(3)
城に帰れば、ちょうど昼食の時間だった。一同は兵士達が集う、寮の食堂へと向かった。
コール達が食堂の大ホールに足を踏み入れた瞬間、その場にいた兵士達は、異様なざわつきを見せた。
好奇の目が一斉にクアナに降り注ぐ。みな、リオンから来た王女を一目拝みたいのだ。何せクアナ王女は、西大陸一の美姫と言われているのだから。
「よぉコール、羨ましいな、新しい術士はめちゃくちゃ美形じゃないか……!」
顔見知りの術士からさっそく声が掛かった。
「神々しいまでの美しさだな」
「顔採用か?」
「そっち要員なのか?」
「お前らには勿体ないぞ!」
「オレにも一発やらせてくれ!」
悪乗りする奴らが口々に下品なことを言う。
「誰がテメエらごときにヤらせるか!」
コールがすかさず大きな声で一喝する。
「お前たちの身を案じて忠告しといてやるがな、コイツに手なんか出してみろ、返り討ちにされて半殺しにされるのがオチだぞ」
『挑発への耐性』がゼロの我らが隊長は、兵士たちの汚いヤジに、真っ向から取り合って声を荒げている。
「コール、やめろ。クアナの実力を隠しておけって言ったのはどの口だよ……」
ギランが呆れてコールに耳打ちする。
頭に血が上ってつい数刻前に自分が言ったことも忘れているのだ。
「申し訳ないね、クアナ姫。うちの兵士達は品がなくて。みんな本心で言ってる訳じゃないんだ。ただの戯れ言だから、うちのバカ隊長みたいに、真面目に取り合わないようにしてね」
オーランドが取りなすように言ったが、クアナは蒼白な顔で、涙目になっていた。
「こ、ここで食べるしかないのか?違う場所に行きたい……」
消え入りそうな声で言うクアナにも、コールは一喝した。
「なんでこっちがコソコソしなきゃならない。物珍しいから騒いでるだけだ。あんなのは、一週間も経てば興味を失うから、堂々としてる方がいいんだ」
「そう言うんなら、お前もいちいち目くじら立てるの、やめてくれよ」
ギランが釘を差すように言う。
空腹の筈なのだが、一挙手一投足を回りの兵士達に見られている気がして、クアナは料理の味が全く感じられなかった。
コールはああ言うが、こんな生活、やっていける気がしない。
「クアナ姫、ランサーの料理は、お口に会いますか?」
クアナの緊張をほぐそうとしてくれているのか、クアナに積極的に話しかけるのはやはりオーランドだった。
クアナはうんうんと、取り敢えず無言で頷いておいた。
「クアナ姫は、どうやって術を覚えたんですか?基礎からしっかり叩き込まれているように感じましたが、リオンにも、養成学校のようなものが?」
今度はギランが尋ねる。
「……リオンの国民は、七割が術士だ」
「なっ、七割?」
メンバー一同が一斉にざわめく。
「リオンの人間の生活は、術とともにある。子どもは幼い頃から、自らの親に術の使い方を学ぶ。それゆえ誰もが、呼吸するのと同じように術を使えるんだ」
クアナはリオンでは当たり前のことを淡々と語った。
「ついでに言えば、リオンに魔物は居ない。すべての家々、すべての辻に当たり前に結界が張られているからだ。綻びがあれば、気づいた人間がすぐに結界を結び直す」
「馬鹿な……」
そこにいる全員が唖然としていた。
「そんな国に、ランサーは喧嘩を売ったのか……」
コールが呻くように言う。
「自殺行為だな」
「だが、それほどに術に優れた国が、なぜ南方の山奥で大人しくしてる?他国の侵略など、容易いのではないか?」
エリンワルドが、最もな意見を述べた。
「国際法があるからか?」
「それもあるが、」
クアナは、一度言葉を切ると、遠くを見つめるような顔をして言った。
「リオンの系譜は、南大陸で繁栄していた術士の大国、古リナハ国にある。リナハは術による戦争で国土のほとんどを失い、滅びたが、その国の術士の一部が、リオンの山中に逃げ延びて興した国だそうだ。だから、私たちは、自分の領分を術で守り、術で豊かさを保っているが、術で他国を侵略するつもりはないんだ」
「……そして現代、騎兵の大国であるランサーが、その国の力に目を付けた、と言うことか」
「数奇な運命だな」
エリンワルドの言葉を、コールが引き継いで言った。
「他人事のように言わないでほしい」
クアナが沈んだ声で言った。