(2)
「オーランドって、絶対キリエのこと、好きだよね……!」
クアナがカヌレを選びながらキリエにこそこそ耳打ちしている。
「なに言ってるんですか、それはないでしょう」
「じゃあどうして今日はわざわざキリエを連れ出したと思うの?」
「そりゃーたまたま暇そうな私が目の前に居たからとか、そういう軽いノリでしょう。気紛れですよ、彼の」
「分かってないねえ、キリエは。他人の恋愛話には鋭いくせに、自分のことになると、とことん鈍いんだから……。見た目と雰囲気から誤解されがちだけど、オーランドは軽はずみにそういうこと、する人じゃないよ。緻密な戦略家だし、意外に責任感もあるんだから」
オーランドと三年近い師弟関係にあるクアナは、いまやすっかり彼のよき理解者だった。
「ああいうの、『一目惚れ』って言うんじゃないかな?初対面から、明らかに態度が違ったもの。キリエは知らないからだけど、オーランドが私と初めて会った時、私に対してはあそこまでの興味は持ってくれていなかったと思うよ。オーランドが他人にお節介を焼くのは、愛情の裏返しなの、キリエもそれは、良く知っているでしょう……?」
キリエはとても、うんとは言えず、首をかしげている。まあ、たしかにオーランドの特性は『お節介』だ。オーランドは、コールとクアナに、並々ならぬ愛情を注いでいて、それゆえの『お節介』は、度を越しているところがあったものだが……。
「愛情の裏返しで、お節介を焼いてくれているのは事実かもしれませんが、恋愛対象ではないですよ。あんな、引く手あまたのハイスペック男子が、私みたいな卑小な存在を、相手にするわけがないでしょう?」
「卑小な存在って……。キリエ、貴方ってやっぱり、自分の魅力に、全然気が付いていないんだね……」
クアナは呆れて言った。
「ど、どういう意味ですか?私なんて、クアナ姫みたいに透き通るような白い肌に、空色の瞳も無ければ、金色フサフサの睫毛もないし、キツネ目だし、肌だって、日に焼けるとすぐに小麦色になってしまうし……良く見たら、そばかすもほら、いっぱいあるんですよ……それから、それから……とにかく、クアナ姫が羨ましくて堪らないんですよ、私は、毎日!」
私にも、白馬の王子様が現れて欲しいって、思っているけど、それは到底無理な話だってことも、わきまえている。
「まあ、貴方がそう思うなら、別に構わないけどね。そんなところが、貴方の何よりの魅力だから……」
クアナも、出会った時から思っていた。キリエはとことん真面目で真っ直ぐで、物凄く不器用。エンティナス城で、クアナに謝りながら、『私なんか死んだほうがマシ……』と泣いていたキリエの姿が、今でもありありと思い出される。そんなことを素直に口にできる人なんて、他にいるだろうか。
「平和だな……」
コールは頭の後ろで手を組んで、女子二人の楽しそうな様子を見ていた。
「平和だねー……。ひょっとして、術士なんて、この国には必要ないんじゃない……?」
オーランドもぼんやりとそんなことを言った。
「お前の好みってああいう女だったんだな」
コールがぼそりと呟く。
「な、なんか文句ある……っ?」
ぎくりとしてオーランドが答える。
「僕はね、大切に大切に守ってあげないと、壊れちゃいそうな人がタイプなんだよ。自分がとことん『陽』の側の人間だからかな。自分のことを明るく照らしてくれる人、というよりは、ひっそりと日陰にいるような花にひかれるんだよね」
「キリエに失礼だぞ、その言い方は。中身は日陰の花どこじゃ全くないじゃないか。リッカに負けず劣らずの強キャラだ」
オーランドはくすりと笑った。
「そうそう。卑屈そうに見えて意外にそうじゃないとこもまた魅力だよねー。たぶん、本来生まれ持った性格は、気位が高くて負けず嫌いなタイプなんだよ。あの子が劣等感の塊になっちゃったのは、カイル家の育て方のせいで、完全に後付けの環境要因だと思うね。普通の家庭で育ってたら、今頃めちゃくちゃ気高くて立派な人間になってたことだろう」
好きな女の子について、語り出すと止まらなくなるオーランドだった。
「隊長こそ。あんなに年若い娘がどうとかとか、皇帝の策略がどうとかとか言ってたくせに、いまやお姫様にぞっこんじゃないですか」
オーランドがここぞとばかりににやにやしながらお返しをする。
「お前がそれを言うか……?」
コールは呆れた口調で言い返した。
「策略にハメられたのは悔しいが、クアナが可愛いのは事実だから仕方がない……。正直、子どもにしか見えないけどな……。」
「またまたそんなこと言ってー。大好きなんでしょ、いい加減認めなよ」
「誰も好きじゃないとは言ってないだろう。普通に大好きだ。クアナは可愛いぞ、さぞ羨ましかろう?」
こ、コイツ……!相変わらず顔色一つ変えずに淡々と話す端正な横顔を見ながら、やっぱりコイツには一生敵いそうにない……と、悔しい思いをするオーランドだった。
後になって振り返ってみると、『嵐の前の静けさ』だったということが分かるのだが、その年、ランサーは南方諸国とも、北部連合とも休戦状態にあり、本当に、平穏な一年だった。
コールがシノン公に封じられ、前線から退くまでのこの一年間が、コールとクアナ、そして、コカトリス第三小隊の現メンバーが一緒に過ごす、最後の貴重な日々だったのだが、その時の彼らは、そんなことには全く気が付いていなかったのだった。




