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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第3部───第一章:貴様ら……俺のクアナに、貴様らのような凡俗な考えを吹き込むな……殺すぞ……
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(2)

「クククク……面白かったねーキリエ。あの子も真面目だから、コールに負けず劣らず、挑発に弱いんだ……」

 オーランドは心底楽しそうに笑いながら、目尻の涙を拭いていた。

「まったく笑えんぞ……いったい、なんなんだあの女は……」

 珍しいことに、コールはオーランドを捕まえて、差し向かいで強キャラ過ぎる新参者への対策会議を開いていた。

「あれで随分丸くなったんだよ。十代の頃までは、冗談も通じない、戦乙女どころか、氷の女王みたいな女の子だったんだから……。まあ、あの性格だから、他に行き場がなかったんでしょ。僕が副隊長だからって、押し付けられたよね、完全に」

 オーランドはまだ笑いの余韻を引き摺ったまま言った。

「悪いが、お前に丸投げさせてもらうぞ……」

 コールは疲れた顔をして言った。

「たしかにリッカは、コールとも相性悪そうだよね……。オーケー、余裕で引き受けますよ。僕も、『未来のシノン公』に恩を売っとくいい機会だし。リッカとは、あの子がこーんな小さい時からの付き合いだからね、じゃじゃ馬の扱いなんてお手のものさ」

 オーランドは『こーんな』と手で示しながら、悪巧みの顔をして言った。

「扱いにくい部下をうまく御するのも、上に立つ者の腕の見せ所だよ、コール!僕に任せておきたまえ」

 コールはやる気満々の顔をしているオーランドを見て、嫌な予感しかしなかった。これまでの経験上、コイツがやる気を出して、平和になったことなどかつて一度もない。

 コカトリス第三小隊始まって以来の、波乱の予感である。




 アークライト・リッカは、新しい配属先のパーティーのメンバーとともに、派兵命令(クエスト)を受けて、帝都の外れにある、見棄てられた古城の地下にあるダンジョンへと向かっていた。

 オーランド様は言っていた。これは『洗礼』だと。

 コール隊長は、パーティーに新入りが入る度に、その人間の能力を測るに相応しいクエストを用意すると言う。

 上等じゃないか。

 アークライト・リッカの力を見せつけてあげましょう。配属初日から、嘗められたのでは堪らないわ。特にあの、『カイル家の落ちこぼれ』には。

 リッカは正直少し、焦っていた。

 自分の美貌には自信があったから、少なくとも顔面でキリエ・カイルに負けるつもりはなかった。

 それなのに……。初めて相見えたカイル家の落ちこぼれは、予想外に『可愛い』かった。

 黒髪ストレート、すっきりとした切れ長の目に、どこか憂いのある涼し気な藍色の瞳。地味だけど、オーランド様が評したとおりの『エキゾチックで中性的な顔』。リッカの持っていないものを、すべて持ち合わせたような存在だ。

 ああ……これが、世に言う『嫉妬』という感情なのね……。リッカは、自分の中に沸き上がってくる、強烈な感情を、抑えることが出来なかった。

 このアークライト・リッカが、『嫉妬』ですって……?

侯爵令嬢として蝶よ花よと大切に育てられ、容姿、能力ともに他人より頭一つ抜きんでていたリッカは、他人に嫉妬心を抱くことなど一切知らずに生きてきたと言うのに。

 リッカが何よりも堪えたのは、大好きなオーランド様の、キリエ・カイルを見詰める眼差しだった。私の知るオーランド様は、もっと飄々と斜に構えていて、時にひどく冷酷で、女性に対して、あんなに優しい顔をするような方ではなかった。あの方の、あんな眼差しは見たことがない。オーランド様は、愛しいものを愛でるような眼で、あの地味で幸の薄そうな水術士のことを見詰めていた。

 オーランド様とは十数年来の付き合いだけど、少なくとも私には、あんな愛しげな眼差しを向けていただいたことなど、ただの一度もないわ。ただの、一度もよ。

情けない……。この私がこんな、醜い嫉妬心を他人に抱くなんて……。

「リッカ、大丈夫?思い詰めたような顔して……」

 傍らを行く愛しのオーランド様に声を掛けて頂いて、リッカははっと我に帰った。そ、そうよ、私には大切なお役目があると言うのに……。醜い嫉妬心など、燃え上がらせている場合ではないわ。

 アークライト家の威信に掛けて、頑張らなくては……。


「懐かしいな、ここ。若い頃に来たことがある」

 しんがりのオーランドが古城を見て言った。

 地形的に深紅の呪力が溜まりやすい場所なのか、この場所の地下には、定期的にゴブリンが棲み付いていた。

「副隊長、『若い頃』なんて表現は、自分が年寄りだと認めているようなものですよ。まだ二十代でしょうあなた」

 キリエがすかさず突っ込む。

 出た、キリエの揚げ足取り。隣で聞いていたフリンは溜め息をついた。

「キリエさん、そろそろ副隊長のこと、許してあげてください。悪気はないんですから」

「あれのどこが『悪気がない』と言うんですか?顔面偏差値がどうとか……この人はいつもいつも、悪意の塊でしかないですよ……!」

「静かにしろお前ら。ダンジョンに入るぞ。陣形を整える」

 隊長が一喝した。

「す、すみません……!」

 フリンとキリエははっとして縮み上がった。

「まずは……キリエ。索敵の術を頼めるか?ダンジョンのボスの位置を把握しておきたい」

「了解です。隊長……!」

 水術士の腕の見せ所だ。隊長はわざとクアナではなく自分を指名してくれているに違いない。

 キリエは、ニーベルンでの一年で、水術の十四年分のブランクを取り戻すために奮闘してきた。

 キリエはダンジョンの入り口に跪くと、地面に手を当てて、呪文を詠唱しようとした。

 くす……「心配だわ、大丈夫かしら……?カイル家の落ちこぼれに、果たしてそんな、高度な水術が扱えるのかしらね?」

 キリエはぞくりと鳥肌が立った。

 アークライト・リッカの言葉には、捨て去ったはずのトラウマを、思い出させるに充分な冷酷さがあった。

「やめて、リッカ……!キリエが、どんな思いで水術と向き合っているか、知りもしないのに、そんなことを言って……あまり酷いことを言うと、私が許さないぞ……!」

 キリエが顔色を変えたのを見て取ったクアナが、我慢が出来ないと言うように、声をあげる。クアナにとってもキリエは、大切な師匠エリンワルドの妹で、日々、水術の研鑽をともにする、大切な仲間だった。それに何より、クアナは彼女の不器用なぐらいに真面目で真っ直ぐな気性が大好きだった。

「あら、ごめん遊ばせ、お姫様。私も、この落ちこぼれさんが、まさかあの高名なカイル家に生まれたにも関わらず、貴重な水術のスキルをほっぱり出して逃げ出すなどと……そんな愚かなことをした理由なんて、とてもとても及びが付きませんから……!」

 リッカは勝ち誇ったように笑い声を上げ、

 キリエは、真っ青な顔をして言葉を失う。クアナも、リッカのあまりにストレートな言葉に凍り付いていた。

 リッカが口にした言葉は、全て紛れもない事実だったから、それだけにキリエの心に、手痛く響いたのだ。

 我ながら、なんと勿体無いことをしたのだろう。

十四年分のブランクは、取り返しが付かないほどに大きい。いま、自分自身でまさにそれを痛感しているところだったのだから。

「……キリエ。何度も言ってるけど、君の十四年間は、けして無駄なものではなかったはずだよ」

 オーランドが、跪くキリエのすぐ傍らに身を寄せ、言葉を掛ける。

「その十四年の間に君は、並みの風術士ではとうてい到達出来ないほどの風術のスキルを身に着けることが出来たんだから。この僕でも舌を巻くほどのね。『翠緑』ではなく『紺碧』の呪力を持つ君が、だよ。『紺碧』の呪力しか持たない君が、その十四年間、風術を自分のモノにするために、どれだけの努力をしたか、計り知れないほどだ」

 キリエは、副隊長を見つめ返した。察しがいいにも程がある……なぜいつもこの人は、キリエの考えていることをこれほど簡単に見抜いてしまうのだろう。なぜいつも、こんなにも的確に、キリエの心を救う言葉を言い当てることができてしまうのだろう。

 キリエは、(にじ)みそうになる涙を、なんとか(こら)えながら地にかざした右手を見つめ直した。

……大好きな水術と、きちんと向き合うことに決めたではないか。他ならぬ、頼れる副隊長ラマン・オーランドの一言に背中を推されて。

「〝淵源(えんげん)の覗き見〟」

 キリエの中の、蒼穹色の呪力が冴えざえと輝きだす。

 索敵の術もまた、そう簡単に扱える術ではない。水を扱う基本の術をマスターした次の段階で、繰り返し練習を重ねた末、やっと身に付けることのできる術だ。

「……隊長、行きましょう。ボスの位置を確認しました」

 キリエは青白い光を身体全体に纏わせたまま、しっかりと立ち上がり、コールに告げた。

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