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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第2部───第六章:隊長が失恋した時、どうなるかなんて、誰にも分かりませんよ
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 地術士フリン・ミラーはここのところ、崇拝するコール隊長が、動揺を隠しきれずそわそわおろおろしている姿を見て、激しく動揺させられていた。

 おぞましい闇の魔物たちを飼い慣らし、目的を達成するためには人の生命を奪うことすら一切躊躇わない最強の闇術士が、傷付いた子犬のような顔をしているのである。

 隊長をこんなに動揺させることができる相手など、もしかしたら世界でただ一人だけかもしれない。

「隊長?クアナ姫に何かしたんですか……?いつになく険悪な雰囲気じゃないですか」

 こんなことは、コカトリス第三小隊始まって以来のことだった。

 クアナ姫が、あれだけ溺愛していたはずのコール隊長に、突然の塩対応を始めたのだ。

 ニーベルンでの共同生活の中で、会話する機会はいくらでもあるはずなのに、明らかに顔を合わせることを避けている。

 機会を捉えて隊長が話し掛けても、最低限の言葉しか交わさず、笑顔の一つも見せようとしないのだ。

 コールはむすっとして答えた。

「何かをしてこうなったんだったら、話は早いんだ。謝れば済む話だからな。厄介なのは、心当たりが全くないことだ……」

 いったい何があったと言うのだろう。

 クアナ姫が隊長の隣で仲睦まじくほのぼのと笑っている……そんな、当たり前のことが、当たり前でないことを思い知らされているようだった。


 いつからだろう。

 何が切っ掛けだ……?

 コールは何か思い当たることがないか、必死に考えていた。

 不可解なことにクアナは、キリエやフリン、オーランドとケン、第三小隊の他のメンバーには、いつも通り世間話をして、ニコニコ応対しているのだ。

 もともと人当たりが良く、愛想のいいクアナのことだ。ニーベルンの術士たちに対する態度でさえ、それは変わらない。

 避けられているのは、自分だけのようだった。

 ランサーを出発する時、「最強の闇術士の最大の弱点が、『寒さ』とはね」……そう言って、いそいそ心配してくれていたクアナの様子を思い出すにつれ、コールは何とも言えない寂しさを感じる。

 ランサーからニーベルンに来るまでの道中も、彼女はいつも通り、隣でニコニコしてくれていたはずなのに。

 いったい何が、原因だ……?

「貴方らしくもない……。聞いてみればいいんじゃないですか?ご本人に」

 フリンはそんなコールを励ますように言った。


 なるほど、それもそうか。簡単なことだ。

 コールは昼食を採るために集まった食堂で、意を決してクアナの向かいに座った。

 ここのところ、食事の際も、クアナはわざとコールから遠い席に陣取り、キリエやフリンとばかり話していたのだ。

 クアナは、向かいに座ったコールの顔を見て、戸惑ったような、怯えたような表情をした。

 なんだよ、その顔は。いったい俺が何をしたって言うんだよ。

 いつもは和やかなはずのパーティー六人の昼食が、この二人の仲が険悪、というだけで、静かでぎくしゃくとしたものになっていた。

「そろそろ、理由を教えてくれてもいいんじゃないか……?何をそんなに、怒っている……?」

 クアナは、静かに目を伏せて、黙々と食事を口に運んだ。

「別に。怒ってなどいません」

「じゃあなんで、そんな顔をしているんだよ……」

 目を合わせようともしないとは。

「気にしないでください。何でもありませんから」

 他人行儀な敬語が、なんとも冷たかった。いつも、王女の威厳の込められた『である調』のくせに……。

「理由をちゃんと、説明してくれよ。何かしたなら、謝るから……!」

「だから、何でもありませんって……!」

 そう言って、睨み付けるようにこちらを見る顔は、なぜか涙目だった。

「放っておいてください。あなたは私になんか、興味はないんでしょう……?」

 訳が分からない……。

 泣きたいのはこっちだよ。

 コールの気持ちを知ってか知らずか、クアナは食事が終わると、さっさと席を立ってしまった。

 取り付く島もないとはこのことだった。


 いったい、どうすればこの難問をクリアできるんだ……?

 放っておくしかないのか?

 こんな調子でこの先ずっと、不機嫌な聖術士と同じパーティーでやっていかなけらばならないのか?

 それは困る。非常に困る。

 コールの二十八年間の人生、最大の難問だった。帝国最強の闇術士が、十歳以上も年下の少女に、いまや完全に翻弄されていた。




 コールのやつ、戸惑っているな……。

 オーランドはそんな二人の様子をほくそ笑んで見ていた。

 恋の病に悩み、苦しみたまえ、君たち。

 目の前で展開されるクアナとコールの問答は、オーランドにとっては最高のショーだった。

 オーランドは、彼の人生史上、最低最悪のクズっぷりを発揮していたのだが、そのことに気付いている者は、この時点では誰一人としていなかった。

「おいフリン、いったい何がどうなってる?……痴話喧嘩にしては、重すぎる雰囲気だぞ……」

 クアナと隊長が席を立ったのを見たケンは、窮地に陥った人間のような声で傍らのフリンに言う。

 何も知らないケンとフリン、キリエの三人は、クアナとコールの様子を、ハラハラしながら見ていた。コカトリス第三小隊始まって以来の危機だ。

「隊長、荒れそうですね……隊長が失恋した時、どうなるかなんて、誰にも分かりませんよ」

 フリンも怯え切った声で言う。

「あんたら二人、心配してるの、面白がってるの、どっちなんですか……」

 キリエは思わず突っ込む。

「面白がってるわけがあるか!」

「面白がってなんかいませんよ!」

 二人の声が重なる。

「ねぇ、副隊長。これは、コカトリス第三小隊、始まって以来の危機ですよ……。作戦会議が必要なんじゃないんですか……?」

「副隊長は、知っているんですか?クアナがどうして急に、手のひら返したように、あんな態度を取るようになったのか……」


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