(7)
「フッ……終わりはあなたですよ、おにいさん」
少年は笑っていた。コールは、目を見開く。
「〝洗脳〟」
クアナは、初めて聞く術名に、戦慄を覚えた。洗脳……?
「闇術士の真骨頂が何か、知らないわけではないしょう?……『使役』の力ですよ。黒い呪力を持つ者であれば、生きとし生けるもの、なんだって使役できるのに、あなたは、そんなことにも気が付いていない。僕のワイバーンは、生身の、生きたドラゴンですよ。『深淵からの召喚』などでは、ない!」
たった一人追い詰められた少年が、懐に隠し持っていた刃を、抜き放ったかのようだった。
「……いったい何が、どうなってる……?」
駆け付けたオーランドが叫ぶように言う。
「見ての通りだ。コールが、『洗脳』されている……」
ケンが、呆然と呟いた。
巨大なドラゴンが翼を広げ、クアナに襲いかかっていた。
聖なる召喚獣――一角獣がそれに応戦している。
邪悪なる闇のブレスを、一角獣の清浄な光が受け止めていた。
最強対最強の戦い。その力は互角。
「あり得ない……」
オーランドは、あまりのことに、絶句した。
このままでは、コールが、クアナを殺してしまう……!
「クアナ……っ!もういい、投降しろ!決闘は終わりだ……!」
ケンが叫んだ。
少年の瞳は暗い光を放つ。
「イヤだね。投降など、許さない……!」
クアナは、そのやり取りに、はっとして、離れた場所の仲間達を見やった。
オーランドと目が合う。
師匠……。
冷静に、ならなければ。試合が、延長されただけのことだ。この人となら、自分は何回も闘ってきたじゃないか。
クアナが生まれてはじめて術士と闘ったのも、この人とだった。それが悔しくて、この人に勝ちたい、認めてもらいたいと思って、ひたすら努力してきたのもこの人のためだった。
思えばクアナは、愛するこの人といつもいつも闘ってばかりだ……。
クアナは、漆黒の呪力を撒き散らしている、目の前の、帝国最強の闇術士を見ながら思考を巡らせた。
この人は、呪力お化けだ。
召喚術は、召喚中、その大きさに応じた呪力を継続的に消費し続ける。このまま召喚獣同士の闘いを続け、それが長引けば、クアナにまず勝ち目はない。
師匠、どうしたらいい……?
その時、クアナは閃くように一つの事実に思い当たった。
『洗脳』……?と、言うからには、精神攻撃の一種なのだろうか。
「〝解呪〟」
クアナは、祈るような気持ちで、使い慣れた術名を呟いた。
ドラゴンの猛攻が止まる。
「止まった……」
オーランド、エリンワルド……本当に、ありがとうごさまいます……!
クアナは、二人の偉大なる師に、心から感謝した。
しかし、次の瞬間、クアナは、別の意味で、深い絶望に落とされることとなる。
このやり方は、良くなかったかもしれない。
「やってくれたな、小僧……他の誰は赦せても、貴様だけは、確実に、生命を奪っておく必要があるようだ……」
コールは、完全にブチキレていた。
言うまでもない。親子ほど年の離れた小賢しい闇術士に操られ、危うく自らの手で、大切な人を傷つけるところだったのだから。
子どもの遊戯ではないことを、思い知らせてやる必要がある。
弱冠十二歳の少年は、敵対する闇術士の本気の怒りに触れ、さすがに恐れおののいていた。
もう、取る手が、ない。
今度こそ、エリスは追い詰められていた。
最強の聖術士でありながら、水術の造詣も深いクアナに、精神攻撃は効かないことが分かってしまった。エリスの最大のクリーチャーである、ワイバーンも手傷を負っている。黒龍と一角獣を前に、なす術はない。
漆黒のドラゴンが、エリスに迫る。
「やめて……っ!それだけは、ダメだ……!」
悲鳴をあげ、エリスをかばうように立ち塞がったのは、聖術士クアナ・リオンだった。彼女は、コールの胸に飛び込み、その身体を抱き締めるようにして、彼の怒りを鎮めようとした。
「相手はまだ、子どもなんだよ……っ!」
クアナは必死だった。
コールの気持ちは分かるが、相手は怯える子どもだ。この人に、そんなことは、絶対にさせたくない。
しかし、コールの怒りは収まらない。
「子どもだからこそだ。こんなヤツを野放しにしておけば、将来、ランサーにとって、どんな脅威になるか分からないだろう……!」
こうなったら、誰にも、隊長を止めることはできない……コカトリス第三小隊の全員が、『万事休す』、そう、思った時だった。
「頭を冷やしたまえ、コール」
天からの啓示のように、コールの耳に、聞き慣れた声が響いた。




