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彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由  作者: 滝川朗
第2部───第六章:隊長が失恋した時、どうなるかなんて、誰にも分かりませんよ
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(1)

――クアナ、大事な話があるんだ。本日、夕食後、北の塔へ、一人で来てほしい。

 オーランドに真面目な顔をして呼び出されたクアナは、なぜか胸騒ぎがした。

 いつもヘラヘラ笑っているはずのオーランドが、このような真剣な顔をする時は、決まって何か、常ならぬことが起こった時だからだ。

「クアナ姫、どこへ行くんですか……?」

 クアナと一緒に二人部屋を宛がわれていたキリエが、心配そうに聞く。こんな夜更けに外出とは……。

「言っていいのか分からないんだけど……、オーランドに、呼び出されたんだよね。一人で来るように、言われたんだ」

「一人で……?」

 キリエは訝しく思った。こんな夜更けに女性を一人呼び出すなんて、およそ見上げたことではない。彼女には心に決めた相手もいると言うのに。

「一緒に、行きましょうか?」

 クアナは苦笑して首を横に振った。

「大丈夫だよ。オーランドは私の師匠だぞ。……それに、彼は、いつになく、真剣な顔をしていたんだ。何か、よほど私に伝えたいことがあるに違いない」

「そ、そうですよね……。彼も、どうやら、クアナ姫と隊長の恋路を邪魔するほど、身の程知らずではないことが分かりましたし……でもでも、何かあったら、全力で私を呼んでください。水術士の威信に掛けて、助けにいきますから!」

 拳を振り上げるキリエに、ないない……と手を振り、部屋を後にするクアナだった。


「しかし、こんな寒いのに、塔の上に呼び出すとは……。話をするなら、温かい部屋の中だろう」

 クアナは一人、ぶつぶつ言いながら指定された場所へ向かった。

 クアナ達が滞在を許された、術士達の居所には、高い塔があった。有事には、ここから敵を見張るのかもしれない。

 クアナはこつこつと、塔の内部の階段を登って行った。オーランドが先に来ているのか、塔の内部の明かりに、いくつか火が入れられていた。時折、空を切り取るように、四角く開いた窓からは、遠い星の光が見える。

 まぁ、まだ塔の中であれば、寒さは凌げるな……。

 階段を登りきると、ぽっかりと出口が開いていて、そこから外に出れば、突然視界が開けた。

「すごい……」

 クアナは、思わず、そう口にしていた。

 本格的な雪の季節到来間際の、初冬の空は、高く澄んで、無数の星の光が、銀砂を撒いたように瞬いていた。

「なかなか、いい場所でしょ。前々から、目を付けてたんだよね」

 待ち構えていたオーランドが、片目を瞑って言う。

たしかに、男女が二人して並んで座っていたら、この上なくロマンチックな雰囲気だ。

「寒くない……?」

 オーランドが、紳士らしくクアナに聞く。

「寒いよ、いったい何を考えてるんだ。話があるなら、ロマンチックさより、温かさをとりなさい」

 クアナは思わず突っ込んでいた。

 呼び出したくせに、オーランドは塔の外周に張り巡らされた柵に手を当てたまま、しばらく星を見て黙っていた。

「話があるんだろう?勿体ぶって、なんのつもりだ?」

 クアナが聞くと、オーランドは、空に目を向けたまま、言う。

「言っていい……?」

 クアナは、何が言いたいのだろう、と彼の横顔を見る。ふわふわした金茶のクセ毛の下の、完璧に整った端正な横顔。普通だったら、一瞬で恋に落ちてしまうやつだ。

「後悔することになるかもよ……?」

 ふとクアナの方に向き直ったオーランドは、なぜか少し悲しそうな顔をしていた。悲しい、と言うよりは……憐れみか……?

 クアナは、この人に憐れまれているような気持ちになった。

「クアナは、コールのことが好きでしょう?」

 クアナは、話が読めないので取り敢えず黙っておいた。

「君が本当に、コールのことを想うのならば、『彼から身を引くべきだ』と思うんだ」

 クアナは、いつもの彼とは真逆のことを言い始めるオーランドに、今度こそ驚かされていた。

「可哀想なリオンの聖女様に、悪い魔法使いの本当の気持ちを教えてあげようと思ってね……」

 オーランドは憐れみの籠った眼差しをクアナに向けたまま続けた。

「知っての通り、コールは昔からずっと、ランサー皇帝オーギュスト二世に付け狙われている。皇帝陛下は、コールのことを偏執的と言っていいほど、とても気に入ってはいるけど、同時に、とても危険な存在だとも考えている。ランサーでは歴史の浅い闇術は、まだまだ、分からないことの多い術だ。加えてコールは、『国家に従順なタイプ』、と言うよりは、闇術に対する愛が物凄く深い人でしょう。ランサーが闇術を『禁術』としていたと言うのに、それを完全に無視していたぐらいだからね。

僕は、今回のシリル・スタークの一件で、はっきりしたと思うんだ。陛下は、最強の闇術士コールに対する抑止力を、常に、複数手元に置いておこうと考えている。五年前、ランサーに置いたままでは早晩抹殺されていただろうシリルを、こともあろうにベアトリス公に預けたのも、将来コールの抑止力になるかもしれない逸材、そう踏んだからだろう」

 オーランドは長い説明の後、もったいぶるように、クアナの顔を見ながら言った。

「僕が、何を言いたいか分かる……?クアナも同じなんだよ。クアナも、皇帝が最強の闇術士コールのために準備した、『切り札』の一つに過ぎない」

 クアナは、胸騒ぎの理由を理解した。

 クアナも、一年前、ランサーに来たばかりの頃、宰相のセシルに言われた言葉を、忘れたわけではなかった。

『いざと言うときは、命を掛けてもコールを止めろ……』

 そして、実際に、クアナは、シリル・スタークを殺そうとしたコールを、命掛けで止めようとしたのではなかったか。

「クアナ、君がリオンの女王の妹で有る限り、君が母国を人質に取られていると言う事実は変わらない。同じことが繰り返されるよ。君がコールの傍にいる限り、君は永遠にコールの『足枷』だ。皇帝陛下はいつでも君に要請することが出来るだろう。母国を滅ぼされたくなければ、闇術士コールを討て……とね。そして、最強の闇術士であるコールを討てるのは、数多(あまた)いる術士の中でも、『最強の聖術士』であるクアナ・リオン、君だけだろう」

 淡々と告げられる事実が、クアナの胸に楔のような傷みを加える。

「『簡単に絆されて欲しくない』だの、『全然つれないところが堪らない』だの、君は随分悠長なことを言っていたけどね……コールが君のことを、『本当はどう思ってるのか』、分かって言っているのかい?」

 オーランドは、容赦のない言葉で、クアナを追い詰める。

「思い上がりも甚だしいよ、クアナ・リオン。(はた)から見ている僕からすれば、ちゃんちゃら可笑しな話だね。君の気持ちなど見え見えなのに、コールがいつまでも涼しい顔をしているのは、どうしてだと思う?コールはそもそも、君に手を出すつもりなんて、更々ないのさ!闇術士コールは、クアナ・リオンには絶対に手を出さない。君にハマってしまったら、いつか身を滅ぼすことになると分かっているからさ」

 オーランドは、クアナの瞳を見据えたまま、この上なく冷酷に言い放った。

「クアナ、コールに取って、幸せになるための選択肢は、クアナだけではないんだよ。女の人なんて、他にいくらでもいるのに、わざわざ天敵である聖術士(クアナ)を選ぶ理由なんて、どこにあるだろうか?」

 クアナは、誰よりも信頼する師匠からの、容赦ない言葉に、完全に打ちのめされていた。

 クアナの敗因は、キリエが警戒した通り、たった一人でオーランドの元へ来たことだった。

 クアナにとって、大切な大切な師匠の言葉は、盲信的と言っていいほど、信ずるに値するものだったのだ。

 思い上がりも甚だしい――確かに、クアナは、知らず知らずのうちに思い上がっていたのだ。本人からコールの本当の気持ちを明らかにされてはいないが、少なくとも嫌われてはいないはずだ、と。少なくとも、守るべき大切な存在だとは思ってくれているのではないか……と。

 だからまさか、コールが自分のことを、そんな風に思っていたなんて……。

 そう言われてみれば確かに、彼が簡単には絆されず、驚くほどつれない理由も、納得できる。

 クアナは、意識の下で、薄々は気が付いていたが、認めたくなかっただけなのだ。

 コールにとって、自分が『足枷』でしかない、と言う事実を。


「師匠、私はいったい、どうしたらいい……?」

 途方に暮れた幼子のように師匠に助けを求めるクアナの姿を見て、オーランドは、自身の勝利を確信していた。


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