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クアナを正式に紹介しにいかねばならない場所が、もう一ヶ所あったのだが、それについては、ニーベルンの一年に渡る出向からの帰りしなに、すでに済ませていた。
クアナとコールの恋路についての噂は、エンティナス領にもとっくに轟いていたので、エンティナス城でコールの話を聞いた父、母、ノエルとメラニーは、ようやく決心したか、とでも言うような受け止め方だった。
シノン公に封じられた暁に、クアナと結婚する、と言う話もしかりである。
「そんなこと言わなくても、さっさと一緒になってくれても、全然かまわないのよ」
「それはそうだな、こんな危険な男の貰い手など、滅多なことでは見つからないのだから、さっさと決めてしまわなければ、後悔することになるかもしれん……」
エンティナス公は、本気でそんなことを言っていた。事実、まったくその通りだろう。本当にシノン公に封じられれば話は別かもしれないが、現時点では、エンティナスの後継者でもなく、危険極まりない闇術の使い手コールには、ランサー帝国の社交界では、いい噂など一つも存在しなかった。ランサー諸侯の令嬢達からすれば、恐ろしい闇術士の妻にさせられるなんて、恐怖でしかないことだろう。
エンティナス公とその夫人からすれば、リオンの王族がよく降嫁してくれたものだと、御の字以外の何物でもなかった。
明日には、帝都へ帰ってしまうのにな……。その夜、クアナはたった一人で、少しだけ、寂しい気持ちでいた。クアナはラナキア城の、生まれ育った自室に居た。コールは賓客用の部屋を用意されていて、クアナの部屋は三階の北の端、コールの部屋は二階の南西の端……遠すぎて、顔を見ることも叶わなかった。お姉さまったら、あんなに遠い部屋をあてがって……これは絶対、わざとに違いない。
遠いなあ……。
『婚約』したのだから、ちょっとぐらい、触れ合いがあったって、いいじゃないか。一途に想い続けてやっと実った恋なのに。たった一度のハグだけなんて、コールも冷たい……って、私のバカバカ……!なんて破廉恥なことを……。クアナはドキドキしながら、自分の側頭部をポカポカ叩いた。
以前からそうだったけど、コールはびっくりするぐらい淡白なのだ。帝国最強の軍師の策略のお陰で、やっと『好きだ』と言ってくれたと思ったのに、彼の態度はその前とその後と、たいして変わっていない。
『好き』の度合いが、だいぶアンバランスな気がする。クアナがまだ十八歳で、コールが完全なる『初恋の人』なのに対し、コールは十歳以上も年上……。到底敵いっこない。大人の余裕と言うやつなのかもしれない。
いや、それとも、自分に女性としての魅力が足りないのかもしれない。
たしかに、十八にしては貧相な身体付きだし、殿方を誘惑する術などまったく持ち合わせていない。
そもそも、皇帝やオーランドに乗せられて結婚を決めてはくれたけど、もともと本当はクアナのことなど、タイプではなかったに違いない。いや、そもそも本当に好意を持ってくれているのか……?一時の気の迷いではないのか……?確証が、まったく持てない。
これからコールの元へ行って確かめてみようか……。いやいやいやいや、何を考えているんだ。そんなはしたないこと、出来るわけがない!
とても寝れっこないわ、こんな状況……!
クアナは一人、悶々とし続けていた。
斯くして、クアナの期待するようなことは何もなく、二人はシノンのドラゴンに乗り、翌日の午前中には、ランサー城へ到着していた。
クアナはせめて、ドラゴンの背中の上で、コールの腰に手を回してぎゅっとくっついていた。
このたった数時間だけが、堂々とコールとゼロ距離でいられる、貴重な貴重な時間だった。




