第2部おまけ:冥府よりの帰還
「コール。一度しか言わないから、よーく聞いてよ。……僕は、コールに本当に感謝してる」
年齢や経験を重ねたコールと違い、十代のエリスにとって『一年』とは、とても長い時間だった。
エリスは、コールとの別れをとても悲しんでいた。もっと、この人と一緒に居て、もっといろんなことを語らい合い、もっともっと、いろんなことを教えてもらいたかった。
「僕にとって、生まれて初めて出来た友達だよ、コールは」
エリスは照れたように、赤い顔をして言った。
コールは驚いた顔をして、それから、嬉しそうに笑った。
一見、冷たそうな人に見えるけど、中身は全くそんなことはなく、怒ったり笑ったり、とても感情豊かな人だ。
かっこ良すぎて腹が立つよ。全然勝てる気がしない……全然、追い付ける気がしない。
七歳から十二歳までの五年もの間、エリスはコールを倒すためだけに育てられたにも関わらず、そんなエリスにとって、今やこの人は、憧れる存在に成り果てていた。
「僕から、貴方にあげたいものがあるんだ。こういうの『餞別』って言うんだろ?」
「『餞別』……?」
「ちょっとだけ僕に、付き合ってもらえないかな……?」
そう言って、エリスが案内したのは、ニーベルンの首都を見下ろす、だだっ広い高台だった。
ちょうど、夕暮れ前で、紫色に沈みゆく首都を眺めることのできる、景色のいい場所だった。
「コール。ここで、コールのアンデッド――黒龍を喚び出すことは出来るかな……?」
「は……?別に、構わないが、何をするつもりだ?餞別に、俺のドラゴンとバトルでもするつもりか?」
エリスはそれには答えず、真剣な顔をしてコールを見つめると言った。
「僕がこれからすること、何があっても、黙って見ててほしいんだ。僕は、貴方を心から尊敬してる。僕を、信じてほしい」
コールは、いきなり神妙に何を言い出すのだ、と思いながらも、黙って頷くしかなかった。
「〃深淵からの召喚〃」
美しい黒龍が姿を現す。
エリスは距離を取り、漆黒の伝説級の召喚獣と対峙した。惚れぼれとする威容だ。最強の闇術士たるコールに相応しい。
「〃死刑宣告〃」
エリスが術を放つ。
死刑宣告……?
黒龍に対峙するように、黒いフードを深く被り、顔を隠した死神が現れる。死神は、身の丈以上もある巨大な鎌を捧げ持っている。
なんだこれは。どんな術だ……?
信じろ、とは言われたが、コールは戸惑っていた。エリスが何をしようとしているのか、全く読めない。
「コール、『死刑宣告』を受けたら、宣告を受けた者は、手持ちの召喚獣のうちいずれかを選択して、こう言わなければならないんだ。〃生け贄を選択する〃と。水術士の打ち消し呪文でもない限り、この術を避ける方法はない」
「……?」
コールは、しばし、理解が追い付かずに沈黙していた。
黒龍を生け贄にしたら、どうなると言うのだ……?これはいったい、何の儀式だ……。
だが、エリスの表情は真剣そのものだった。
コールは意を決して告げた。
「“生け贄を選択する――シノンの黒龍”」
コールの一言で、場の空気が一変した。
死神は、嬉々として黒龍へ向かって身を躍らせると、死神の鎌を一閃した。
死神の鎌は実体のあるものではないようだった。鎌は、黒龍の身体を透過したが……次の瞬間、黒龍は、身悶えして、ばたりと倒れた。
なんとも呆気ない。最強の闇竜は、完全に、死に絶えたように見えた。
「なっ……」
コールが色めき立つ。
「大丈夫。見ていて、コール……」
エリスは視線で、コールを制した。
「還ってこい……」
エリスは、跪き、祈るように呟く。
「埋葬の中断……〃冥府よりの帰還〃」
エリスもやはり、コールが脅威を感じるほどの漆黒の使い手だった。
エリスの肌から、闇色の呪力が、禍々しく立ち上っているのが見えた。
エリスのスペルを合図に、シノンのドラゴンが復活を遂げる。
艶やかな黒い鱗には、生き生きとした生気の輝きが溢れ出した。巨大な翼を誇らしく広げ、空中へ躍り出た黒龍は、生命の灯火の光る両眼で、コールを見下ろしていた。
「これは……!」
コールは驚きの声を上げた。
「そう、ドラゴンの復活だよ。アンデッドだったコールのドラゴンは、死の淵から帰還した」
そして、エリスは、微笑んで告げた。
「僕からコールへの『餞別』だよ。ドラゴンが欲しいって、言っていたでしょ?」
「生き返ったのか?……そんなことが、可能だとは」
「この一年、練習に練習を重ねて来たんだよ。コールが見てないところでね。驚かせたかったからさ!正直、本当に使うのは初めてだったから、上手く行くか自信はなかったんだけど……無事、蘇ってくれて良かったよ」
「なんだと?このやろう、マジで冥府送りになってたらどうする気だったんだ!?」
コールは最強の闇術士の卵に激しく突っ込みを入れる。
「でも、大丈夫だったでしょ!お陰でコールは、あれほど欲しがってたドラゴンを生きたまま使役できるんだから!」
コールはため息をついた。
「そうだな、たしかに最高の『餞別』だ」
コールは、堂々たる闇色のドラゴンを見上げながら言った。
「めちゃくちゃ嬉しいぞこのヤロウ……!」
コールは頭二つ分ぐらい小柄なエリスの黒髪をもみくちゃにした。エリスも、まんざらでもなさそうな顔をして笑う。
「コールも僕みたいに、ドラゴンに名前を付けてあげたら?」
「いや、それはちょっと、さすがにガキっぽいからイヤだ……。『シノンのドラゴン』で十分だ……」
「なんだって?子ども扱いしてー!カッコいいじゃん、名前がついてた方が、愛着もわくし」
「いや、やめとくわ……それよりも、さっきの術を教えてくれ……死刑宣告と埋葬の中断。対象は闇属性の魔物だけか?」
「やーだねっ、ぜってー教えてやんねーーーっ」
子ども同士のような、やり取りが続く。
ニーベルンに、二度目の冬が訪れる前に、ランサーへ還らねばならない。還れば帝都の秋。そろそろまた、人事異動の季節である。
ようやく、第二部も完結となりました。
めでたしめでたしです。
もともとこのお話は、この上下巻で終わりのはずでした。
でも、作者のキャラクター達への愛が深すぎて、終わらせるのがイヤすぎて続きを書いた次第です。
第三部は、当初、単なる噛ませ役として考案したはずの参謀長が、
いつの間にかどエラい人物に成長してしまったので、
(ギランとエリンワルドの不遇なこと笑)
主役達を差し置いて活躍し始めるお話です。
テーマはずばりシンデレラストーリーです!
もちろん、めでたく結ばれたコールとクアナちゃんのラブラブな日常も垣間見えますよ。
この先も、楽しんでいたただければ幸いです!
(そしてそして、このお話が気に入ってくださったあなた、もしくは文句を言いたいあなた、一言でも構いませんので、感想などいただけたら、励みになります。メッセージでも構いませんので、お気軽にお声掛けください!)




