彼はやっぱり、子どもみたいだった。いつもあんなにいがみ合ってるくせに。キリエはオーランドの淋しげな横顔を見ながら思った。

「しんみりしてる場合じゃないぞ……。出発は一週間後だ。それまで、休暇とする。その間に、各自、会いたい人間には会ってこい。それから、地底世界がどんな場所かは分からんが、充分な準備をしておくこと。以上だ。解散……っ!」


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