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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第3部───第一章:貴様ら……俺のクアナに、貴様らのような凡俗な考えを吹き込むな……殺すぞ……
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(3)

「では陣形を整える。先頭はキリエとリッカ、その後ろに俺とクアナ、最後尾はオーランドとフリンだ。前方からの敵はリッカ、頼むぞ。お前が、水術士(キリエ)をしっかり守ってやってくれ」

 コールの指示を受けて、パーティーはダンジョンの攻略を開始した。

 先頭を行くリッカとキリエは、お互いむすっとして、そっぽを向いている。

 コールはどうにかこの二人が協力し合える間柄になってくれるよう、わざと先鋒に据えたのだったが、こんな様子で果たして、無事にクエストをクリアすることが出来るのだろうか。

 古城の地下は、入り組んだ地下牢となっていた。増築に増築を繰り返したのか、地下へ続く階段と廊下は、複雑な形で連なっている。

 キリエの索敵がなければ、たちまち迷ってしまうところだ。

 キリエは優秀な風術使いだが、索敵の発動させている間は攻撃呪文は使えない。

 リッカには、索敵の術を使いながらパーティーを先導するキリエを、前衛として守る重要な役割を与えられていた。

 ま、ゴブリンの魔窟なんて、私の手を(わずら)わせるようなダンジョンではありませんけどね。

「先ほどは、私も少し言い過ぎましたわ。貴方を見ていると、どうしてか、かまってあげてしまいたくなると言うか……庇護欲を刺激させられると言うか……」

 それは庇護欲ではなく、『嗜虐欲』と呼ぶのが正しいのではないか……?と、後方に続く者たちは思ったが、さすがに誰も口に出しはしなかった。

「……いいんです。貴方の言うことは全て、『事実』ですから。腹は立ちますが、反論は出来ません」

 少し冷静になったキリエには、リッカにそう言い返す余裕ができた。

「それよりリッカ、この先に、魔物の気配が多数あります」

 キリエは緊縛した声で、斜め前を歩くリッカに告げる。

「余裕ですわよ。私の火焔の威力を見せて差し上げましょう」

 キリエの言った通り、醜悪な姿のゴブリン達が、徒党を組んで襲いかかってきた。

「〝焼夷(しょうい)の奔流〟」

 リッカの右手から激しい焔が奔流となって溢れ出す。ゴブリンなど一溜りもなかった。五、六匹いた魔物達は、一瞬で燃え屑となる。

「どうやら『戦乙女』の二つ名は伊達じゃないようだな」

 コールは素直に称賛する。

 焔術ほど、単純明快な術もない。ひねりもなく、純然たる力業の攻撃呪文。弱点は、スピリット系などの、燃えない相手には効かないことと、水術の盾には手も足も出ないこと。敵がそういった相手でもなければ、単純な『焔』もしくは『雷』という、これほど爽快で強力な攻撃呪文も他にない。

 だからこそコールは、今回ゴブリンの巣窟をリッカに相応しいクエストとして選んだのだ。

 パーティーは、リッカの放った焔の熱の余韻の残る、長い廊下を踏みしめて進んだ。

 その後も何度かゴブリンの群れと遭遇はしたが、リッカの安定感たるや、安心して前衛を任せることが出来た。

 性格にやや難はあるが、オーランドの言う通り、ちゃんと使えば役に立ちそうな人材だ。

 コールはほっとしてリッカの頼もしい後ろ姿を見ていた。


「リッカ、次の部屋に、ボスがいます。今までの敵とは、比べ物にならないぐらいの呪力を持っているから、気を付けて」

 キリエはリッカに忠告した。

「心得ましたわ。ありがとう平民術士さん。落ちこぼれにしては、案外役に立ちますわね、あなた……!」

「どういたしまして。貴方こそ、じゃじゃ馬娘の割には、しおらしく隊長の命令に従っているじゃない、意外だったわ……!」

 二人の視線がバチバチと火花を散らし合う。むしろ、もはや息のあった掛け合いの様にも感じられてくる。

「相変わらず口の減らない方ね。私の好敵手と認めて差し上げるわ……っ」

「その辺にしとけ、二人とも」

 いつもはフリンあたりに仲裁されてばかりのコールが、二人の仲裁役に回っているのがなんとも新鮮だった。

「呪力の残量は大丈夫か?もしも、不安があるなら後ろの俺たちが替わるから、ちゃんと申し出ろよ」

 コールは念のため言っておく。リッカの呪力の所要量はもちろんのこと。実を言うと、キリエに関してもまだ把握しきれていなかった。キリエが呪力を使い切るほどのシチュエーションは、彼女が来てから今日まで、一度もなかったからだ。

「了解です。隊長」

「かしこまりましたわ、カイル家の落ちこぼれならいざ知らず、私の辞書に『呪力切れ』という単語はありませんから……!」

 リッカは堂々といい放つ。

「勇み足で、足を引っ張るのだけは止めてよね、敗けを認められない貴方みたいなタイプが、一番危ないんだから……」

 コールは苦笑する。……意外だった。キリエはリッカに全く負けていない。劣等感の塊かと思っていたが、中身は物凄い負けず嫌いなんだな。

 そう言えば、初対面の時にこの娘には、もの凄い剣幕で叱られた覚えがある。コールはキリエがコカトリス第三小隊に配属された当初、彼女の存在を忘れて、一人で城に置き去りにして、こっぴどく怒られたことがあったことを思い出して、冷や汗をかいていた。

「行きますわよ!」

 キリエの言葉をぶった切って、リッカはボスの待つ部屋へと足を踏み入れた。

 果たして、その部屋で一行を待ち伏せしていたゴブリンのボスは、今までにリッカが屠ってきた個体とは、全く違う姿だった。

「いっ、いけない……!」

 キリエは慌てて索敵の術を解いた。

「〝薄鈍(うすにび)の壁〟」

 驚いて立ちすくむリッカの前に、キリエが素早く立ち塞がり、水術唯一の物理防御壁を展開させた。

 ドドドドド……っと激しい音が響き、すんでのところで妨害の壁が、激しい(やじり)の雨を受け止める。

 待ち構えていたゴブリンは、弓兵だった。連射できるクロスボウを手に持っている。生身で受ければ一溜りもない。

「さすがだ……キリエ!」

 普通の水術士にこの動きはできない。

 風術士として身体を鍛えているキリエならではの瞬足の身のこなしだった。

 そしてもちろんリッカも、それを茫然と見ているだけではなかった。

「〝万雷(ばんらい)〟……!」

 リッカの長い赤毛が生き物のように逆立つ。危うく不意打ちを食らいそうになったリッカの、怒りに震える一撃がゴブリンの弓兵に降り注いだ。

「『万雷』とは……。ちょっと、やり過ぎじゃないか?」

 オーランドは苦笑した。

 ゴブリンは、攻撃力はそこそこあるが、体力(タフネス)が低いことで有名だ。

 防御無視の雷の直撃を受けたオークは一溜りもない。一撃だった。

「終わり、ですね……」

 キリエはオークが倒れているのを見て、ため息をついた。

「キリエさん……命拾いしましたわ。本当に、ありがとう……っ」

 リッカが初めて、キリエのことを『落ちこぼれさん』ではなく、きちんと名前で呼んだ瞬間だった。

 リッカは手放しでキリエに抱き付いていた。

「ち、ちょっと、止めなさい、暑苦しい……っ!」

 キリエはリッカを振り払おうとするが、リッカの方が上背があるので、逃れられない。

「逃しませんわよ……生命を救っていただいたご恩、アークライト家の威信に掛けて、いつか必ず報いてみせますわ……!」

 コカトリス第三小隊のメンバーはみんな、そんな二人の様子を呆れ果てて見ていた。

「仲良しになった……のかな?これで、一件落着?」

 クアナはそんな二人の様子を、ニコニコしながら見ていた。


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