(3)
「クロード、非常に面倒なことになった……」
ニーベルン大公ベアトリスは、女王の執務室に座り、不機嫌な表情で腕組みをしていた。傍らには、ブロンドの長髪を緩く三つ編みにして後ろに流した術士風の男。
クロード・オルフェウス――若くしてニーベルンの宮廷術士団をまとめ上げる有能な男だった。
「ランサーから、術士が六人、出向してくる……」
「は……?」
クロードは、よく意味が分からない、と言う具合に、眉をぴくりとさせて軽く首を傾げた。
「いま、何と仰られましたか、陛下……」
クロードは、事情を何も知らされていなかった。ベアトリス陛下が虎視眈々と準備してきたエンティナス攻略が失敗に終わり、ニーベルン公国は、独立を保ちながらも、ランサーの配下とならざるを得なくなった、という話だけは聞いていたのだが……
「そのまま言葉通りだ。ランサーから術士が六人来るので、丁重に迎え容れてほしい」
言っている自分からしても、何の話だ、と言いたいところだった。
敵国の術士を六人も受け容れ、あまつさえ、そいつらに、ニーベルンが長年培ってきた、術の研究成果を明け渡さなければならなくなるなんて。屈辱以外の何物でもない。まったく忌々しい。あの済ました皇帝が考えそうなことだ。こんなのは、明らかな嫌がらせだ。
「『決闘』に負けた以上は、私もランサーに恭順しない訳にはいかないからな……」
むしろこのぐらいで済んでよかった、と言うところなのだから。
ランサーは今回のことをネタに、ニーベルンの主権を奪い、完全に一領地とすることだって、可能だったはずだ。それなのに、ランサーの皇帝は、ニーベルンの独立を奪うどころか、ランサーにとって、大きな脅威となる可能性のある闇術士エリスでさえも、自分の手元へ返してくれた。
『懐柔策』と言えば、聞こえはいいが、あまりにあの男は、甘い。ニーベルンの君主が他ならぬ自分でなければ、こうはならなかっただろう。
――君のことを、『敵』だと思ったことは一度もない。
ベアトリスにそう告げた、銀髪の男の、昔と変わらぬ秀麗な姿を思い出す。
自分がエリスと一緒に、わざわざエンティナスの現場へ赴いたこと、そして、そんな自分の考えを読むかのように、わざわざエンティナスへ足を運んでくれたオーギュスト。
ほんの一時であったが、再び彼の顔を見ることが出来たことに、ベアトリスは、誰にもけして打ち明けることの出来ない感動を、覚えずにはいられなかった。
「うちの術士たちは、喧嘩っぱやい者ばかりだろう?……くれぐれも、粗相がないように、目を光らせておいてくれ」
腹立たしいことこの上ないが、そのぐらいのことは、容認してあげなければ、申し訳がない、そう思う、ベアトリスであった。
コール達が、ニーベルンに到着したのは、小雪がちらつく、ニーベルンの長い長い冬の始まりの頃だった。
「寒い……いますぐ帝都に帰りたい……」
コールは相変わらず寒い寒いと文句を言っていた。
「たしかに、ランサーとは雰囲気が違うな……」
クアナも、冬の寒さ以上の、何か心細さのようなものを感じていた。
ニーベルンの首都ガリアは、帝都と同じぐらいの人口を抱えている割には、人出が少なく、暗い色彩の石造りの建物が整然と並んでいる様は、寒々しい雰囲気だった。
「なんか、ニーベルン人って、顔付き暗くない?血色悪いって言うか……」
オーランドが傍らのフリンに言う。
「捕虜の人達に聞こえますよ。バカにし過ぎです……」
フリンは副隊長を諌める。
一行はひとまず城へ向かう。
滞在中は、ニーベルン城の宮廷術士団に所属して、彼らに術の手解きを受けることになっていた。
ランサーの体制とは違い、城に詰める宮廷術士たちは、基本的には城を離れることなく、王宮を守っているそうだ。
彼らは様々なクエストの中で実践を積んで技を磨くランサーの術士たちとは違い、どちらかと言うと、研究家に近い者達だと言う。机上で戦術を練り、術士同士の試合をする中で、対術士戦の技を磨いているのだそうだ。
「ようこそ、ニーベルン城へ。私は術士長のクロード・オルフェウスだ」
宮廷術士団の出迎えは、意外に好意的だった。
「ベアトリス陛下から、貴方達を丁重にお迎えするよう、命じられています。何か、問題があれば、私にお申し付けください」
長髪の術士長が六人を城の中へ案内する。まだ若そうなのに、術士の長を任されているとは、よほど優秀な人物なのだろう。
城と長い渡り廊下で繋がる建物が、術士が生活するエリアのようだった。
「すごいな……なんだこの空間は……」
コールは思わず、素直な感想が口を突いて出ていた。
術士の演習場は、屋内だった。天井の高い巨大なホールのような、だだっ広い空間で、壁も床も全て、真っ黒だった。
「お金、掛けてるねー。感心するな……」
オーランドも呟く。
「焔術も、水術も、およそ呪力で造り出されたものは、この壁や床に当たれば、打ち消されて消える仕掛けになっています。この空間であれば、周りへの被害をおそれることなく、思う存分、術を使えるというわけです」
コール達は、興味津々で、黒い壁を触った。どんな仕掛けになっているのか、全く分からない。ニーベルンの術の水準は、噂通り、ランサーを遥かに凌いでいるようだった。
そこに居た術士たちは、ベアトリスやクロードと違い、敵対心を隠すこともなく露わにして、敵国から現れた術士六人を睨み付けていた。
当然のことである。ニーベルンもエンティナスを侵攻したため、仕方のないことではあったが、つい先日の抗争で、ニーベルンは術士数名を失っているのだ。君主同士が話を付けて、友好を結ぼうと言っても、そう簡単に割り切れるものではない。
「来たな、ランサーのヘボ術士たち……!」
彼らの中心で胡坐をかいて待ち受けていたのは、エリス・ヨハンソンだった。




