(3)
「ふふふ……」
当然のごとく、ケンとキリエは、コカトリス第三小隊のご意見番であるオーランドに、意見を求めたのだが、当の副隊長は、腕組みをして怪しげな笑みを浮かべると、言うのだった。
「心配無用だよ君たち。僕はもう、あらゆる手を打っている。……黙ってみているといいさ。近々君たちに、とても面白いものを見せてあげられると思うから」
ケン、フリン、キリエの三人は、顔を見合わせる。この人、なんか、物凄く怪しくないか……?
「キリエさん……、女性の貴方から、それとなく、クアナに聞いてみてくれませんか?」
食事が終わった後、フリンは急いでキリエを追いかけて、彼女に話しかけた。
隊長だけでなく、クアナも、なんだか辛そうにしている。理由が分からない以上、フリンにもどうすればいいのか、さっぱり分からないが、何とかして、二人の仲を取り持ってやりたい。
「そうですね……。でも、クアナ姫が、あそこまで頑なに理由を明かさないことには、何か訳があるような気がするんです。私ごときで力になれるか……」
それに、キリエには思い当たる節があった。『女の勘』というやつである。
これはもしかして……。
話を聞くべきは、クアナではなく、うちの参謀長かもしれない。
「それで、いったい僕になんの用?」
善は急げ、だ。放っておくと、事態はさらに悪化しかねない。
キリエはその夜、意を決して、副隊長に挑んだ。
場所は、夜の演習場だった。演習場は夜も開いていて、日によっては、夜でも人が出入りしていることもあるのだが、その日はちょうどよく、先客は誰もいなかった。
腕組みをして、ありったけの威勢を込めて、彼を睨みつける。キリエも、彼がとんでもない策略家だということは、重々承知だった。
「こ、怖いな……そんな怖い顔、しないでくれる?なまじエリンワルドにそっくりだから、よけい怖いよ……」
「冗談を言いに来たわけじゃないんですよ」
キリエは一つ息をついてから、単刀直入に言う。
「クアナ姫に、何かしたでしょう?」
二人の仲を引き裂こうとするなんて、この人以外に考えられない。
隊長とクアナ姫の恋路を邪魔する貴族の御曹司め……!
「君は間が抜けているようで、たまに物凄く鋭い時があるな……」
オーランドは驚いて言った。
「おかしいと思ったんですよ。隊長とクアナ姫が、あんなにバチバチしてるのに、いつもならヘラヘラして茶化す貴方が、一切何も言わなかったでしょう?」
「コールの宿敵が、二人の恋路の邪魔をして、何が悪いのさ……」
オーランドは、悪びれることもなくそう言う。堂々たる開き直りっぷりである。
「僕は、潔く、正々堂々闘おうなんて気は、さらさらないんだ。そんなことして、敵う相手じゃないことぐらい、僕もよく分かっているし。こないだのコールの言ったこと、覚えてる?『自分の妹よりも年若い少女を、今すぐどうこうしようなんて考えはない。』なんて、……あまりに悠長なこと言ってるから、さすがに腹が立って来たんだよね。……僕が本気を出したらどうなるか、思い知らせてやろうと思ってるだけさ」
キリエは眉をしかめた。
「……本気なの?」
本気で、あの二人の仲を裂こうと……?
「見損ないましたよ、ラマン・オーランド。まさか貴方が、そんな人だとは思わなかった。汚い手を使ってまで、彼女を奪い取って、何が楽しいんですか?」
キリエの剣幕に、さすがのオーランドも、傷ついた顔をした。
「悪かったね、悪党で。もうしばらくの辛抱だから、黙って大人しく見てなよ、キリエ。僕の勝ちは決定している。僕の目論見は、絶対に成就するよ」
オーランドは宣言するように言った。
キリエは、頭を抱えた。何と言うことだ。たしかに、この人が本気になってしまったら、太刀打ちできる相手なんて、誰もいないではないか。
このまま、引き下がるしかないのだろうか……。
自分にできることは、何もないのか?
キリエは、暗澹とした気持ちで、その場を去るオーランドの後姿を見ていた。
「コール、なんか最近、元気ない?」
いまやすっかり打ち解けてしまったエリスにまで、コールは心配されていた。
「お前にまで心配されるとは、情けない話だな……」
コールとエリスは、二人連れだって、ガリアの街を外れて、北へ北へ歩いていた。コールは分厚い外套を着ている。二人の長靴が、ざくざくと雪を踏みしめながら歩く。このところ、雪が降る日が増えてきて、街道は凍り、雪が積もり始めていた。
結界の外へ出る必要があった。
当面、コールはエリスに、生きている魔物の使役方法を教えてもらおうと思っていた。
生きている魔物の使役……エリスのように、手懐けられるドラゴンでも居れば話は別だが、実践では使いどころが限られるだろう。たまたま討伐対象が闇属性であれば有効だが、そうでもなければ魔物を連れ歩くというのは、あまり現実的な話ではない。
一通りやり方さえ教えてもらったら、あとはランサーに帰った後に、ワイバーンの群生地でも探そう。どこかに漆黒の神獣なんかがいれば、もっといいのだが。
「やっぱり、ドラゴンがいいよな……普段は勝手気儘に生活させておいて、いざと言う時は翔んできてくれるわけだろ。しかも自分が騎乗できると言うのは……術士の闘いの概念自体を覆すような、画期的な話だぞこれは……。ちなみに、ドラゴンのエサって魔物なのか、やっぱり……?」
「僕もよく知らないんだ。普段、ティエムがどこで何してるのかは……」
コールは、鬱屈とした城から出て、気を遣う必要もない弟みたいな少年と、気ままに過ごす時間に、寛ぎを感じていた。
「見てて……人間に精神攻撃を仕掛けるのと同じ感覚だよ。漆黒の呪力の使い手なら、全然難しいことじゃないと思う」
人の気配を感じ取って現れた、地獄犬達を、エリスは、次々と従えていく。
エリスの纏う闇色の呪力が、モンスターを掌握していく様が、コールにははっきりと認識できた。
「なるほど。……先入観だな。『精神攻撃』と言うからには、高度な知能がある相手にしか通用しないものと思っていた」
深淵に落とすのではなく、生きたまま使役する。コールはエリスの手解きで、新たなスキルを手に入れることとなった。
「これはいい。召喚術に比べれば、燃費もかなり良さそうだ」
そして、傍らでコールに教えるエリスもまた、楽しそうだった。
「それで、聖術士とか水術士なんかに、強化の術を掛けてもらったら、最強の使役獣の出来上がりだよ。戦争しに行くなら、そこらへんで魔物を搔き集めてから行くのが、賢いやり方かもね」
闇術士である二人は、生まれてこの方、ずっと孤独だったわけだ。闇術について、本当の意味で理解して、語り合える存在は、今までどこにも居なかった。お互いやっと、お互いのことを理解し合える存在を見つけることができたのだった。
「エリス、一つ変なこと聞いてもいいか?」
コールは、休憩がてら軽食を採りながら、エリスに聞いた。
「なに?」
「もし、……すごく大切な友達が、理由もなく、急に口を聞いてくれなくなったり、よそよそしい態度を取ってきたりしたら、お前ならどうする……?」
うーん……エリスは考え込む。
「そりゃ、取り敢えず聞いてみるよね。何かあったのかなって……」




